第1章 地殻変動
2050年11月、突如、日本の東京都にあたる伊豆諸島全域で海底火山が一斉噴火。数週間の後、突如大きな陸地が海底から形成され、その光景はまるで鹿児島の桜島がいくつも聳え立ち、アイスランドやハワイの溶岩流が流れる以上のものであった。これまでも伊豆諸島では何度か噴火はあったものの、島一つ程度のもので、今回はその比ではなく、都度配信される映像に人々は恐怖に慄いた。
アジア圏は数ヶ月にわたり、噴煙で空が遮られ曇天が続いた。噴火と地震の繰り返しに津波は幾度となく発生したものの、太平洋沿岸は日本政府が常々対策していた防波堤により、被害は最小限にとどまり、もっぱら日本全体に降り注ぐ火山灰に悩まされた。幸いなことに食糧事情は農家が収穫を終えた時期であったため、最悪の事態は避けられたと言える。
「こう毎日、火山灰が積もりまくっては、買ったばかりの新車が台無しだ」とボヤく。サラリーマン20年目30歳の茄子四一、そこそこ多分野で手広くやっている中堅企業の課長だ。
いわゆるオッサン、いや高齢社会の日本ではやや若い部類に入るのかもしれない。もう日本にはかつて若者と呼んでいた人間はあまり見当たらないからな。とにかく毎日火山灰の掃除が大変、地域の年寄りたちで掃除をするしかない。ゴミ集積所には「燃えるゴミの日」などに加えて、「火山灰の日」なるものができた。四一の友人によれば鹿児島では桜島があるので普通の日常であるらしいが「ホントかよ」と言いたくなるほど信じがたい。火山灰は一見、砂や埃にしか見えないが、ガラス質であるため、目に入れば眼球が傷つくし、車を拭いたら傷だらけ、やっかいな代物だ。
1年後、大規模な噴火もおさまり、噴火地点に形成された島々は流れた溶岩により地続きとなり陸地はさらに大きく成長、東京都23区ほどの巨大な島となった。熱は冷め、すでに上陸可能となり、学者たちから安全のお墨付きをもらったことで、今度は入植の利権で政財界の大物たちが争い始めた。いつになっても人間のやることはかわらない。結局は権力者たちがお互い睨み合ったまま開発は進まず、いまや治安の悪くなった日本では収容しきれないほどに膨れ上がった犯罪者たちの収容場所として合意、仮決定された。仮というのは日本ならではの言い方で、お互い文句を言い合わないための措置。事実上の決定である。日本は本土の復興が優先的で、新しい島に目を向けるほどの余裕は無かった。島の利用価値はいくらでもあったのだろうが落としどころとしては無難であろう。
さて、わたくしサラリーマンの四一は、東京の急ピッチな復興に巻き込まれ、人手不足をどうにかする一員として会社の本社人事部に異動となった。どこの会社も人を集めなくてはならない。人材の争奪戦争といったところである。さて、どうなることやら。
いままで自宅近くの支社まで徒歩で通勤していたが、本社のある東京都心部まで今度は電車通勤である。噴火から1年、噴煙はかなりおさまったものの、風向きによっては東京に火山灰は相変わらず雪のように降り注ぐ、よりにもよって会社異動初日からこれだ。電車は火山灰対策がされた車両に改造されたものの完璧とはいかず止まりがち、時間通りには動かず初日から遅刻という失態を犯してしまった。事情は誰しも知るところなため、とくに責められることはないものの、自分自身がモヤモヤとするものだ。
出勤すると社交辞令な挨拶は短くサッと流され、いきなり面接への参加を指示された。人が足りないのだから研修もないのは仕方がないが、心の準備ってものが…。
当然、先輩職員が同席であるが、たいしたアドバイスはもらえず、
「とにかく勘!」
「え?それだけっすか?」
「あとはフィーリングだよ!」
「え?それでいいの?」
「何事も経験よ、け・い・け・ん」
いつも適当で明るく女の子にモテモテの九郎先輩
マジか…
早速、入室してきた本日一人目の面接、メガネかけた清楚な背筋のピンと伸びた理系大卒「清水潔子」さん。うぁー美人だけどお堅そう、こっちが威圧されそうだ。そう、数十年前から日本の労働者はパワハラ、セクハラを騒ぎ続けてきたことで、法律が次々と労働者の権利意識を満たす構造となり、これにプラスして昨今の人材不足、採用面接は労働者側が働いてやるという感覚が根付き、ずいぶん後になって思ったことであるが、自分の感覚でまっとうな労働者というものに出会うことは2050年の時点で50%の確率というところであった。
人材不足である以上、多少問題が垣間見られたとしても採用せざるを得ない。ここ30年ほどの日本の人口減により面接とは形ばかりのものとなっている。
「志望動機を伺えますか?」
「御社の…貢献したく…」
長っ!、これいつ終わるんだよ
自分の心の声が顔に出ないように踏ん張ることで精一杯だ。思考モードは停止。面接ってこんななの?これなんかのハラスメントじゃないの?
