8話:初めての嘘
「なんだいこれは?」
「ミノタウロスの魔核よ。見るのは初めてなの?」
ゲーズルの言葉に対して、ボクの肩にのっているルナが、ふふんっと誇らしげな笑みを浮かべながら答えた。
地下迷宮の探索を終えた後、ボクとルナは、すぐにゲーズルの屋敷に向かった。
そしていつものように応接間で対峙して、ボクは地下迷宮で手に入れたミノタウロスの魔核を差し出したのだった。
「お前には訊いてないよ。オチビさん」
ルナの返答に対して、ゲーズルは冷淡に一蹴した。
「なによその態度は! せっかく持ってきてやったのに!」
「ル、ルナ。落ち着いてよ……」
顔を真っ赤にして鼻息を荒くするルナは立ち上がったので、ボクはなんとかなだめる。
「ここは我慢しないと……」
ボクは、ゲーズルに聞こえないように、声をかなりひそめて言った。
「でもあいつ……」
「ここであの人の機嫌を損なったら、魔核を受け取ってもらえなくなるかもしれないでしょ?」
「む……」
ルナはあまり納得していない表情だったが、腕を組んで、フンッと鼻で一息吐き出すと、ボクの肩に座って大人しくなった。
一方のゲーズルは宝石を鑑定するように、魔核を手にとり、目を凝らしながら、さまざまな角度から観察している。ミノタウロスの魔核に対して、ゲーズルはどんな反応をするのか。
ミノタウロスは、珍しい魔物なので、その魔核は滅多に手に入れられない希少品と言っても過言じゃない。
ちゃんと正当な評価をしてくれればの話だけど。この男に公平さがあることを願うばかりだ。
緊張の一瞬である。
もし上手くいかなかったら……あぁ、死にたい。
「なかなかいいじゃないか」
ゲーズルは、魔核を持て余しながら言った。
「魔核は意外と脆い。これを傷つけずに手に入れるのは強敵を倒すよりも難しい」
ボクの祈りが通じたのだろうか。
なんと、ゲーズルは、手に入れた戦利品を褒めてくれた。
普段は辛辣なことばかり言う金貸しが、心なしか目の前の魔核を見て上機嫌に見える。
「おまけに3つも取ってきたのか」
「は、はい……運良く手に入れました」
「でもミノタウロスって、すごくすごくすごーく強くない? あいつらお前に倒されるほど弱かったの?」
「わかってないわねー。ここを使って倒したのよ」
ルナはそう言って、人差し指で自分のこめかみを指した。
「ふーん。お前らごときの浅知恵で倒せるんだね。まぁまぁまぁ、悪くない戦果だ」
「ゲ、ゲーズルさんどうですか。これを借金返済に充てたいんですけど……」
ボクは、冷や汗を流しつつも、満面の営業スマイルを浮かべながらゲーズルに訊ねる。内心では”買え買え買え”と強く念じていた。同じ言葉を三回繰り返して、念じたのは、ゲーズルの口調が移ったせいかもしれない。
これを受け取ってもらえなかったら、ボクの命運はこれまでだ。
「いいよ。今月分はこれで回収ってことにしてあげる」
「本当ですか!?」
「でもでもでも、次はないよ」
と、ゲーズルは釘を刺してきた。
「一度許したら、二度もあるなんて、そんな希望めいたことは考えない方が身のためだよ」
「ち、ちなみにまた今回のようなことがあればどうなりますか?」
「……そんなに知りたかったら、返済しなければいいよ」
「遠慮します!」
ボクは首を横に振って言った。
もし返済が遅れたら、死にたくなると言えなくなるような、苦悶を味わうことになるだろう。
ゲーズルの言葉を聞いて、それ以上詮索しなかった。
「あーそうそうそう」
ゲーズルが忘れていたことを思い出したように続けた。
「お前たちさ、地下迷宮で魔核以外に何か見つけた?」
唐突なゲーズルの問いに、ボクの心臓が止まりそうになった。
この瞬間、脳裏に思い浮かんだのは、ガーディン・セレクティアだった。
地下迷宮で出会い、ボク達の命を救ってくれた謎の女性。
彼女がいなければ、ミノタウロスの魔核は手に入らなかっただろうし、下手をすれば、ボクは地下迷宮で命を落としていたかもしれない。
窮地から救い出してくれた恩人の存在を、高利貸しの報告してもいいのだろうか。
伝えてはいけない。そんな予感めいたものがあった。
「そんなのあるわけないじゃない。それだけよ。そうよね?」
ボクが口を開く前に、ルナが助け船を出してくれた。
「……ありませんでした」
ボクは平静を装って、ルナの言葉に同調した。
「だったらいいんだ。けどね」
ゲーズルは足を組んで、ボクの心を探るような鋭い視線を向けた。
「あそこに出てきたものは俺のものなんだよ? もしそれを掠め取るマネなんてしたら……わかっているよね?」
そう警告するゲーズルに、ボクはゆっくりと頷く。ボクはこの日、高利貸しに初めて嘘をついた。