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第12話 身上です

「晴ちゃん、こっちとかどうかな?」


 結花さんの部屋を訪れてから、私は千鈴さんの着せ替え人形にされていた。


「私はこだわりが無いので、サイズが合えばなんでもいいんですが……」


 貸してもらう身なので贅沢を言う気は無いし、たかが買い物に行くだけ、周りから浮かなければそれでいい。


「な、なんでも着てくれるの?」

「なんか違う様な……」

「それって私が決めてもいいってことだよねっ!?」

「……それでいいですよ」


 千鈴さんが楽しんでいるならいいやと思ってしまう。前とは違う、諦めの心でだ。


「どれがいいかな……」


 クローゼットを漁っては、次々と私に持ってくる。最初は私も真面目に見て考えていたのだが、「こっちも試して」と繰り出される服の物量の前に参ってしまった。


 もはや彼女も私に見せて尋ねることはしていない。私の体の手前に服を重ねて、ひたすら自問自答している。


 もういいや。全てを千鈴さんに任せてしまおう。あそこまで真剣に選んでくれているならおかしなのは選ばないだろう。


 それに私はこういったセンスがあまりない。千鈴さんのセンスは知らないが、普段の私服などを見る限り、私よりも酷いことはないだろう。


「晴ちゃん、こ、これっ! これ着てみて」


 傍観していると、急に勢い込んでトップスを持ってきた。今までになく声が大きい。


 任せると決めたからには素直に従う。肌着は見られ慣れているので、千鈴さんの目の前で着替えた。


「わ、や、やっぱり……でも……これはこれで……」


 自分で選んで持ってきたわりには、いざ着て見せるとためらっている感じがある。


「いまいちでしたか?」

「ううん! これがいい、これにしよう」

「千鈴さんがいいなら構いませんよ」 

「じゃあ、ボトムスも合いそうなのもってくるね」


 その後、ボトムスは案外すんなりと決まった。ここまででそれなりに時間を使ってしまったので、手早く着替えて出かけることにする。


 最終的に決まった服装は、オフショルダーの青いブラウスと濃い紺色のジーンズ。トップスは肩先までは出ず肩紐がついている。


「露出が多くないですか?」

「そ、そんなことないよ。その系統の中ではむしろ少なめだと思う」

「まあ、折角選んでいただいたのですからこれにしましょう。ありがとうございます」

「ううん……大した事じゃないから気にしないで……」


 どうも歯切れが悪い。どこか気まずそうな雰囲気も気になるが、選んでもらった服装は変と言うほどの物ではないと思う、


「では、そろそろ行きましょうか」


 気にしないことにした。何か他意があったとしても、悪意ではないだろう。


 市街地までバスに乗って移動する。おおよそ15分程度でつくが、車内は空いていたため座席に座る。


 千鈴さんも私の隣に座る。ちょっと近い気もしないでもない。そんなに距離を詰めなくてもいいのに。


 座る際に、私たちの座席より後ろに座っていた女性と目が合っていた。それ自体は良く事あることなのだが、一瞬何かを見てしまったような顔をしていた。


 色々と引っかかることがあるが、車内ではそれ以上のことはなく粛々と目的地へ運ばれていく。


 窓の外の交通量が増え、高いビルもちらほら見え始めたころ、目的地へ着いた。


 千鈴さんに合図して降車する。その際に気になって座席後方を振り返ると、また同じ女性と目が合った気がした。




□□□□□




 買い物は上手くいった。スマホは元々触らないこともあり、安くてバッテリーがよく持つと謳っているものを購入。


 千鈴さんもスマホには疎いらしく、並べられた機種を見ても違いが分かっていない様子。休日だけあって手続きは流石に時間がかかったが、その後も街を回れるぐらいの時刻には終わった。


