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第30話 苦手になりました

「大人の時間ってこれのことですか」


 私の手元には結花さんから渡された、堅く冷たい物体が握られている。彼女もまた同じもの持って楽しそうにしていた。


「そーだよー。これで晴乃ちゃんは、あられもない姿を晒すことになっちゃうからね。とてもじゃないけど、千鈴ちゃんには見せられないなぁ」


 引っかかる物言いだが、私の興味は手の中のものに注がれていた。少しドキドキしている。


「あられもない姿になってしまうんですか?」

「そりゃ勿論。もしかして飲んだことないの?」

「はい、まだ未成年ですので」


 そう告げた瞬間、手に持っていたビール缶は結花さんに慌てて取り上げられてしまった。


「あっぶなー。えぇ、未成年だったの? 働いてるからてっきり成人済かと思ってたよ」

「やはり飲んではいけないでしょうか」


 初めての飲酒であったため、大人が好んで飲むアルコールとはどんなものか非常に興味があったんだけどな。正直残念である。


「ダーメ、ダメだよー。ただでさえ後で千鈴ちゃんに謝り倒さないといけないのに、未成年飲酒までさせてしまった日にはもう。私でも暫く口きいてくれなくなっちゃうよ」

「内緒でいけませんか」

「いけませんー。お姉さんの言うことは聞きなさい」


 私にはそう言いつつも、彼女は自分の分の蓋を開け飲み始めた。大きく上を向いて呷り、喉を鳴らして美味しそうに飲んでいる。


「ふーっ! いや今日は結構暑かったからね。冷たいお酒が美味しい!」

「自分だけズルくないですか」

「拗ねないでよー。ほらジュースもあるし、ここルームサービスもあるからさ。好きなもの奢ってあげるよー?」


 備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出し、私に向かって放り投げてくる。ゆるい放物線を描いて飛んできたそれを両手でキャッチする。ビールと同じようによく冷えていた。今はこれで我慢することにする。


「流石に今日は奢って貰わないと困ります。無一文で連れ出されてますし」

「そりゃそうか」

「それに、どうせ夕飯に間に合うようには帰してもらえないのでしょう?」

「……まあそうだね、今晩はゆっくりとお話ししたいからさ、一緒に泊ってこうよ」


 もう毒を食らわば皿までと言った心境なので、素直に従っておく。代わりにルームサービスは奮発してもらうことにしよう。


「じゃあ、まずはご飯を頼んでいいですか? 私も聞きたいことがあるので、先に食事にしましょうよ」

「いいよー。 何食べる?」


 ルームサービスのメニュー表を確認する。ビジネスホテルなんて泊まるだけの所と認識してたから期待はしていなかったが、意外とこのホテルのメニューは充実していた。デザートまであるのは嬉しい。


「私はこれと、これ。飲み物はこれがいいです。……あと、デザートはどれにしましょうか。複数食べてもいいですか?」

「……少し手心を加えてくれると、ありがたいんだけどなー。実は今日の経費、全部なけなしのバイト代から出てるんだよね」

「お嬢様でしょうに」

「母は金銭に関しては厳しいんだよねー。欲しい物を買ってくれることはあっても、お小遣いは雀の涙さ」


 意外と楽しているわけではないらしい。だからと言って手心を加えるわけではない。今日の慰謝料だと思えば安い物だからだ。


「そうですか。では今日は豪勢に行きましょう。結花さんも遠慮なく頼んでください」

「お話し聞いてたかなー? ……まあいいや、あたしはね、これにしようかな」




 □□□□□□




「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまー。いやはや、ルームサービスのわりに美味しかったね」

