表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/51

第16話 継続してね

 夕方、私は部屋で勉強してた。


 今日は学校をサボってしまったからだ。予習や復習ではなく、休んだことで授業に遅れないように勉強をしてる。


 昼過ぎに起きたのだけど、しっかりと今朝の所業は覚えていた。自分でも朝はどうかしてたと思う。寝不足で朦朧とした頭では、自身の感情を抑えきれなくなってたのだ。


 しかし、ああしたいとは思ってた。


 晴ちゃんに傍にいて欲しかった。彼女に触れていたかった。我儘だろうとなんだろうと、それが嘘偽らざる本音だ。


 晴ちゃんにも司さんにも、迷惑をかけてしまったことに罪悪感を覚えてはいるが、今日の我儘は私にとって必要だったと思う。


 昨晩の舞里ちゃんの吸血で私の心はささくれ立ってたと思う。だからああしなければ、心の傷は癒せなかった。


 あの晩の感情は今でも整理できてない。


 煮えるような感覚と、底冷えするような気持があったのは覚えているけど、あれの正体は未だわからなかった。純粋な怒りや、悲しみとはちょっと違う気がする。


 あれと同じ状態となったことは、今迄には記憶にない。


 しかし今日早くも2回目があった。


 晴ちゃんから昨晩のことを聞き出した時だ。特に噛み傷の話になった時には、あまりのことに頭が煮え、噴火してしまいそうな錯覚に陥った。


 実際に確認すると、晴ちゃんのなだらかで白い肩に、はっきりとした傷が残ってたのだ。一目見ただけで、私のとは明らかに違うと分かる傷が。


 彼女にマークをつけられてしまった、私のマークを上書きするかのように。


 吸血したのだから跡がついてるのは当たり前ではあるんだけど、私のとは違い深く大きい傷跡に感情が爆発した。


 焦りや悔しさ、そんな負の感情がごちゃ混ぜになったものが噴き出し、咄嗟に体を動かして彼女の肩へ向かってた。


 そしてそのまま傷口へ口をつけ、舐めて吸ってしまった。


 彼女は何をしているのか不思議そうにしていた。しかしこれには理由がある。


 舐めたのは傷口を早く消したいと思ったから。実際に舐めることで治るのが早くなるのかは知らない。ただそうなると思い込みで行った。


 吸ったのは、再び上書きしたかったからだ。今の傷を消して、その上に私のマークをつける。そうしなければ彼女を取り返せないとの強迫観念にも似た気持ちがあった。


 彼女にとっては私がいきなり癇癪を起し、襲いかかっただけに映っただろう。ほぼ間違ってないし、酷いことをしてしまったと反省してる。


 しかし狼藉をし終わった後、眼下に広がる光景は非常にいい眺めだった。


 はだけられたメイド服の襟、剥き出しにされた肩、そこへ私がつけた無数の赤いマーク。私の晴ちゃんを、奪い返せたと実感が湧く素敵な光景だ。


 思い出すだけで、背中がムズムズするような、逆にギュッと締め付けられるような不思議な気持ちが湧いてくる。


 決して嫌じゃない。


 思い出に浸っていると、無性に晴ちゃんに会いたくなってくる。勉強も長い時間してるし、ちょっとくらい休憩してもいいよね。顔を見て、邪魔しない程度にお喋りしたい。


 部屋を出て彼女を探す。


 キッチンを覗くと司さんがいた。


「司さん、晴ちゃん知らない?」

「恐らくリビングにいるのではないでしょうか」

「ありがとう」


 リビングにいるんだ。珍しい。


 居場所を聞けたので、そちらへ向かおうとすると呼び止められた。


「お待ちください。後ほど八城さんを交えてのお話があります。時間を頂けませんか?」

「……? わかった、私はいつでもいいよ。晴ちゃんにも伝えとく?」

「ありがとうございます。彼女には既に伝えているので大丈夫です」


 何の話だろうか。気にはなるけど、長年の付き合いで深刻な話ではなさそうとわかる。だから今は後回しにする。それよりも早く晴ちゃんの顔が見たい。


 リビングはここからそう遠くないので、すぐに扉の前に着いた。


 扉を開けようとしたとき、中から話し声が聞こえる。晴ちゃんと舞里ちゃんの声だ。帰って来てたんだ。


 そっと音をたてないように開ける。するとソファーへ座ってる二人が見えた。


 いや違う、正確に言えばソファーに座っているのは一人だ。


 舞里ちゃんは晴ちゃんの膝の上に座っていた。


「……なにしてるの?」


 また冷たい声が出てしまう。


「あっ、おねーちゃんだ。ただいまっ!」


 舞里ちゃんはそう言って、膝からとび降り私の元まで駆け寄ってきた。


「今ね、晴おねーちゃんに昨日のお礼言ってたの。今朝は言いそびれちゃったから」

「お膝の上で?」

「うん、お願いしたら乗せてくれた」


 ずるなのでは? 私は乗せてもらったことないけど。


「舞里ちゃん、あくまで晴ちゃんは家政婦なんだから、みだりに甘えるべきじゃないよ」

「そうなの?」


 視界の端に映る晴ちゃんの顔が、「あなたが言うんですか?」と言いたげな表情をしてたけど、気のせいにしておく。私から見た晴ちゃんは献属だから例外だ。

 

