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第15話 理解できません

「千鈴さん、おはようございます。入ってもいいですか?」


 扉をノックして、部屋の主が起きているかを確かめる。今日は私が千鈴さんを起こしに来ていた。


 初めての吸血の際は翌日昼まで寝過ごす事態となったが、最近では体も慣れてきたのか起きれないことはなくなった。

 もっとも完全に適応できたわけではないので、疲労はしっかりと残っている。なので仕事の少なくなった昼頃に短時間だけ昼寝をさせていただいていた。


 そんなわけで朝から家政婦として勤しんでいるのだが、扉の向こうから反応がない。千鈴さんは朝に弱いため、まだ寝ているのかもしれない。


「失礼します」


 直接起こそうと扉を開ける。


「……っつ!」


 すると扉のすぐそばに千鈴さんが立っていた。


「驚かさないで下さいよ。起きてたのなら言ってくださればいいのに」


 彼女は俯いたまま何も応えない。仁王立ちのまま身じろぎもしない。

 ただ眠いだけだとしても様子がおかしい。


 少し屈んで顔を覗き込もうとする。もしかしたら体調が悪いのかもしれない。


 すると彼女の右手が私の腕へ伸びてくる。一体何だろうか。

 伸ばされた手は私の腕を掴み、部屋の中へ引き寄せてくる。何かに私を誘導している?


 意図を掴めないまま、なされるがままにしていると、もう一方の手も伸びてくる。そしてまた腕を掴まれた。


「あの……これはいったい?」


 やはり何も応えない。


 朝の忙しい時間帯、学校へ行かなければならない千鈴さんにとっても、ゆっくりはしていられないはずだ。だから掴んだ手を離してもらおうと身を捩った。


 それがよくなかったのか、逆に手の力が強まってしまう。


 彼女の顔があげられる。顔には長い髪がかかったままだが、その隙間からは瞳孔の開ききった目がこちらを睨みつけていた。


 嫌な予感がした。猫のしっぽを踏んでしまった時のような、そんな前兆を感じ取った。まずいとは思ったが、私の体が動く前に彼女が動くほうが早かった。


 有無を言わさず、掴まれた腕を強引に引かれる。


「え、あの、千鈴さん? ……あ」


 私は彼女の部屋に引きずり込まれてしまった。




□□□□□□




「八城さんまで一緒になって、何をしているのですか。」

「すいません」


 連れ込まれてから10分後、いつまでも戻らない私を不審に思ったのか、司さんが様子を見に来てくれた。扉越しに私が来ていないか尋ねる司さんへ、部屋の中から助けを求めて入って来てもらった。


