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第26話 盛装したいな

 ついにこの日がやってきた。


 約束してからずっと楽しみにしてきたのだ。カレンダーにもわざわざ印を付けた。たった数日先の印だったけど、毎朝一度は確認していた。


 晴ちゃんはまだ来ていない。


 約束の時間にはまだもう少し時間がある。だというのに、まるで緊張しているかのように気持ちが逸る。深く大きく息を吸い、落ち着こうと試みてはいるけど、心拍数は早いままである。


 それに先ほどから時計の針ばかり気にしてしまう。


 あとどれぐらいなのか、つい見てしまうのだ。しかし何度も何度も繰り返し見ているせいで、時間は全く進まない。壊れているのではないかと疑ってしまう。


 あと10分。……あと8分。必要もないのに立ったり座ったりを繰り返す。


 あと5分。廊下から足音がした気がする。少し早く来るのは彼女らしい。


 ノックが聞こえる。来た!


「千鈴さん、入っても――」

「いらっしゃい」


 駆け足でドアまで出向き、迎え入れる。晴ちゃんは急に私が扉を開けたせいで驚いた顔をしてる。


「あ、ありがとうございます」

「さ、入って入って」


 待ちきれず彼女の腕に手を回し、引っ張って部屋に入れた。よく見ると彼女のもう片方の手には紙袋が提げられている。


「ね、その袋がそうなの?」

「はい、ご所望の品です」


 晴ちゃんは器用に紙袋の片方の持ち手だけ外し、傾けて中身を見せてくれる。中にはよく知った制服が綺麗に畳まれて入っていた。


「ありがと、嬉しい! 私もちゃんと用意したよ。みてみてっ」

「……うわぁ、よくこんなに用意しましたね」


 部屋の中に招いた彼女に見せたのは、移動式のハンガーラックにかかった様々な種類の衣服。単純に可愛い服から特定の職業の仕事着までジャンルはバラバラである。



 ――今日は晴ちゃんを着せ替えして吸血していい日なのだ。


 彼女は制服を、私は他の服を持ち寄って吸血すると以前から約束をしてた。


 発端は以前に彼女の制服姿が見たいと言った日。


 あの日の後、私は思いついてしまった。制服以外も頼めば着てくれるのではないかと。ただ服を着るだけなのだから、なんら変な事ではない。彼女だって嫌がらないだろう。


 そして案の定、晴ちゃんは断らなかった。


 ただ服をどこから用意するのか不思議がってはいた。自分に合うサイズの服を持ってくると言っても簡単ではないだろうと。


 ちょっと着るだけの服をわざわざ買うのは駄目ですよと釘も刺されている。


 勿論私だってそんなことはしない。そもそも私のお小遣いは年相応のものを貰っている。服を気軽に買うことは出来ない。


 であれば以前お姉様のおさがりを借りたように、あそこから持ってくる案もあった。晴ちゃんもそう考えているかもしれない。


 しかし私には、それよりも良い心当たりがあった。


「これ、どこからこんな大量の衣服を持ってきたんですか?」

「えへー、お母様の仕事部屋」


 お母様はアパレル会社の社長をしている。それは晴ちゃんも承知済みのはずだ。


「お母様はね、吸血人向けの服とかも作ったりしてるの。あっ、吸血人向けって言っても私達が着るんじゃなくて、献属に着せる方の服ね」

「……なんで着せる用の服が、当たり前のように売られているんですか?」

「普通じゃないの?」


 私はとってもいい商品だと思うけどな。献属を持って初めてお母様の仕事の素晴らしさがわかった。これは需要があると思う。


「……いえ、深く考えるのは止めておきます。それよりこれ、まさか売り物ではないですよね?」

「それも大丈夫。全部昔に作られた試作品だから」


 お母様の部屋には試作品の服がいっぱい残ってる。


 デザインもそうだけど、吸血用と言うことで首や肩周りが開きやすい構造になっていたり、汚れや皺に強い生地が使われていたりと工夫が試された服たちだ。