 本屋や雑貨店を冷やかして回る。洋服店にもいかないかと誘われるも、本日は食傷気味であったため「買うと荷物になるので」と誤魔化した。


 力は強くても体力のない千鈴さんは、あちこち歩いたことで疲れかけていたので喫茶店で休憩することにする。


 私はカフェオレ、千鈴さんはミルクティーを注文した。テーブル席に向かい合って座る。


 一緒に注文しに行ったとき、レジのお姉さんが吸血人なことに気づいた。特徴的な目で分かりやすい。


 そのお姉さんは私達を見ると、微笑ましそうに笑っていたのが妙に印象に残った。学生が友人同士で来店することなど日常茶飯事であろうに、なぜそんな顔をしたのか。


「晴ちゃんって本当はコーヒー党?」

「そんなことないですよ。最近紅茶を頂く機会が多かったので、たまにはと選びました」

「そんなに飲んでるんだ」

「休憩がてら、茶葉で入れる練習をしています」


 普段はそこまで手間をかけないが、来客等があった場合は高級な茶葉を使用して本格的に紅茶を淹れることになっている。


 勿論私にそんなスキルは無いし、付け焼刃ですぐに身につくとも思っていない。司さんが在中していれば私の出番はないだろう。


 しかし手順を覚えることは無駄にはならないし、万が一にも私が淹れなければならない状況が来ないとも限らない。


 目下、修行中である。


「へー、メイドさんって大変なんだね」

「家政婦ですよ」


 最近は怪しいが、一応訂正は欠かさない。


「……ねっ、今まで聞きにくかったんだけど、何で家政婦をしてるの?」


 そういえばその話をしたことはなかった。

 どう話したものかと考えていると、千鈴さんは慌てだした。


「い、いや。全然、無理に話してほしいとかじゃなくて、言いにくいなら……」

「別に大したことではないので、話すのは構わないのですが、面白くはないですよ」

「……じゃあ、無理しない範囲でいいんだけど教えてくれる?」


 気を遣いつつも、気になるらしい。


「元々高校を卒業したら働くつもりでした。家計が芳しくありませんでしたので」

「でも、それにしては中途半端な時期になったよね?」


 思ったより鋭い。

 私が家政婦になったのは5月に入ってから。卒業前から就職する気なら、遅すぎるタイミングだ。


「はい、初めはとある会社に就職する予定でした。入社式にまでは行きましたし」

「えっ、すぐに辞めちゃったの?」

「はい」

「……なんで?」


 どうしたものか。ここから先は本当につまらない。雰囲気を悪くするだけだ。

 しかし、今更止めるのも変だろう。さらっと流すくらいにしておきたい。


「母が亡くなりまして」


 口に出した瞬間、空気が凍りつくのを感じる。


「……ご、ごめんね」

「ああ、本当に謝らなくていいですよ。昔から病弱で高校に入ってからはずっと入院していたぐらいですし、いつかは来ることと覚悟は出来ていました。寂しくはありますが、ちゃんと別れも出来たので然程悲しくはありません」


 故人の話をすると気まずそうにする人が多い。だが受け入れらている人にとっては、その雰囲気の方が困ってしまう場合がある。


「ですが、就職することを決めたのも半分以上は母のためでもあったので、亡くしたことで労働に対する意欲まで失せてしまいました」


 それまでは本当にやる気はあった。ようやく働いてお金を稼ぐことが出来る、母の金銭的な負担を肩代わりできると思っていた。


 母を支えることが原動力とはマザコンのようであるけれど、だ。


 あとそんな私の身勝手で迷惑をかけた、会社には本当に申し訳ないと思っている。


 人事の方がいい人であったので、事情をかいつまんで説明することで円満に退職にはなった。


「まあ、そんなわけで一ヶ月ほど無職で呆けていました。しかし家計が苦しいのは変わらないので生きてくために働き口を求めた次第です」

「……お父さんは?」

「さあ、物心ついた時には既にいませんでした。記憶もないです」


 ああ、やはり暗い顔をさせてしまった。


 ここまで話すべきではなかったかもしれない。適当に誤魔化すことも出来たろうに、口が滑ってしまった。


「ほら、今は高卒で手に職もない身としては厚遇していただいて感謝してますし、楽しく働けてます」

「……そ、そう。ならよかった」


 笑顔で笑いかけると、ぎこちなくはあるが笑い返してくれた。


「お手洗いに行ってきますから、次に行きたい所、考えておいてください」


 空気を入れ替える意味も込めて席をはずす。店内はあまり混んでおらず、順番を待つこともなくすんなりと入ることが出来る。


 花を摘み手を洗っていると、ふと目の前の鏡が気になった。そこに映る姿に違和感を覚える。


 肩に何かついてる? あっ――


「千鈴さん、すいません」

「わっ、そんな急いで戻ってきてどうしたの」

「絆創膏もってませんか」

「怪我しちゃったの!?」

「いえ、そうではなくてこれ」


 首筋と肩に複数の跡がついていた。跡は小さい楕円形で、濃い赤色をしている。

 今まで噛み傷はすぐに治っていたので油断していた。


「これ昨晩のですかね? いつ付いたかわかりませんが、気づいていませんでした」

「えっ、あっ、う、うん。…私もキヅカナカッタナ」

「吸血の跡ってすぐに消えるので、ここまではっきりと残るのは珍しいですね。ともかく、目立つ傷を晒していると不快に思う方がいるかもしれないので隠したいのですが……」


 行く先々で見られていた気がしたのはそのためか。傷につい目が行ってしまうのは私にも覚えがある。痛々しくてすぐに目を逸らしてしまうのだが。


「あ、えと、絆創膏はならあるよ。大きいやつ。出る直前に急いで用意したの」

「頂きます」

「うん、私が貼るよ……ごめんね」

「何で謝るんですか。跡が残ってしまってたのは不可抗力ですし、私が気づいてなかったのが悪いんですから」


 オフショルダーを勧められて試着したときに、鏡で確認するべきだった。最初ジャージで出かけようとしていたため、肩や首の事は頭から抜け落ちていた。


 絆創膏で跡を隠すように貼ってもらう。貼り方が難しいのか複雑そうな表情をしていた。


「大きな絆創膏を貼ったまま肩を出してるのも変ですし。すいませんがこれぐらいで切り上げませんか」

「そうだね、目的も達成したしね。うん、十分に、ほんとに十分満足した」


 確かにスマホも買ったことだし、千鈴さんが楽しめたならいいだろう。私もリフレッシュさせてもらった。


 それにしても、あの跡は何で付いたのだろう。心当たりがなくバスの中でもずっと頭を捻っていた。


 跡の正体を知ったのはずっと先の事だった。


 


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