第27話 挽回しちゃおう
「いい、すごくいいよ晴ちゃん!」
「……どうも」
晴ちゃんに渡した服の一着目は執事服。
ポピュラーな黒の燕尾服と蝶ネクタイ、白いシャツに手袋をしている。デザインは男性用だけど、シルエットは女性のラインに合わせて作られていた。
つまりこれは男装用の執事服。それもあえて本物の完全再現ではないように作られてる。
晴ちゃんはどちらかといえば中性的な雰囲気がある。しかしこの執事服を着ても男性には見えない。
だがむしろそれがいい。まさに男装の麗人といった感じだ。
カッコいい服装の女性だからこその独特の雰囲気がある。女性の柔らかさと男装の厳めしさのギャップはグッとくるものがあった。
「サイズは大丈夫そう?」
そう聞くと体を確かめるように軽く動かしてみてる。特に各関節回りなどは、服を傷めないように可動域を慎重に探っていた。
「割といい感じです。見た目こそそれらしく作られてますが、生地が思ったより柔らかいので動きやすいです」
「そう、それならよかった」
「私はスカートよりパンツの方が好みなので、許されるならメイド服の代わりにこちらを仕事着にしたいものです」
「メイド服はメイド服で、可愛くて私は好きだけどなぁ」
でも執事晴ちゃんが毎日お世話してくれるのか、それも悪くないかもしれない。
改めて晴ちゃんの上から下までをじっくりと眺める。やはり美人さんだからカッコいい服装も似合う。こんな執事にご奉仕されてみたい。
「ねえ、晴ちゃん。こうしてみて」
「え、ああ……こんな感じですか?」
私のとったポーズを律儀に真似してくれる。
左手を腹部に当て右手を後ろに回す執事さんと言えばのポーズだ。姿勢がいいからだろうか、即興でやらせてみたポーズでも様になっている。
そしてそれ以上はポーズ指定もしていないのに、そのまま私の足元へ跪いてきた。
「何なりとご命令くださいご主人様」
「は、晴ちゃん!?」
何故か割とノリノリだ。
そういえばメイド服を着たての頃は、似た様な感じでメイドを演じてた気もする。こいうの好きなのかな。
「ご主人様、どういたしました?」
あっ、これは違うやつだ。今理解できた。
晴ちゃんは演じることが好きなんじゃなくて、演じて見せて私の反応を楽しんでるだけだ。現に見上げてきた顔は、またいつもの悪戯な笑みをしている。
「もうっ、晴ちゃん。すぐそうやってからかうんだから……」
「ふふっ、すいません」
謝ってくれるけど、悪びれてない。
嫌じゃないし冗談だとは分かってる。でもちょっとくらいはやり返しておくべきだと思った。どうしようかな。
「……じゃあ、こうしたらどうしてくれるの?」
右手をそっと跪く彼女の目の前に差し出す。仕返しのはずなのに、私の方が妙な恥ずかしさを覚えた。これもただの冗談だ。そう、冗談のはずだ。
右手を見た当初キョトンとしていた彼女は、合点がいったのだろう一度苦笑した。そして迷わず私の手を下から掬うように取る。手を握られる感覚にゾクリとしたざわめきが体を走った。
手袋越しの上、手と手が触れ合っただけ。これくらいの事は取るに足らないはずなのに、特別なものに思えてしまって胸が高鳴る。
手の甲に晴ちゃんの顔が寄せられていく。
唇が、触れた。
ほんの一瞬だけ、キスと言うよりは唇を押し当てただけの行為。それだけのことなのに、全身に火がついたように熱くなる。きっと耳まで赤く染まっているだろう。鏡を見なくてもわかった。
執事服を着た晴ちゃんは、いつもと違うドキドキを与えてくる。
普段の彼女にもドキドキとした感情を覚える。しかしそれは興奮や昂ぶりによるものだ。つい襲いたくなるような衝動や欲求に突き動かされる、そんな気持ち。
でも執事服の彼女はカッコいいからだろうか、触れられるだけで緊張して顔を覆い隠したくなるような、そんなドキドキがある。目も合わせられないし、真っ赤になった顔も見られたくない。