「ええ」


 小型テーブルを挟んで結花さんと食事を取っていた。


 食事は完食したが、少し頼み過ぎたかもしれない。お腹が苦しい。デザートを二品はやり過ぎた気がする。

 結花さんはビール二本を空けてご機嫌だ。心なしか顔も赤くなっている。


「酔ってませんよね?」

「こんくらいじゃ、へべれけにはならないよ。ちょっとフワフワしてる程度かなー」


 そうは言うものの不安は拭えない。


「まだ寝ないでくださいよ」

「大丈夫、大丈夫。まだまだ晴乃ちゃんとお話ししたいもんねー」

「お話しは構わないんですけど、先に私の質問に答えて頂けませんか?」


 この人ほっといたら、いつの間にか寝ていそうだ。眠そうではないが、そうなってもおかしくない雰囲気をしている。


「よかろう」

「では聞きますが、何がしたかったんですか?」

「えー、さっきから言ってるじゃーん。……晴乃ちゃんとお話ししたかったの」

「いえ、だからそうではなく今日全体の……えっ?」


 初めはまたはぐらかされていると思った。


 しかし先ほどとは打って変わった、落ち着いた声のトーンに遅れて気づく。


 フワフワとした雰囲気はなりを潜め、此方を見つめてくる瞳は冷静な思考が宿っているように見える。


「……本気で言ってます?」

「そうだよ」

「バカなのではないですか?」

「ひっどーい!」


 失礼だとは思ったが、つい心の声が漏れてしまった。しかしそれに気を悪くする様子もなく結花さんはケラケラと笑っている。私の悪態さえも楽しんでいた。


「流石に開いた口が塞がりません。もっと他にやりようはあったでしょう」

「それは否定しないけどさぁ、例えば?」

「別にお屋敷でも話せたでしょう。ホテルに来る意味は全くありません」

「それは無理だよ。お家じゃ千鈴ちゃんにきっと邪魔されちゃうからね。二人きりで腹を割った話なんてできないよ」


 千鈴さんは物分かりがいいので、頼めば二人きりで話すことくらい許してくれると私は思う。しかし実姉以上に理解しているとは言い張れないので、そこは飲み込んでおく。


「邪魔されるような腹の割った話って、どんなこと話そうとしてたんですか?」

「ん-、例えばね。千鈴ちゃんの献属を辞めろ……とかかな」


 一瞬だけ、ほんの少しの間だけだが部屋の空気が凍り付いた気がした。抑揚のない冷たい命令に気圧されてしまう。


 それでも絞り出すように声を出す。


「何を――」

「あっ、違うよ。待って待って。例えの話ね」


 すぐに明るい雰囲気に戻り、大袈裟に大きく手を振る道化じみたジェスチャーで和まそうとしてくる。


「……今は言うつもりはないんですか?」

「ないない。晴乃ちゃんは合格!」


 だんだんこの人の真意が理解できてきた気がする。


 先ほど私と話すことが目的と言っていた。それも嘘ではないのだろう。しかし何故話したかったのかまでは答えていなかった。そちらが本当の目的だったのだろう。


 つまり結花さんがしたかったのは……


「つまりあなたは、妹についた虫の確認がしたかったんですね」

「そう、大正解!」


 この人は言い難い事でも、悪びれもせずに言ってくるな。


「ほらさ、最近可愛い可愛い妹にやっと献属ができたって聞くじゃん? しかもどうやら随分とお熱してるって話だしさ。ね、これはもうお姉ちゃんとしては、一度その虫を見極めねばと決意したわけですよ」

「冗談だったんですが、結花さんも虫の認識なんですね」

「そりゃそうだよ。大切に温室で手塩にかけて育てた花につくものなんて、そう表現するしかないでしょ」


 かなり過激な発言だ。この人想像以上に、千鈴さんのことを好きすぎやしないか。


「そんな風に思っているのに、私は許してくれるのですか?」


 献属を止めろとまでは言う気は無いと話していた。合格とも言っていたことから試されていたのは理解できている。


「うん、献属自体は必須だからね。あたしは現実的だからさ、どこかで妥協はするよ」

「私は合格ラインを越えたと。しかしもう判断して大丈夫ですか?」

「うん?」

「まだ大して話せていないでしょうに」


 何をもって合格なのかは理解できていなかった。普通であれば人格とかだと考えられるが、こんな短時間では判断は不可能だろう。


 できれば判断の基準を聞いておきたい。ふとしたことで結花さんの勘気を蒙るのは遠慮したいからだ。どこに地雷が埋まっているか分からないままでは、おちおち付き合っていられない。


「んふふ、今日は機嫌がいいからね。特別にお姉さんの秘密、教えたげる」

「是非」



「あたしね、吸血すると相手のことが何となくわかるんだ」



 結花さんの口から僅かに舌がのぞき、まるで私の血の味を思い出すかのようにチロリと唇を舐めていった。


「別に超能力とかじゃないよ。考えていることが完全に分かるわけでもないしね。でもどんなことが好きかとか、何を重要視しているかとかの人となりは概ねわかっちゃうかも」

「本当ですか?」

「うん。ほらさ、例えば一緒に食事をするだけでも色んな事が分かるじゃん。食事中に喋るタイプかとか、作法が身についているかとかさ。良い悪いではなく、そこから得られる情報って沢山あるよね。それの延長みたいなものだと思ってくれればいいよ」

