4話:二頭
「あぁ、死にたくなるなぁ……」
ボクは目の前の事態に下唇を噛む。
「そんな言葉を吐くからこういう事態になるんでしょうが……!」
ルナが焦りの表情を浮かべてから言った。
ボクたちは二頭のミノタウロスに挟み撃ちにされていた。
「なんでこんなところにミノタウロスが出てくるんだ……」
「そんなことを考える場合じゃないでしょ、フロース。気をつけて。あいつは一度狙った獲物は絶対に逃がさない執念を持っているわ」
「わかってる。魔物の図鑑に書いてあった」
過去に読んでいた魔物の図鑑に記されていた情報が、頭の中に思い浮かぶ。
ミノタウロス。
頭は猛牛、筋骨隆々の黒い巨躯、人間を容易く真っ二つにできる巨大な戦斧。
図鑑に書かれていた対処法は、
『太刀打ちできない強い魔物なので、遭遇したらすぐにその場から離れましょう』
それができたら苦労しない。
あとできれば、挟み撃ちされた時の対処法も知りたかった。
頭の中に浮かんだ対処法は何の役にも立たなかったので、ルナに訊ねる。
「ルナ、ミノタウロスの対処法って知ってる?」
「……わたしから言えることは一つよ。”太刀打ちできない強い魔物だから、遭遇したらすぐにその場から離れる”」
「図鑑とほぼ一緒じゃん!」
思わず、ツッコんでしまった。
「ぼさっとしないで! 後ろのがきたわよ!」
背後のミノタウロスが雄叫びを上げて、突進してきた。
「もう! 来ないでよっ!」
ボクはミノタウロスの突進から逃れようと走り出す。
走っている先にも、ミノタウロスがいる。
正面に佇んで、戦斧を持ち上げて、待ち構えていた。
闇雲に直進すれば、ボクの身体は、振り下ろした戦斧の斬撃を喰らって、左右にパカリと分かれてしまうだろう。
「一か八か……!」
ボクは持っていた短剣を逆手で構える。
ミノタウロスは、躊躇することなく、斧を振り下ろそうとした。
『灯せ 灯せよ 我らに光を――ライティング!』
ボクは白い閃光が瞬く左手を、ミノタウロスの顔がある左斜め上に掲げた。
魔力を使って、白い閃光を放つ。
能力はそれだけだが、敵の目眩ましには、最適だ。
光を直視すれば、一時的に相手の視力を無効化にできる。
「効いてるわよ!」
強い光を食らったミノタウロスは、戦斧を落として、両目を抑えて、悶えていた。
ボクは落とした戦斧を避けて、ミノタウロスの開いた大股に向かって、スライディング。
股を通過する途中で、手早く短剣を薙いだ。
おそらく股にぶら下がっているであろう一物と、両足の健に向けて。
男性の体格に近い魔物なら、きっと急所は股間だろう。
ぶよっとした柔らかいものを切った手応えと、石のように硬い手応えが、短剣から伝ってきた。
ボクの短剣を喰らったミノタウロスは、ズンッという大きな音を立てて、前のめりに倒れた。
「や、やった! 一頭仕留めたっ!」
「喜んでいる場合じゃないわよ! まずは態勢を整えるわよ!」
ルナの指示を受けて、ボクはすぐに右の角を曲がって、背後のミノタウロスから逃走を続ける。今はこのまま逃げるしかない。
「あっ、そうよ!」
すると、突然、ルナが声を上げた。
「フロース、魔核っ!」
「あっ……!」
魔核とは、魔物の体内に収まっている力の源。
基本的にはどんな魔物も核を持っており、強い魔物であれば、強力だ。
魔核は武器や防具などを強化するために使われるので、冒険者や探索者にとっては、貴重品の一つだ。
「ミノタウロスは滅多に現れない魔物だから、きっと希少価値よ」
「それだったら、借金の返済もできるかも……」
「しかも二頭分よ! あれなら返済分もあるはず!」
そう決意した矢先だった。
次の左の角を曲がろうとした瞬間、右の壁が崩壊した。
「ぐうっ!!」
「フロース!?」
そこから現れた黒い巨大な物体が、ボクの右半身に体当たりを喰らわせてきた。
迂闊だった。
ミノタウロスは二頭じゃない――三頭いた。