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第28話 襲来されてしまいました

「いえ~い、千鈴ちゃん見ってる~? お姉ちゃんはいまー、千鈴ちゃんの大切な晴乃ちゃんといまーす!」

「おねえさまっ!?」


 タブレットの向こうからは、千鈴さんの今まで聞いたことのない大声が聞こえた。


 私は現在永妻家の長女、結花さんと共にビジネスホテルの一室にいる。どうしてこんなことになってしまったのか。


 確かそう、あれは夕方のことだった。




 □□□□□□




 夕方だが千鈴さんが帰ってくるにはまだ早い時間帯、玄関の呼び鈴が鳴らされた。正門の呼び鈴でなく玄関の方であっため、まだ早いけど千鈴さんか舞里さんのどちらかが帰ってきたのだと思った。


 しかし呼び鈴の押し方に違和感を覚える。何故か四回連打されたのだ。


 普段であれば千鈴さんはゆっくり長く一回、舞里さんは二回押すのでどちらが帰ってきたか分かりやすい。でもこの連打には身に覚えがなかった。


 もっとも別に取り決めがある訳でもないので、何か急ぐ事情があるのかもしれないと思い駆け足で玄関に向かう。


 扉を開けると知らない女性がいた。


「おろっ、誰かな?」


 私の言いたいことを先に言われてしまった。


 だがこちらは何となく予想がつき始めている。目の前の女性は、雰囲気が千鈴さんや舞里さんに似てるからだ。


「八城晴乃と申します。失礼ですが、結花さんでよろしいでしょうか?」

「あー、君が晴乃ちゃんか! いつかの電話ぶりだねー。改めまして結花だよ。よろしくね」


 確かに服を借りた時に電話して以来か。あれから連絡を取ることもなかったから、すぐには気づけなかった。


 結花さんは妹二人と比較して髪は短く整えられている。私より少し長いくらいだろうか。前髪には赤のメッシュが入っていた。身長は私よりも僅かに高く、いかにも大学生が着そうなブラウスとジーンズ姿をしている。


 目を引くのは大きなショルダーバッグ。女性が普段使いするにはいささか大きい。


「こちらこそよろしくお願いします。どうぞ中にお入りください」


 急な帰省に驚きはしたが、彼女もれっきとしたこの家の住人である。雇用主の一員である以上歓待せねばなるまい。扉を開けて迎え入れる。


「ちょっと待って、動かないで」


 しかし彼女は玄関にも入らないうちに静止をかけてきた。出入り口付近に立っているので邪魔なはずだが。


「中に入られないんですか?」


 まさか絶縁されてて出入り禁止されているとか。いや、ないはずだ。電話口での千鈴さんはとても仲が良さそうだったし、司さんやご当代様からもそんな注意は受けていない。


 そんな益体もないことを考えているうちに、彼女は上から下まで私を観察していた。千鈴さんにも時々された記憶があるが、吸血人はみなそうなのだろうか。


「ほーん、ふーん」

「あの、そろそろ暑くなってきた時期ですし、取り合えず中に入りませんか。冷えたお茶などをお出しできますよ」

「ああ、いいのいいの。どうせすぐ出ることになるだろうから」


 ただの帰省ではなく、何か目的があるのだろうか。


「それより、ちょっと失礼」


 不思議な言動に翻弄されっぱなしの私は、そう言って近づいてきた彼女に抱きしめられてしまった。本当に何なんだこの人は。


「おおー、いいね。うん、これはなかなか……」


 抱きしめ方も千鈴さんのようにしがみ付く様な感じではない。何かを確認するようにギュムギュムと力に緩急をつけて抱きしめてくる。あとついでのように匂いを嗅いでくるのは止めて欲しい。


「セクハラは止めてください」

「ええじゃないか、減るもんじゃないし。これもメイドの業務の一環だよー?」

「メイドの業務に入っているかは知りませんが、私は家政婦ですよ」

「あちゃー、そうだった」


 ようやく離れてくれた。なんというか軽い人だ。妹どちらの性格とも違う。


「ごめんね、不快にさせたなら謝っとくね。決してうら若き乙女の肢体を堪能したかったわけじゃないの」

「その言い訳は余計だったと思いますが。……まあ怒ってないのでいいです。千鈴さんも時々、理由もなく抱き着いてきますし」


 よく思い出してみると、その時の千鈴さんも匂いを嗅いでるような節があった。やはり吸血人の行動は似てくるのものなのだろうか。


「そうなんだ、仲がよくて羨ましいね。そういえば千鈴ちゃんはもう帰ってる?」

「まだですよ」

「おー、そりゃ好都合。じゃあ司さんいる?」

「ええ、勿論です。今は洗濯物を取り込んでいるのではないでしょうか」


 長居するつもりはなさそうだが、やはり折角なので顔見知りの人とは会っておきたいみたいだ。司さんとは昔からの付き合いだろうし、顔を見ておきたいと思ってもおかしくない。


「じゃあさ、ちょっと後で頼みたいことがあるから、ここで待っててくれないかな」

「ここで待つのですか?」

「うん、すぐ戻ってくるからさ。また探すのも面倒だからお願いねー」

「はあ……」


 結花さんは家に入らず、庭の方へ走って行ってしまった。もう司さんに会いに行ったのだろうか。確かに洗濯物を干している場所までは屋内に入るよりも、そっちから向かった方が近道ではある。


