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 一方その頃、ガインとリエラの間には。


「……嬢ちゃん、いい加減観念したらどうだ」


 ヘンリーとシェイの和気藹々とした雰囲気とは対照的に、険悪なムードが流れていた。


「ん?はは、なんのことか私にはさっぱりだ」

「しらばっくれる気か」

「……ははっ、大いにそうだとも!」

「……」


 さっきから似たような会話ばかりだ。これじゃ一向に埒が明かない。チッ、とガインは舌打ちをした。

 しかし、リエラはそれを見ても、余裕の表情を崩さない。「おいおい、それはとても絶世の美女にとる態度じゃないなぁ」と笑って見せた。


 ヘンリーが、シェイと話をしたいと言ったあの時、都合がいいとガインは思った。

 シェイが昔を語っていた時のリエラの様子がずっとひっかかっていて、それについて丁度話したかったのだ。だから路地裏に連れ出して、リエラに「なんだ告白か?」とからかわれても、ガインは問い詰めた。


「嬢ちゃん、あんたは──本当にただの人間か?」

「……ふはっ」


 リエラは思わず吹き出した。何を問いたいのかなんとなく分かるが、この聞き方はどうなんだ。


「私があの、黒龍サマだとでも?残念だな、私は茶髪だ」


 リエラは自分の猫っ毛をくるくると指先で弄びながら、ぶらぶらとなんとなく片足を動かした。

 確かにリエラは能力を盗み見られないよう一部隠したりしているし、疑われるのも無理はない。けれど今はとにかく面倒くさかった。取り敢えず早く戻って、ほろ酔いの色っぽいシェイを堪能したい。リエラの頭の中はそんなことで埋め尽くされていた。

 髪の色が違うとアピールしてみても、ガインはじっとリエラを見つめたままだった。


「……染めれば、そんなの簡単に変えられるだろ」

「染料は高価だぞ?あれはお貴族様が使うものだ。一介の冒険者の私が買えるわけが無いだろう?」

「だが嬢ちゃん」

「食い下がってくるなぁ。なら髪の根元を見るか?……いや、それなら綺麗に染めてるだけかもしれないよなぁ。ふっ、特別にアンダーヘアを見せてやろうか?」

「……」


 正直、それは手っ取り早い方法だ。が、流石にガインはそこまでする気は無かった。

 それに一応聞いてはみたが、ガインは元々リエラが黒龍だとは考えていなかった。染料でないなら他に魔法で色を変えることも出来るが、リエラには魔法が使われた痕跡が確認できない。


 とするとやはりリエラは黒龍本人ではなく、黒龍の知り合いなのではないだろうか。だがそれなら、やたらとシェイを誘おうとする理由が全く分からない。

 そもそもリエラはシェイのことを本当に好きなのだろうか。もしかしたら黒龍とシェイの仲を取り持つために、シェイに関わる理由が何か欲しかっただけなのでは?

 結局何もはっきりせず、ガインは再度舌打ちした。


「……くっそ、分かんねぇ」

「ミステリアスな女性は魅力的だろう?だが惚れるなよ?私の身体はシェイ専用なんだからなっ」

「……」

「そこまで警戒されると流石に傷つくな……そうだな、これはどうだ?私が邪悪な存在でないことの証明にはならないか?」


 そう言ってリエラが服の下から取り出したのは、小さなしずく型のペンダントだった。中には光る水のようなものが入っている。魔法の気配とは少し違う、神聖な雰囲気を纏っていた。はっきりとした効果がある訳ではない、お守りのようなものだろうか。


「……それは?」

「聖女から貰った。加護のようなものがあるらしい」

「は……」

「どうだ?まだ疑うか?」


 ペンダントのチェーンを持ち、ゆらゆらと揺らしてリエラはアピールしてくる。

 聖女は、世界に一人だけの特別な存在だ。シェイのように神の加護を受け生まれてくる者は一定数居るが、聖女はそれよりも強く神の力を譲り受けていると言われている。本当にそんな存在から聖なるものを貰ったのだとしたら、十分信用に値する。


 そう思ったところで、はっとガインは気づいた。


「っあ”っ──おい嬢ちゃん!先代が亡くなってから、新しい聖女様はまだ見つかってねぇだろ!」

「……チッ」

「危ねぇ……騙されるところだった」


 聖女は必ず世界に一人だ。聖女が死ねば、その時生まれた子供のうち一人がまた新しい聖女になる。

 今の聖女は、世界のあちこちで教会が探し回っているがまだ見つかっていない。ガインはこの前隣町の知り合いに、その話を聞いたばかりだった。

 つまり、このペンダントの話は真っ赤な嘘。ガインはそう判断して、再度リエラを睨み付けた。


「……ふふ、しつこい男はモテないぞ?私は何も言うつもりは無い」

「心底同意したくねぇんだが……はぁ……仕方ねぇか」


 しつこいと、それをリエラが言うのか。あれほどシェイに固執している癖によく言う。ただ残念なことに諦めるしかなさそうだ。納得いかないが妥協しよう。ガインは大きな溜め息を吐いた。