「筋道は通ってますが、あなたのそれが正しく機能している証拠はあるんですか?」


 沢山情報を得れたとしても、そこからの彼女の評価が正しいとは限らない。勝手なレッテルを貼り付けているだけかもしれないのだから。


 私は合格を貰えたから、そこまで追求する必要はないのかもしれない。しかしどうしても聞いておきたかった。


 もしただの妄想で好き嫌いを決めているのだとしたら、逆に私がこの人を信じられなくなる。


「うーん、証拠かぁ。じゃあ晴乃ちゃんについての評価を喋っちゃおうかな」

「聞きましょう」

「一言で表すなら、『面白い』かな。まさに献属になるべくしてなった人間って感じ」


 それだけでは私は判断できない。具体的な事を話すよう、続きを促す。


「初めはさ誰かの下にいると安心するタイプ、もしくは仕えることに喜びを見出すタイプかと思ってたんだ」

「違うんですか?」

「またまたー、とぼけちゃって。晴乃ちゃんのはさ、もっと拗れてるでしょ」


 ……少し腹立たしい。見透かしたような口ぶりが癇に障る。


「いやはや、その年で中々に業が深いね」

「……もういいです」

「千鈴ちゃんがあなたにお熱だとは聞いてたけど、案外依存してるのは晴乃ちゃんの方だったりしてー?」

「もう結構だと言ってます。あんまり口が軽いと敵を作りますよ」


 つい冷たく接してしまったが、結花さんは肩をすくめるだけで流されてしまった。


「信じてくれた?」

「十分に分かりました。信じたかどうかは答えませんが」


 ここで信じたと言えば、彼女の評価が正しいと認めてしまうことになる。それは面白くなかった。


 そんな心情も見通しているかのように、クスクスと笑われる。ちょっと嫌いになりそうだ。


「まあそんなわけでございまして。改めてあたしがしたかったことを纏めると、晴ちゃんを見極めたかった。それでもし千鈴ちゃんの献属に相応しくなければ、説得して献属を辞めてもらう。ついでに千鈴ちゃんへ吸血の手ほどきもしてあげられる。うん、一石二鳥どころか三鳥だね」

「……ようやく納得はできました。しかしそれでも、もっと穏便なやり方はあったと思います」

「かもねー。でもあたしって計画を詰めるよりは、取り合えずやっちゃえ派だからさ」


 それは確かにそうなのだろう。ここまでで築かれた私の中の結花さん像にも違和感がない。


 ……なんかどっと疲れた。散々振り回されたからかな。聞きたいことはもう大体聞けた。もう話すのは十分だと思う。


「……頭が痛くなってきました。もう寝ませんか?」

「えー、もっとお話ししようよー」

「何かまだ私に言いたいことでもあるのですか?」

「違うって、単純にお喋りしようよ。あたし、晴乃ちゃんのこと気に入っちゃった」


 ずいっと結花さんはテーブルから身を乗り出し、私に近づいてくる。


「うーん、千鈴ちゃんの献属じゃなかったら是非欲しいんだけどなぁ。流石に妹を悲しませたくないからやめておくけど」

「……気に入って貰えて何よりです」


 私の心情はさておき、千鈴さん姉なのだ。仲良くするに越したことはない。


「晴乃ちゃんもそうは思わない?」

「どういう意味でしょう」

「あたし達って相性は凄く良いと思うんだよね。互いに求めるものが合致してるからさ。ギブアンドテイクってやつ?」


 肯定も否定もしない。認めるのは躊躇われたが、反論もできない。


「もしさ、晴乃ちゃんがあたしの献属になりたいって言ってくれるなら、大切な妹と大喧嘩する覚悟もあるよ?」


 そう言って、私の頬を優しく撫でてきた。互いの目と目が合い、誘惑するかのような視線を逸らすことができないでいる。


 しかし、心はまるで揺れなかった。


「いえ、結構です。姉妹仲良くしていてください」

「やっぱそうくるんだ」


 そうなると想像していたかのように苦笑する結花さん。彼女はあっさりと引き下がった。


「このプレイガールを袖にするなんてなぁ。信じられないなぁ」

「相性がいいのは否定しません。だけど私には千鈴さんがいますので。今更乗り換える気は全くありませんよ」

「ふーん、じゃあもし千鈴ちゃんよりも先に会ってたら?」

「ノーコメントで」


 あまり考えたくなかった。そこを深く考えてしまうと、誰かに対する裏切りになると感じたからだ。


 この人と話していると、よくない方向に進んでいってしまう気がする。今日はもう寝てしまおう。明日の朝、帰る前にシャワーを浴びればいい。


 席を立ち、ベッドの内の一つに飛び込んだ。掛け布団を引っぺがして体に巻き付ける。


「あれー、もうお喋りしてくれないの?」

「相性が良いと言ったのは訂正します。私はあなたが苦手です」

「ありゃ、嫌われちゃった?」


 嫌いではない、苦手なのだ。


 彼女の性格は好ましいと思っているが、関わるとこと自体が間違っていると感じる。聞こえてくる言葉をシャットダウンするように頭まで布団を被った。


 しかしそれでも彼女の声を完全には遮ることは出来ない。僅かに漏れ聞こえてくる。


「ふふっ、そんな可愛いところもいいね。おやすみなさい」


 聞こえなかった振りをして、そのまま眠りについた。




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