「ほら、それよりも帰ったばかりなんだから、制服から着替えてきなさい」


 二人を引き離したいわけではない。多分、きっとそう。


「あっ、待って。おねーちゃんにもお礼言おうと思ってたんだ」

「私に?」

「そう! えっとね、昨日は晴おねーちゃんを貸してくれてありがとっ」


 この子に悪気はないことは知ってる。他意なく純粋に感謝を述べてるのだろう。


 だけどなんだろうか、「どういたしまして」の一言が言えない。


「昨日はとっても良かったの。おねーちゃん達の言ってたこともよくわかったよ。それに晴おねーちゃんに頼んで正解だった。すっごく満足した!」


 赤く染めた頬を両手で挟み、もじもじと身じろぎする。


「そ、そう。それならよかった」

「それでね、……またこれからもお願いしちゃダメかな?」


 「ダメ!」と反射的に出そうになった。いや言うべきだったかもしれない。


 しかしこれは姉の性だろう。期待に満ちた目で可愛い妹におねだりされると、突っぱねることは難しい。


 逡巡も束の間、意外な所から助け舟が入る。


「それは難しいかもしれませんね。私は千鈴さんの献属ですから」


 晴ちゃんからだった。彼女は特に拒むことはしないと思っていたので、意外だった。


「舞里さんの吸血が追加で増えると、流石に私も体が追い付きません。それで千鈴さんの吸血回数を減らすことになっては本末転倒ですので」

「えー……」

「そ、そうだね。ごめんね、晴ちゃんは私の献属だから。私のだから私が優先になっちゃうかな」


 これは仕方ない。私も最近までずっとしてたせいで、彼女が体調を僅かに崩すことがあった。それで少し控えるようになったのだ。この子の分まで負担させると元の木阿弥である。


「ですが、時々ならいいのではないでしょうか」


 晴ちゃん?


「私の体調がいい時なんかを見計らって、影響の出ない範囲なら問題ないと思います」

「ほんとっ!」

「ええ、千鈴さんも舞里さんの吸血には賛成していましたから。それぐらいはしてあげたいのではないかと思います」


 彼女は何かを勘違いしてるんじゃないかな。


「おねーちゃん。そうなの?」

「……ソウだよ」

「ありがとっ!」


 パッと明るくなって、勢いよく抱き着いてくる。つい撫でてしまう可愛さがあった。


 この子の幸せは願ってるし、私の出来ることならしてあげたいとも思ってる。だけどとんでもない約束をしてしまったんじゃないだろうか。こんなはずじゃなかったのに。


 これは流れが悪い、このままだと具体的な話がでてもおかしくない。


 この約束はふんわりとしてる方が好ましい。そのうち、「そんな約束してたな」となるくらいの軽い状態でいて欲しい。


 もしかしたら、いずれこの子も忘れてくれるかもしれない。今は初めての衝撃で夢中になってるけど、この子の中の流行りだっていつまでも続かないはず。そう淡い希望を持ってる。


 とりあえず今は流れと話を変えようと考えた。


「そういえば、後で司さんと私達で話があるみたいだけど、晴ちゃんは知らない?」

「それなら聞いてますよ。献属の契約に関しての話です」


 よくない方向へ舵を切ってしまったかもしれない。


「ほら、私達の契約はお試しで一ヶ月としていましたが、それをどうするか早めに決めとこうとのことです」

「えっ、晴おねーちゃんフリーになるの!?」

「ならないよ!」


 何を言い出すのだろうか。それは晴ちゃんが強く拒まない限りありえない。


 そして、もしあわよくばといった気持ちがあるのなら、例え可愛い妹でも許せないかもしれない。超えてはいけない一線があるのだ。


 晴ちゃんは苦笑してる。まさか本当に打ち切ったりしないよね?


「千鈴さんに継続の意思があるなら、フリーにはならないですね。私も現状に満足していますので」

「晴ちゃんっ、ありがと!」


 彼女の選択は現状維持。それは理解してるけど、なんとなく私を選んでくれた気がして心が跳ねる。


「むぅ」


 逆に舞里は残念そうだった。


「……ですが、もし千鈴さんに捨てられたら拾ってくれますか?」

「う、うん! いつでも待ってるね」

「捨てないよ!」


 私達二人の食い気味な勢いに、晴ちゃんから笑みが漏れた。最後のは冗談だったのだろう。姉妹ともども彼女の掌で転がされてしまった。


 久しぶりに味わうこの感覚は、嫌じゃない。ふざけあい、じゃれあうこの雰囲気は私にとって心地がよかった。


 しばらく二人して晴ちゃんに甘えてたら、司さんに返すよう怒られてしまったのだけど。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