 収穫はゼロだったが、せっかく外に出たのだ。取り敢えず一服して落ち着こうと、ガインはポケットから紙煙草を取り出した。ライターで火を着け、軽く咥えて紫煙を味わう。

 ──あぁ、生き返る。ニコチン不足が少し解消され、ガインの気分は簡単に上を向いた。


 しかし、次のリエラの言葉でまたすぐに、ガインの不機嫌は戻ってくることになる。


「そんなことより私は、君の恋路の方が気になるんだ。ヘンリーくんは随分君に惚れ込んでいるようだが、君はいったいどうなんだ?」

「さっきの話、全然そんなことじゃねぇだろ……」

「いやいや、君が彼に与えるご褒美の話の方が私にとっては大事なんだが?ん?今夜ナニをスるんだ?彼はしっかりノルマの百匹を倒していたぞ?」

「……」


 どうやら今度は自分がはぐらかす番らしい。

 ただ、ガインはリエラのように誤魔化すのが得意な訳ではない。リエラのような質問攻めしてくる厄介なタイプからは、早めに逃げるのが一番いい。ガインは何も言わず、宴会に戻ることを選択した。

 ──くそ、まだ一回しか口をつけてねぇのに。ガインは携帯していた灰皿を出し、仕方なく煙草の火を消した。


 ガインはリエラがいくら声をかけても、もう一言も喋らない。それがリエラは面白くなくて、どうにか何か聞き出そうと余計に躍起になった。

 結局、目的地につくまでリエラはガインに問いかけ続けたが、ガインが答えることは一回も無かった。

 なんて頑固な。リエラはつまらない気持ちでいたが、会場に戻ってシェイを見た瞬間、一気に顔を明るくした。


 シェイはリエラが今まで見た中で──一番美しい人。

 いつだって、自然と目が惹き付けられる。


「シェイっ!」

「……リエラ」

「ダーリンっ、会いたかったぞ!」


 リエラはシェイの許可を取ることなく、膝の上にちょんと座った。そしてそのまま身体を捻ってシェイの首に腕を回す。リエラは肩口に顔を埋めて、大好きな人の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「はぁ、やはり君はいいなぁ……むさ苦しいおじさんとはまるで違う」

「……嬢ちゃんは何気に酷ぇな」


 遠回しに貶されたガインは顔をしかめた。だが確かに自分ももう歳だ。外見から考えるにリエラは二十代の若い女性。容姿や匂いには敏感な時期だろう。自分がそう言われてしまうのも無理はない。そうガインは自分を納得させた。

 「可愛いのに」と隣から聞こえてきたが無視だ。ヘンリーの目はとてもじゃないが信用出来ない。


「あぁ……なんて逞しい身体……」


 シェイは結局追加でヘンリーに飲まされたので、既に泥酔していた。リエラはシェイに抵抗されないのをいいことに、ぺたぺたと色んな所を触っていく。

 つんつん、と指先でつついてみたりもした。


「ココも、ガチガチだな……♡」

「そこは、腹筋……だから言い方……」

「ん?珍しくしおらしいな。はっ、私の色気にあてられたか?」

「シェイさんは酔ってるだけっすよ」


 ヘンリーは面白くなさそうに言った。正直最初は美女に好かれていて羨ましいとほんの少し思っていたが、今は全く思わない。

 シェイの想いを知った後ではもう、ヘンリーはリエラを応援する気にはなれなかった。


「む、水を差すなっ」

「嫌っす。俺もうシェイさんと超仲良しになりましたから、シェイさんの恋を応援したいんで。リエラさんのことは全力で邪魔するっす」

「面倒な……」

「はいはい、離れてくださいってば」


 ヘンリーの腕によって、リエラはシェイから強制的に引き離される。宴会はこの後も続いたが、ヘンリーのせいでリエラは思う存分シェイを堪能することができなかった。力ずくでヘンリーを退けてもいいが、この和やかな宴会でそういったことをするのは良くないのは流石のリエラでも分かる。

 シェイ成分不足でイライラする。明日の朝もシェイのベッドに潜り込んでやろう、とリエラは決心した。


 ──ただ、帰り道、ヘンリーとガインが密かに手を繋いでいるのを見て、不覚にもリエラは少しにやけたのだった。


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