 待つこと数分。宣言通り彼女はすぐに戻ってきた。


「いやはや、お待たせお待たせ。それじゃ、行こっか」


 自然と腕をとって引っ張ってくる。この人の行動がさっぱり読めない。行くってどこにだ。


「あの、頼みたいことがあるのではなかったんですか?」

「そうだよ、これがそう。お姉さんと外出しよっか」

「いえ、流石にそれは……。仕事中でもありますし」

「へーきへーき。そのために司さんに一言伝えといたからさ。晴乃ちゃんを借りてくよって」


 そうだとしても、急にそんな事を言われると困ってしまう。しかし彼女も雇用側の人であるし、どうしたものか。そもそも司さんに伝えたとは言っていたが、許可は出たのだろうか。あんな短時間であの堅い人がそんな簡単に許すとは思えないのだが。


「ほらほら、タクシーも待たせてるからさ。知ってる? 待機料金ってのがあって待たせるとどんどん高くなるの」

「……それはよくないですね」


 お金は大切だ。無駄に消費するのは看過できない。


 強引さと雰囲気に言いくるめられて、なし崩しに表に止まってあったタクシーに乗せられる。


 行先も知らぬまま車が走り出す。車内では意外と彼女は無言だった。一応どこに向かっているのか尋ねてはみたが、「んー、内緒」と言葉少なく濁されてしまった。


 タクシーに揺られること十何分。


 付いた先は街中のビジネスホテル。ここまで来てしまった以上、どこだろうと大人しく結花さんに付いていく。しかし一つだけ懸念点がある。


「あの、私メイド服のまま来てしまってるのですが」

「大丈夫、ビジネスホテルにドレスコードはないから」

「いえ、そういうことではなく。単純に恥ずかしいです」

「ええ!? 買い出しとかよく行くでしょ。メイド服での外出とか慣れてるんじゃないの?」


 確かに仕事として買い物もよく行くが、この格好では行かない。


「流石に着替えますよ」

「あちゃー、そうだったんだ。失敗しちゃった、ごめんね」


 言葉では謝っているが、態度はあっけらかんとしている。あまり失敗だと思ってなさそうだ。しかし明るくさっぱりとした笑顔で言われると、もういいやと許してしまう。


 ここまでで既に彼女は、他人を振り回すタイプの人間だと容易に想像できる。でもどこか憎めないのは、独特の雰囲気がそうさせているのだろうか。


 ホテルフロントの人から好奇の視線を受けつつ、チェックインを待つ。


 なんか受付のお姉さんとナンパじみた感じでお喋りをしているが、ここに羞恥に耐えている人間がいることを思い出して早くして欲しい。


 絶対もっと早く終わるはずだったチェックインがようやく済み、結花さんと連れ立って部屋に向かう。


 部屋は一般的なツインルーム。広くもなく二つ並んだベッドで半分以上が埋まっている。


「それで、ここまで何しに連れ出したのですか? そろそろ教えてくれてもいいでしょう」

「説明もしたいんだけど、ちょっと待ってね。千鈴ちゃんからさ、鬼電かかってきてるんだ。あたし達と入れ替わりで帰ってきてたみたい」


 ほらっと振動しっぱなしのスマホを掲げて見せてくる。そしてそのまま電話に出た。


「やあ、久しぶり千鈴ちゃん。……うんうんそうだね。……わかる、わかるよー、でもねちょっと待って。見せたいものもあるしさ、一旦テレビ通話にしない? ……うん、用意したらまたかけ直すから。じゃあね」


 会話は聞こえないが、強引に打ち切った感じがした。


 彼女は切ったスマホをベッドへ放り投げると、持ってきていた鞄を漁り始める。


「いやー、千鈴ちゃんカンカンだったよ。あんなあの子は久しぶりだったね。あの子のケーキを勝手に食べちゃったとき以来かも」


 鞄からタブレットを取り出し、何やら操作をしている。私はタブレットを持っていないのでよくわからないが、大きなスマホという認識でいいんだろうか。


「それは当然なのでは? 勝手に献属を連れ去ったら、いい顔はしないと思います」

「ごもっともで」


 何やら呼び出し音が鳴り始めたタブレットが、ベッドから少し離れた机に立てるようにしてセットされる。


「ほら、晴乃ちゃんこっちおいで」


 結花さんはベッドに腰かけ、隣を叩いて私に来るように促してきた。一体これから何が始まるというのか。


 呼び出し音が止まり、タブレットに映像が映し出される。


 千鈴さんだ。


 テレビ通話と言っていたし、向こうの様子が映っているのだろう。千鈴さんはスマホからかけているのか、映像はブレブレで小刻みに動いている。


 さて何を言うのやらと状況を見守っていると、結花さんは私の肩を抱き体を寄せてきた。


「いえ~い、千鈴ちゃん見ってる~? お姉ちゃんはいまー、千鈴ちゃんの大切な晴乃ちゃんといまーす!」

「おねえさまっ!?」


 未だに何が起こっているかは分からないが、ついてきたことが失敗だったのはよく理解できた。




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