第13話 謝罪しなきゃ
「おねーちゃんたちずるいっ、遊びに行ったって聞いたよ!」
買い物へ出かけた日の夕方、帰ってきた私たちを迎えたのは舞里ちゃんの糾弾だった。
「舞里ちゃんはお昼寝してたから、……ごめんね」
「起こしてくれてもよかったじゃん」
本音をを言うと、晴ちゃんと二人きりでお出かけしたかったからだ。決して舞里ちゃんを蔑ろにしてるわけじゃないけど、起こさない方を選んでしまった。
「すいません、私もそこまで気が回りませんでした」
「ねっ、今度はちゃんと呼ぶから機嫌直して欲しいな」
二人に謝られたからか、多少気の済んだみたいだ。むすっとしながらも大人しくなった。
「……絶対だよ」
「はい、勿論です」
この子がここまで怒るのは珍しい。
我儘な所はあるけど、基本はあっさりしてる。既にどうしようもないことには、未練もなく切り替えるタイプだ。
遊びに行きたかったのは本当だろうけど、それだけなんだろうか。あの子には私と違って友人が多くいるはずなので、遊び相手には事欠かないだろうに。
「ほら、夕飯も近いし着替えたりしてくるから、また後で話そ」
「……うん、わかった」
ちょっとは機嫌が戻ってきている。可愛い自慢の妹だから嫌われるのは避けたい。
「あっ、千鈴さん借りてた服はクリーニングに出しておきますね」
「そこまでしなくても大丈夫だよ。私たちの服と一緒のように洗ってくれたらいいよ」
「そうですか? わかりました」
晴ちゃんと話しながら自室へ向かう。
「最近洗濯も司さんに教わっているんですよ。シミの抜き方とか手洗いのやり方とか」
「そうなんだ。私は洗濯機に洗剤入れてボタンを押すくらいしかできないな」
「教わる前までは同じようなものでしたよ。でもやってみると意外と――」
楽しく会話をしている最中、ふと後ろをついてきていた舞里ちゃんが目に入った。
面白くなさそうな目で私を見ている。
「この後、晴ちゃんはどうするの?」
「半休とはいえ何もしないのも居心地が悪いので、司さんを手伝ってきます」
「休みなんだからゆっくりすればいいのに」
確かに職場に住んでいるようなものだから、真面目な晴ちゃんには難しいのかもしれない。
でも司さんも頑固な人だから、一度休みと決めたら仕事させてくれないんじゃないかな。
「上司が働いているので休めません」
「そう言うと逆に強制されてるようだよ」
まるで厳しい職場みたいだ。私もどちらかと言えば雇用側なので、風評被害には物申さねば。
「ふーん、そうなんだ。晴ちゃんは休んでると怒られるような職場だと思ってるんだ」
「い、いえ、そんなつもりで言ったのではなくて……」
「司さんに言っちゃお。晴ちゃんは司さんが怖くて休めないって」
「勘弁してください」
「どうしよっかな」
冗談の中ではあるけど、私が晴ちゃんに意地悪するのは新鮮だ。
「何でもさせて頂きます、お嬢様」
「ほんとに?」
「……できる範囲でですが」
苦笑しながら下手に出てくる。特に何にも考えてなくて、その場のノリで聞いたけど何してもらおうかな。
「じゃあ、今日は働かずにお休みしよ」
「結局そこに落ち着くんですね。わかりました」
「あっ、追加でもう一個。今晩も吸血、お願いしたいな」
「ええ、承知いたし――」
突然、腰に衝撃が加わる。
後ろから舞里ちゃんが私へ抱き着いてきてた。ぶつかったと言うほどではないけど、勢いがついており少しよろけてしまう。
「わっ、……どうしたの舞里ちゃん。後ろからは危ないよ」
「う”ぅー」
言葉になってないうめき声をあげ、強く抱きしめてくる。こんな風なこの子は見たことない。
「……ずるい。すーるーいー! また私をのけ者にするんだっ!」
「の、のけ者になんてしてないよ」
「そんなことないっ。今日も、昨日もっ。 最近ずっとのけ者にしてる!」
そんなつもりは無い。しかし涙目になり、真っ赤な顔で怒る舞里ちゃんの様子は尋常ではなかった。
「……どうしてそう思うの? 今日はタイミングが悪くて遊べなかったけど、舞里ちゃんとはよく遊んでるじゃない」
「そんなことない。……晴乃おねーちゃんが来てからあんまり遊んでくれなくなった」
その言葉に心当たりがある。決して軽視していたわけではないけど、晴ちゃんの事ばかり考えて、結果としてこの子の事を後回しにしていたかもしれない。
「それに、それに、お話しすることも減っちゃった。前だったらよくお部屋にも来てくれたのに、全然来てくれなくなった」