 私は今現在、千鈴さんに捕らわれている。


 ベッドの上まで力づくで連れ込まれ、座った体勢の千鈴さんの腕内に収められていた。


 私の頭は抱きかかえられ、彼女の胸に押し付けられている。司さんが来るまでは、そのままひたすらに頬ずりされていた。


 説得を試みはしたものの、まるで耳を貸す様子はみられない。吸血をするでもなく、話すでもなく、ただただ撫でまわされている。何がしたいのかは理解できない。


 強行的に逃げ出すことも考えたが、そもそも力では千鈴さんには勝てず、害してきても無い少女相手にはやり難い。


 そのため、もう私にできることはないと考え、司さんに説得してもらおうと助けを求めている。


「お嬢様、このままでは学校に遅刻してしまいます。そろそろ起床いたしませんか?」

「嫌だ!」


 即答だった。それも拒否。


「我儘はいけませんよ。学校を休むこともそうですし、八城さんを抱えたままでは彼女の迷惑にもなります」

「そう言って、司さんも晴ちゃんをもってく気なんだ!」


 言っている意味はよくわからない。司さんの言葉に対して会話になっているかも怪しい。


 だが奪われないようにと思う気持ちは伝わってきた。具体的には彼女の腕から。

 抱きしめる力がより強くなり、もはや締め付けられるようである。正直苦しい。


 いつもであれば抱きしめるときでも、必ず私の事を傷つけまいと思いやってくれた。しかし今の彼女は力の加減もせず、ただただ自分の物を奪われないように全力で縋り付く。


 そんな姿を見た司さんも苦い顔をしていた。


「私は取りませんよ。それよりも学校へ――」

「やだ、絶対やだ。放したくない!」


 様子のおかしい千鈴さんは何度か見たが、ここまで聞き分けのない状態は初めてだ。そっと下から顔を窺ってみた。


 先ほどよりも随分と近い距離からみる顔。目が据わり、威嚇するかの如き強張った表情で司さんを見ている。あまり見ることのない表情。


 それ以外はいつも通りかと言うとそうでもない。よくよく注視すると目の下に隈が出来ていた。もしかして寝不足なのだろうか。


「……司さん、もしかしたら体調が悪いかもしれません」


 思ったことを報告すると、司さんも近づいてきて彼女の顔を確認した。そして吐き出される大きなため息。


「……今日は学校をお休みしましょうか」

「いいんですか?」

「休ませるほどではないかもしれませんが、この調子ですし、今日は自由にさせましょう」


 それはそうかもしれないが、そうなると……


「お嬢様、八城さんは好きにしてください。ただちゃんとお眠りになって下さいね」


 やはり見捨てられた。


 方針を決めるや否や、手早く出て行く司さん。ようやく安心したのか力を緩め、嬉しそうに撫でまわすことを再開する千鈴さん。

 私は自力で脱出しなければならないようだ。


「晴ちゃん、晴ちゃん」

「なんですか?」

「ありがとう」


  何のことだろう。この状況につき合わせているから、謝ってくるなら意味が分かるのだが。


「何がですか?」

「戻って来てくれたから」


 ますます意味が理解できない。だがもう理解ができないまま、受け入れることにした。


「はい、戻ってきましたよ」

「うん、うん!」


 オウム返しの言葉にも、とても嬉しそうにする。


 また腕に力が込められる。今回は苦しくはない。しかしこのままではいつまで経っても抱き枕のままだろう。


「千鈴さん、眠くはありませんか? もう寝てしまいましょう」

「……いやだ」


 また駄々っ子に戻ってしまった。


「寝たら晴ちゃんは離れてく気なんだ。そしたら今度は戻ってこないかもしれない……」


 図星だった。戻る戻らないはおいといて、寝た隙に脱出する算段はあった。


 もうここまで警戒されているならば、素直にこの状況も受け入れてしまうべきなのかもしれない。そうすることで得るものもある。


 彼女を眠らせることが出来る。


 このままではいつまで経っても眠らないだろう。それでは余計に体調を崩す恐れがある。私が抱き枕になるぐらいなら、まあ大した問題ではない。


「千鈴さん、必ず起きられるまで傍にいますから寝てください。約束いたします」

「約束?」

「はい、ちゃんと守ります」

「……わかった」


 これも聞いてはくれないのではないかと思っていたが、こちらは案外素直に従ってくれる。


 二人して添い寝するようにくっついてベッドへ寝転ぶ。その際、千鈴さんは抱き枕の頭を自身の胸の上に乗せてきた。


「重くないですか」

「……ちょっと重い。でもこれがいい」


 今は良くても長時間していると疲れるだろう。寝た後に頭だけでもずらそうと思う。


「晴ちゃん、昨日吸血……したんだよね?」

「ええ」


 知っているはずだが、なぜ確認するのか。


「どんなふうだった?」

「……どうしてそれを聞くんですか?」


 他人の吸血の様子など気になるものだろうか。いまだにそこら辺の吸血人の心の機微は理解できていない。したいとは思うが、自分にはまだ難しい。


「聞きたくはないんだけど、……今聞かないともう聞けないし。それに聞いておかないと多分ずっと残っちゃうから」


 相変わらず理解に苦しむ。


「だから、教えて?」


 しかし今の彼女の言うことには素直に従っておく。


「……舞里さんは幼いこともあってか、加減がきかない部分がありました。やはり小さくても私より力が強いんですね。初めてということもありますし、興奮してたこともあってか、中々に宥めるのに骨が折れました」


 千鈴さんは黙って聞いていた。ただ眉間に皺を寄せ、難しそうな表情を浮かべている。


「それに体力もあるので、相手をしていた私の方が先に参ってしまいそうでしたよ。最終的に落ち着きはしましたが、それまではじゃじゃ馬のようでした」


 言っていて気づいたが、このままでは文句ばかりだ。実際にはそこまで悪くは思ってないので、フォローはしておくべきか。


「ただ最後には謝ってくれて、そのまま甘えてきてくれて可愛かったです。私は一人っ子なので姉妹に憧れがありますが、こんな可愛い妹なら是非欲しいですね」

「謝ったって、乱暴にしたことを?」

「はい、それもありますが吸血時に私が心配させてしまったので」

「心配させたの?」

「ええ、私があまりにも痛そうな声を出してしまいました」


 自分でも驚いた。普段噛まれた時よりも大きな痛みが走り、つい大袈裟な反応をしてしまった。


「舞里さんの牙って大きいんですよ。後で見せて頂いたのですが体格に見合わない大きさでした」

「……え?」


 話を聞いた千鈴さんは私の服の襟に手を伸ばし、恐る恐るめくった。傷跡を確認しているようだ。


 千鈴さんとなら、傷は朝には大体跡になっていた。大変助かっている。

 しかし今回の傷は塞がってはいるものの、まだ痛々しく残っている。


「え、あ、う、う”うぅーー」


 変な声を上げる千鈴さん、驚いて反射的に目を合わせる。


 何故か泣き出しそうな、腹立たしそうな、感情でぐちゃぐちゃになった表情をしている。


 そしてそのまま私を抱き寄せて肩に顔を埋めてきた。


「あの、流石に今は……」


 吸血は止めて欲しいと言おうとした。

 しかし彼女には元々その気がないようだった。噛みついてはきていない。


 ひたすらに舐め、吸ってくる。


 傷からは血は出ていないので吸ったところで意味は無いと思うのだが。

 やはり吸血人の心は分からない。いつか理解しきる日は来るのだろうか。


 抱き枕は彼女の気のすむままに、されるがままに受け入れること決めた。




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