 一度作って、お母様自ら使用感を試してみたらしい。


 商品化されたものも、失敗作となったものも混在して積まれていた。


 ここに持ってきた服以外にも山ほどあるけど、晴ちゃんが着れそうなサイズのものだけ見繕ってきてる。


「お母様から許可も貰ってるよ。むしろ『洗濯済みだけど気にならないかな』って心配してた」

「試作品なんですよね? 何故洗濯済みなんでしょうか……いや、答えなくていいです。きっと試着されたのでしょう」


 軽く試着しただけで洗濯までするかなぁ。試作品だから当然試した可能性もあるけど、私もそこは詳しく聞いてない。


 余談ではあるけど、出張中のお母様についていった献属の人の中には、晴ちゃんと背格好が似ている人がいる。関係は無いと思うが。


「まあ洗濯済みなら私は構いません。古着屋やリサイクルショップで服を買うこともありますし、それと比べれば問題ありません」


 そう言って物珍しそうに並んだ服を流し見していく。


 それも当然だろう。普段着の範囲に収まらない種類のものもある。いやむしろ多い。 持ってきてないけど、中には仮装紛いの服まであった。


「それにしてもこんなにバリエーションが作られているということは、割と売れ筋の商品なのでしょうか」

「うん、お母様の会社が成長した要因の一つらしいよ。私もついこの間知ったんだけど」

「そんなに人気まであるですね……」


 私もそれを聞いた時は勇気を貰ったものだ。やはり献属に色んな衣装を着せたいという思いは共通である、私だけが変わってるわけではないと。


 だからこれから晴ちゃんを着せ替えて楽しむのも、正当な行いであると意気込んでいたのだが……。


「流石に全部は着れませんよ」

「えっ、何でも着てくれるって言ったじゃん!」


 話が違う。俄かに裏切られた気分に陥る。


「こんなに量があると思ってませんでした。これだと着替えるだけで時間がかかり過ぎます。あくまで吸血のためなのですから、そちらの時間を食わない範囲……そうですね三着まででお願いします」

「えー……」


 正論ではあるんだけど、折角用意した私の努力も汲んで欲しいものだ。全部サイズを確認して、ここまでハンガーラックごと苦労して運んできたのに。


「制服を除いて三着?」

「込みです」

「……むぅ」


 晴ちゃんのケチンボ。交渉にも応じてくれない。ちょっとくらいおまけして欲しい。


 もう少し交渉してみるべきかもしれないけど、そうも言ってられなさそうだ。


 彼女に手のジェスチャーで、早く選んでと急かされている。交渉以前に、時間をかけ過ぎると更に数を減らされかねない。


 追い立てられるようにハンガーラックへ向かい、どれを選ぶかを考える。


 着て欲しい服はたくさんあるのだ、ここにあるのは既に厳選されたものたちである。制服はマストだとして、あとたったの二着。真剣に選ばなければなるまい。


「そんなにじっくりと選ばなくても……。残りはまたいずれ着ますから」

「晴ちゃん、静かに」

「……はい」


 また今度でいいという話ではない。今日満足を得れるかがかかっている。色とりどりのケーキが入った箱の中から、たった一つだけ食べていいよと言われた時の心境に似ている。


 それに全部着てもらえると期待してた分、落胆が先にある。ここからたったの3着で盛り返さなければならない。


 晴ちゃんが焦れない時間ギリギリまで厳選を重ねる。


 そしてついに衣装を選び抜いた。


「晴ちゃん、決めました。これでお願いします」


 制服と他二着を見せる。すると彼女はなんとも言い難い表情をした。嫌がってるわけじゃないと思う。しかし決して思う所がないでもなさそうだ。


「……良いご趣味をされていると思います」

「でしょ! 楽しみにしてるね」


 晴ちゃんはその内の一着を手に取り、部屋の隅にある姿見の前まで着替えに行った。




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