第31話 通話したいんだけどな
小さな電子音が鳴った。即座にスマホに飛びついて確認する。
よく使ってるメッセージアプリに、お姉様からの着信が届いていた。
心臓が早鐘を打ち、苦しいほどだ。一度スマホから顔を上げて、大きく深呼吸をし、呼吸を落ちつける。
覚悟を決めてアプリを開く。
「お詫びのし・る・し」との文言と共に一枚の写真が添付されていた。
晴ちゃんの寝顔をアップで撮った写真だった。
まるで私自身が彼女を覗き込んだかのように見えるアングルが良い。それにいつものインナーしかつけていないのか、肩までしか写ってないこの写真ではまるで何も着てないかのように感じる。
確かに素晴らしい写真だ。しかしこれ一枚じゃ、お詫びには到底ならない。
取り合えず保存はした。
するとほとんど同時にスマホが再び震えだす。お姉様からの通話がかかってきていた。こういう見透かしたようなタイミングでかけてくるのは、非常にあの人らしい。
「……もしもし」
あえて怒りを前面に出して応対する。お姉様にはこれぐらいしないと伝わらない。いや伝わっているのだろうけど、簡単に流されてしまう。今回ばかりは流されるわけにはいかなかった。
「あれー、まだ怒ってる? ほらほら、落ち着こーよ。謝るからさー」
「もうっ、またそうやって誤魔化そうとする!」
「えー? でもお詫びの印、受け取ってくれたんでしょ。保存までしたくせにー」
「し、してないよ」
バレてるかもしれないけど、認めはしない。認めてしまえば弱みになりかねないからだ。晴ちゃんに彼女の盗撮写真を持っていると知られたくない。
「ほんとかなぁ。良い写真だと思わなかった?」
「よ、良かったけど、あれだけで全部水に流しはしないよ。……流石に今回ばかりは簡単には許さないから」
お姉様の明るい口調に絆されかけている自分もいるが、奮起して怒りを呼び覚ました。
「……それに大人の時間ってなに? 晴ちゃんに変な事してないよね? それも聞かないと許せるかの判断もできないよ」
「そんなに気になるー?」
「お姉ちゃんっ」
「ごめんごめん。真面目に答えるから」
お姉ちゃんは、すぐそうやって私をからかってくる。そうして私が怒って、宥められるまでが一連の流れだ。
「一緒にお酒を飲もうとしただけだよ」
「お酒っ!? まさか晴ちゃんに飲ませたの?」
「いやいや。直前に未成年だって気づけたから、飲んだのは私だけ」
二つの意味で、ホッとした。
晴ちゃんが飲酒してグレてなかったことと、大人の時間が飲酒って意味だったこと。
だって、大人の時間って言うから、その、いけないことしてるんじゃないかって思ってた。晴ちゃんに限ってそんなことないって信じてたけど、気になってずっと悶々としていた。
「……それならいいけど」
「でしょ? 安心していいよ。晴乃ちゃんも明日の朝一番で帰すからさ」
「ほんと? 他にも変な事したりしてない?」
私の知らない二人きりの時間があることに不安を覚える。もうこれ以上無いとは思うが、つい確認してしまった。
「したしたー、晴乃ちゃんにあたしの献属にならないかって勧誘したよ」
「お姉ちゃんっ!」
何をしてるんだこの人は。本当になにをしてくれてるんだろう。
「勿論、冗談だよ?」
「そ、それでも……」
「まあまあ、どうどう。晴ちゃんはきっぱり断ったよ」
あまりのことの連続で心が追い付かない。乱高下する感情に翻弄されて、自分の今の情緒が分からない。これは喜んだらいいのだろうか。
「妬けちゃうなー、もう即答だったよ。自分には千鈴ちゃんがいるから、あたしには興味ないってさ。愛されてるねー」
「え、あ、そう…かな?」
「そうそう、自信持っていいと思うよ。あたしよりも千鈴ちゃんを迷わず選んだんだから」
「そうかも、……えへへ」
正直すごく嬉しい。私を選んでくれたことも嬉しいし、お姉ちゃんと比べてという事実が更にそれを増幅させる。
お姉ちゃんは凄い人だ。私と違って友達も多いし頭もいい、行動力だってある。そのうえで昔から私達妹の面倒もよく見てくれてる、ずっと尊敬できるお姉ちゃんだ。
昔は劣等感を抱くこともあった。だけどそれ以上に敬愛の気持ちが勝ったから、嫌いにはならなかった。そして今回、あんな事をされた今でも怒りはすれど、憎むことなどできない。
そんな大好きな自慢のお姉ちゃんよりも、私の献属でいることを選んでくれた。
喜びで満ち始めた心から、怒りが抜けていってしまうのを感じる。だけどもういいや、許してもいいと思ってしまうくらい嬉しかった。
「も、もうっ。ちゃんと明日の朝に『私の』晴ちゃんを帰してくれるんだよね?」
「もっちろん、約束するよ。お姉ちゃんが嘘ついたことあるかい?」
「……結構あるよ。昔、私のケーキ食べたのに食べてないって嘘ついたでしょ」
「そうだっけ。まあ時効だよ」
また適当な事を言うお姉ちゃん。尤も私も本気で疑ってはいない。些細な嘘はつくけど、約束は守ってくれる人だ。信頼してる。
数瞬、無言の間ができた。
何を言うか悩んでいる間に、ポツリとお姉ちゃんのつぶやきが漏れた。
「……酷いことしてごめんね千鈴ちゃん」
神妙な声で改めて謝ってくる。これはきっとケーキの事じゃない。
「……うん、いいよ。もうしちゃ嫌だよ」
「うん、それも約束する。許してくれてありがとね」
予定ではもう少し怒るつもりだったのだけど、もう許してしまった。
やはり大好きなお姉ちゃんだ。怒りが長続きするわけないし、いつまでも喧嘩していたくない。
こんなタイミングでもなければ、久しぶりに通話したお姉ちゃんとお喋りしたいことは沢山あるのだ。それにこうして怒りも抜けきった今、久しぶりにお姉ちゃんの声を聴いてると恋しくなってくる。
「明日お姉ちゃんも一緒に帰ってくるの?」
「あー、そうしたいのはやまやまなんだけどさ。大学があるから、それは難しいかな」
少し残念だ。もし帰ってくるならゆっくりお話しできると思ったんだけど。
「もー、帰ってくるならちゃんと帰ってきてよ。たまにはお顔を見せて欲しいのに」
「ごめんねー。また今度の連休は帰ることにするから」
「ならそれも約束だよ。……ちなみに晴ちゃんとは話せる?」
「ん-、あの子はもう寝ちゃった」
自分で聞いといて何だけど、もし話せても何を行ったらいいか分からなかったから助かった。明日彼女が帰ってくる前に何を言うか決めておかないと。
「そっか。逆に舞里ちゃんに伝えておくこととかある?」
「アイスを食べすぎちゃダメだよって言っといて」
「ふふっ、わかった。私も見張っとくね」
「お願い。……じゃあそろそろ」
寂しいけど、もういい時間だ。
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
通話を切った後も少しの間スマホの画面を眺めていた。あれだけ荒れていた心はすっかりと落ち着き、ほのかに温かくなっている。
明日は早くに起きて晴ちゃんを出迎えなければならない。もう寝なければ。
今ならぐっすりと眠れそうな気がした。