返す言葉がない。のけ者にしているつもりは無くても、これではしているのとなにも変わらない。ここまで来てようやく自身の行いを顧みることが出来た。
この子にとって今家にいる肉親は私だけなのだ。他の二人とも仲は悪くないけど、一番甘えられるのはやはり私なのだろう。
それなのに自身を優先し、姉としての責務を蔑ろにしてた。
これでは怒られるのも当然である。可愛い妹だと思うのなら、やることはもっとあったはずだ。
「ごめんね、舞里ちゃんの言う通りのけ者にしてた。でも嫌いになったわけじゃないの。ちょっとはしゃいでたみたい。本当にごめんね」
「……もうのけ者にしない?」
「うん、勿論」
涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭いてあげる。鼻の頭まで赤くなり、目は腫れぼったくなってた。
ここまで泣いた顔を見るのは久しぶりだ。私が小学生のころはよくケンカして、お互いに泣いていた。それ以来かもしれない。
「私もすいませんでした。新しく入ったばかりで、親しくしてくれる千鈴さんに甘えていました。でしゃばり過ぎたようです、申し訳ございません」
ここまで成り行きを見守っていた晴ちゃんが口を開いた。私が悪いので彼女に非は無いのだけど、これでこの二人に軋轢が生まれるととても悲しい。
「ううん、おねーちゃんと晴おねーちゃんが仲良くしてるのは嫌じゃないの。でも、そこに私が混ざれないのは寂しい……」
しかしそれは杞憂だったようだ。
「晴おねーちゃんも嫌いじゃないよ。優しいし、綺麗だし。だから私ともお話しして欲しいな」
今回怒りが爆発したのも、腹が立ったというよりは寂しさが堪えきれなくなったのだろう。誰かを憎むわけでなく、ただ構って欲しいという所がいじらしい。
それに既に怒りの感情はまるでない。ただただ悲しそうにしている。
そんなこの子にするべきなのは、謝ることではないのだろう。
「晴ちゃん、今晩はやっぱり止めとくね。……舞里ちゃん、今晩は久しぶりに一緒に寝よっか。寝るまでお話ししよう」
「……うん」
まだ悲しそうな顔はそのままだけど、それでも期待するような目を見せてくれた。今晩は夜更かしすることになりそうだ。
□□□□□
深夜、私たちは約束通りベッドの中でお話しを続けていた。
ベッド脇のテーブルランプだけをつけて、いつでも寝れるようにしているが、舞里ちゃんの気配はまだまだ元気だ。
勿論先に寝るようなことはせず、いつまでだって付き合う気ではいる。
しかしこの子はお昼寝してた事を考えると、このまま朝にならないか不安になる。
やはりある程度の時刻がきたら寝かせつけよう。流石に徹夜となると、この子の健康に悪い。
「……ねえ。この前聞きそびれちゃったこと聞いてもいい?」
「なあに」
「えっとね、吸血してるんだよね。それってどんなかなって」
そういえば、やたらと気にしてはいるけど真面に答えたことはなかった。
「凄くいいよ、血液って直接飲むと美味しいの。それに、よく寝たとか、たくさん食べたとか、そんなこととはまた別に体と心を満たすものを感じれるよ」
「ふーん、みんな同じこと言うんだね。おかーさんもそう言ってた。でもいまいちよくわかんないや。テレビの食レポよりわかんない」
そう言って笑う舞里ちゃん。私としては言葉を尽くしたつもりなのだが、伝わらなかったようだ。食レポ以下なのは悲しい。
「舞里ちゃんもするようになればわかるよ」
「あっ、それ、それだよ。おねーちゃんにも相談しようと思ってたの」
「どうしたの?」
体を一瞬撥ね起こすくらいの思い付きだったようだ。すぐに布団の中へ戻ってきたけど。
「あのね私も吸血したい」
なるほど、私がしてることを聞いて自分もしたくなったみたい。この子の年齢から考えると少し早い気もするけど、する必要がないだけでして悪いわけじゃない。
むしろ私みたいに遅くならないように、事前に体験させておくのも悪くないんじゃないだろうか。
「私はいいと思うな。お母様に聞いてみないと分からないけど多分大丈夫」
「やった!」
「でも吸わせてもらう人を探すのは大変なんだよ。私だって選ぶのに時間かかっちゃったんだから」
正確に言えば、最後まで自分で選んだわけではないけど妹の前では見栄くらい張っても許される。
「うん、そうだよね。おねーちゃんが苦労してたのは知ってる。それに私も知らない人は怖いなって思うの。だからね……」
ちょっと遠慮してるのか言い淀む。
「晴おねーちゃんとしてみたいんだけど、ダメ?」




