【第1話】
蝉の声がかすかに聞こえる7月上旬。カーテンの隙間には陽光が差し込み、ベッドから転げ落ちたスマホが悲鳴をあげている。
少年はその悲鳴に気づかぬフリをしていたが、近づいてくる足音を聞きスマホの口を急いで塞いだ。
「お兄ちゃん起きて! アラーム鳴ってるけど!?」
そう言ってドアを蹴り飛ばしたのは、中学一年生の妹だった。兄はというと、妹の4つ上の高校二年生である。
「私、お兄ちゃんのせいで遅刻したくないんだけど!!」
「うるさいなぁ、さっさと学校に行けば良いだろ?」
「私がこうやって起こさないと、お兄ちゃんは寝たままでしょ!!」
兄は起こしに来る妹をめんどくさく思い、妹はだらしない兄に苛立ちを感じる。こうして朝から兄妹喧嘩が始まるのも見慣れた光景だった。
実はこの2人、物心のついた時には両親がいなかったのだ。小さい頃は施設で生活をしており、そこの長が少年の名を『木下璃斗』、妹の名を『木下彩花』と名付けた。
「わかったから。彩花、早く行かないと本当に遅刻するぞ」
「そんなことくらいわかってる!」
彩花はとうとう璃斗の態度に我慢できなくなり、早々に家を出て行った。
「いつもは、あんなに元気なのにな⋯⋯」
璃斗は彩花がいなくなってから不安げに、そう小さく呟いた。璃斗が心配する理由、それは彩花が持病を抱えているからだ。
親からの遺伝なのか、生まれ育った環境が悪かったのか、未だに原因がわからない。だから璃斗は常に妹の事を考えて生活しているが——
「なぁ璃斗、今日の放課後空いてる?」
憂鬱な6時間目が終わった昼下がり、僕は隣席の男子に話しかけられていた。彼は『佐瀬透也』と言って、しつこく絡んでくるめんどくさい奴だ。こんな性格をしてるくせに目鼻の整った顔立ちをしていて、少しモテるようだった。
彼は馴れ馴れしく名前で呼んでくるが、僕は友達認定したことは一度もない。家庭の事情で友達作りをする暇がないということもあるが、グイグイくるタイプの人間は嫌いなのだ。
この佐瀬という野郎は少しモテるだけあって、みんなと平等に接している。だから、こんな僕にも話しかけてくるという訳だ。
「今日はやりたいことがあるんだよね」
もちろん、佐瀬の誘いには断らせてもらう。一緒に遊びたくないのもそうだが、普通に予定があるのだ。ついこの間、家の近くに古本屋があることを発見して以来、そこに興味を持つようになった。だけど、妹の世話などが忙しくて行ったことがない。
「そっかぁ。でも今回はちゃんと理由があるんだな。いつも通りダメなのは変わらないけど」
佐瀬はそう言って微笑んだ。確かに、いつもは誘いを適当に受け流していたが今日は特別だ。こういう飲み込みが早い所は別に嫌いじゃない。そんなことを考えながら、僕は教室を出た。そう、まだ背後にいた佐瀬の視線に気付かず――