だからこそ、しゃがんで膝に顔を埋めて丸まってしまった。
「千鈴さん、これぐらいで照れないで下さい。あなたがやらせたのですよ」
照れてるわけじゃない。いや照れてもいるけど、顔を合わせられないのはきっとそれだけが理由じゃない。今顔を合わせ続けてしまったら、何か間違ってしまいそうなのだ。
「もう、いい。もう十分堪能できたから、次の服にいこ……」
「血は吸わないんですか?」
「……うん、この服ではいいや。とっても似合ってたよ、ありがと」
顔すら見れない状況で吸血できるわけがない。それに傷つけがたかった。神聖視するわけじゃないけど、私が覆い被さり吸血するのは何か違う気がしたのだ。
「では次の服に着替えますよ」
吸血をしなかったことで、ただ着て見せただけになってしまい困惑する晴ちゃん。少し迷ったようだが、結局は着替えることにして私の前を離れた。
やっぱ少し惜しかったかも。
□□□□□□
「可愛いよー、晴ちゃん。すっごく可愛い! 癒されるぅ……」
着替えた晴ちゃんをベッドの上で抱きしめながら、先ほど彼女にさせられた緊張を彼女で癒していた。
今度の衣装はゴシックロリータ。
モノトーンのドレスワンピースは、所狭しとレースやフリルにまみれている。袖は先になるほど広がるフレアスリーブ。スカートは膝下の長さで、大きく広がった裾に幾重にもフリルがついていて華やかだ。胸元の一際大きなリボンとフリルレースでできたヘッドドレス、レース生地の刺繡の入った手袋が小物としてついてきている。
まさに西洋人形が着てるような服装だけど、晴ちゃんはよく似合っていた。
しかし顔はよく見えない。
これを着てからというもの、彼女は照れているのか目線を合わせてくれない。さっきの私と同じような感じだ。完全に立場は入れ替わってしまった。
ベッドの上で座りながら抱きしめてる状態では、顔はあまり見えないし見せてくれない。だけど真っ赤になったお耳はよく見えた。
「そんなに照れなくてもいいのに。よく似合ってるって」
「……照れてません」
拗ねた様な口ぶりで言い切られる。でもそれは流石に無理があるよ。
「じゃあ、可愛く着飾ったお顔をみせて欲しいな。そうだっ、その衣装に似合うようにお化粧もしてあげようか?」
「要りません……」
珍しくからかえる機会だから、ついやり返してしまった。根に持っていたわけではない。
それにしても照れた口調と衣装のせいで、晴ちゃんが幼く感じる。もうそこには大人びた雰囲気は微塵もなく、不機嫌なお嬢ちゃんにしかみえない。
「晴ちゃん、そんな顔しないで。元気いっぱいの笑顔を、お姉ちゃんに見せて欲しいな」
「……誰がお姉ちゃんですか。千鈴さんは私より二つも年下でしょうに」
この拗ねた様な、照れている態度も含めて本当に愛おしい。これこそまさに襲いたくなるような可愛さだ。ついちょっかいをかけたくなるし、それに反応してくれることが楽しい。
この可愛らしいお人形で、ずっと遊んでいたい。
ずっと傍に置いておきたい。
ずっと、ずっと……。
――このまま部屋から出したくない。
「千鈴さん、千鈴さん」
「……えっ、あっ、なに?」
「何ではありません。ボーっとしてますが、もう吸血してこの服を早く着替えさせてくださいよ」
ゴスロリ晴ちゃんに没頭しすぎていて、彼女の声が聞こえていなかった。思考が危ない方へ向かっていた気もするけど、気のせいだろう。
それよりも吸血か。それなら吸いなれてる肩や首が望ましいけど……。
肩周りを確認する。大きなリボンとフリルに隠れていて分かり難いけど、服の構造的に着たまま大きく肩や首を露出させることは出来なさそうだ。
まあ試作品なので全てが上手くいったわけではないのだろう。
改めて全身を探ってみる。
首や肩は駄目。腕は……袖口は大きく開いているものの、腕の途中が絞られていてまくり上げるのは困難だ。