以後なにを質問したかすら覚えていない
一人目で疲労困憊
「先輩、いつもこんな感じなんですか?」
「気を抜くなよ。まだまだこれから、豪速球からスローボール、変化球などなど、続くぞー」
その後は、ジェットコースターどころではなく、エレベーターのロープが切れるような感覚を何度も味わった。
「お疲れ!」
「これから報告書の作成だな!」
放心状態の自分に先輩が元気よくトドメを刺す。帰宅は22時、初日からいきなり残業かよ。あー。
1週間を経て、今時聞かない歓迎会が数人でささやかに開催された。
「大変だったでしょー」
四一くんで趣味とか特技ある?
人事なんてキャリアにならないし
なにかしら持っていると
「実はちょっとばかり魔法が使えます」
「魔法?妄想?ネタ?」
一瞬空気が凍る。
笑いにしても他にもなんかあるだろ的な雰囲気
咄嗟に取り繕う自分
「魔法といっても、気を操って火を出せる程度のものなんですけどね」
「へ、へぇ…」
完全に引かれている。
「やってみせますよ」
昔からこんな反応されてもう慣れているのだが
「ふん!」
指先にちろっとロウソク程度の炎が一瞬あがる
「ちっさ!」誰かが口走る
「手品…だよね…」
「一応、周囲の燃える物質を集めて燃やしているんですけどね、燃えるものが空気中にそれほどあるわけじゃないから一瞬しか燃えないんですよ。まるで役に立たないんですけどね。ははっ。」
これはさすがに宴会芸にしかならない。
そんなことはわかっているが、
宴会芸で十分だろう。
言い訳もしておいた。
「ま、まぁ、飲も!」
九郎先輩に仕切り直された。
「ところでよぉ、今日も個性的な面々が集まったよなぁ」
「こっちが聞いてもいないことを喋りだすし、止まらないし、下手にばっさり切ったら、ハラスメントとか言われそうだし、まいりましたよ。」
「だよなぁ、本人の歴史を一から十まで聞かされるし、長かったなぁ。こっちがハラスメントされている側だわ。時間ばかり取られて、もはや業務妨害」
「ま、このご時世、あまりに人がいなさすぎて、採用しない選択肢って無いんだけどな」
「意外と人事部ってストレスな仕事多いのよねー」とお姉様的な道代先輩。
「世の中、復興、復興で、人の動きが活発だから仕方ないさな」
話は尽きなかったが2時間ほどで解散となった。夜は火山灰が見えないため、いつ電車が止まるかわからないからである。
不便な国になったもんだ。
さて、伊豆諸島にできた新たな巨大な島についてだが、着々と刑務所と言うべき施設が出来上がっていった。収容しきれない犯罪者の行き場として設置するわけだが、何でもかんでも適当に送り込むわけではない。どんな犯罪を犯したかによる。送り込む基準としては、政府にとって後ろめたい知的犯罪者だ。割合としては50年ほど前から増え続けてきたハラスメント加害者が多い。加害者といっても、労働者から訴えられた民間企業の管理職や、生徒や親から訴えられた学校の先生が大半、犯罪と呼ぶには微妙な、あやふやにされている人たちが対象となる。暴力事件や性犯罪、カスタマーハラスメントの犯罪者とは区別された。大きな犯罪を犯した人間を島へ行かせるべきではないか、と思われそうだが、政府にとっては、いわゆる嵌められた人たちが刑期を終えて政府に立ち向かってこないよう、一生島に閉じ込めておきたいというのが本音だ。それほどまでに政府の腐敗はどうしようもなかったと言えよう。よって刑期を終えた収容者が本土に来ないよう、刑務所だけでなく、街と言えるだけの建物が整備されていった。動きだすまでが遅い日本であるが、いったん動きだすと早いのも日本、あれよあれよという間に、道路、水道、電気、発電所、食料品や日用品の店などが設置され、火山灰を利用した農地までもができあがった。