ワンピース型なので他に噛めるのは足くらいである。でも足は足で、ガーターベルトとストッキングのせいで空いてるのは太ももだけ。でもスカートを捲り上げて太ももを噛むのは、まだ私にはハードルが高いかも。
「この服、吸血しにくくないですか?」
晴ちゃんも気づいたみたいだ。私もそう思う。
この服を選んだときは、彼女が着たところを見たいかだけで決めていた。だからこんな落とし穴があるとは思っていなかった。だって吸血用の衣装らしいから、出来ることが前提だと思うじゃん。
恐らく失敗作も混ざっていたのだろう。これのせいで直前でお預けされた気分だ。
「……むぅ」
「この服では吸血も出来なさそうなので、着替えますね」
ちょっと嬉しそうな晴ちゃんとむくれる私。彼女は「残念です」と思ってもいないことを言いながら、さっさとベッドから降りて着替えに行ってしまった。
いいもん。まだとっておきが残ってるもん。
□□□□□□
「せんぱい、せんぱい、晴乃先輩」
「はい、はい。何ですか千鈴ちゃん」
再びベッドの上で、割座している晴ちゃんに抱き着いていた。今度は正面から、彼女のお腹へ顔を埋めている。
最後は当然、高校の制服。
私が普段から着てるものとほとんど同じものだ。ブレザーにスカート、私のとは色の違うネクタイ。見慣れ切った衣装。
「着てくれてありがと。念願だったの」
「そこまでですか? 悪い気はしませんが」
だってこれを晴ちゃんに着て欲しい理由は、前の二つとは違うんだから。
前の二つは純粋に着てるところ見てみたかっただけだ。
逆にこの制服に関しては、着てるところを何度も見たことがあったし、今も鮮明に記憶してる。見るだけであれば、そこまでではない。
では何故今更これを着て欲しかったのか。
理由は過去をやり直したいという後悔があったからだ。
私は彼女と出会ってからずっと惹かれていたのにも関わらず、一年間話しかけられもせずに卒業させてしまった。
もし話しかけられていたなら、仲良くなって憧れの人と一緒に高校生活を送れたのかな、なんて考えてしまうことがある。
勿論話しかけていてもそうならない可能性もあった。実際、在学期間中は忙しかったみたいだし。
でもそうなりたっかたという理想と、その機会さえみすみす逃してしまった後悔はずっと心に残っていた。
だから今日なのだ。
春乃先輩にもう一度吸血させて貰う。そしてそれによって心のしこりを解消しようとしている。
我ながらひどく歪んでいた。
これならばまだ、着せ替えを楽しんでる方がよほど健全である。しかし歪ませた元凶である晴乃先輩には、こうなった責任を取って頂かねばなるまい。
あの時のように甘やかしてもらうため、お腹に埋めていた顔を上げて血をねだる。
「晴乃先輩、もう我慢できません。早く欲しいです」
「はいはい、いいですよ。……ほら、千鈴ちゃん」
彼女に膝枕してもらったまま、雛鳥のように口を開ける。すると指が口元までやってきた。しかし与えるような口ぶりとは裏腹に、じらすように唇の下の方をくすぐられる。
じれったくなったのでこちらから咥えに行った。
あの時のように指を吸う。しかし傷までは再現されていないので、噛んでつけなければならない。
ゆっくりと慎重に歯を立てる。
今回はたくさんの血が欲しいわけではない。むしろちょびっとでいい。そうした方が長い時間、晴乃先輩に甘やかしてもらえる。
牙で皮膚を突き破るのではなく、尖った部分でひっかく様にして指の横側に傷をつけた。上手にできた出来たご褒美だろうか、私が咥えていない方の手で頭を撫でてくれる。
薄い血の味を、ゆっくりと舐める。
まさにあの日の再現に心が満たされていく。あの日は途中で邪魔が入ったけど、今日は心行くまでこのままでいられる。
ずっとこのままでいたい。
「晴乃先輩……」
「なんですか?」
「どこにも行かないで。ここにいて」
「いいですよ」
ほんと? ほんとに行かないでよ?
もし嘘ついたら、嫌いになっちゃうかも。




