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「………」


 ヘンリーの話を聞いてシェイは、不謹慎だが少しだけ……羨ましいと思った。


 実の親に育てられていないという点では、シェイとヘンリーは酷似している。ただ、シェイは自分が何故捨てられたのかを知らない。物心つく前に捨てられたので、自分を産んだ母の顔すら知らない。

 自分は見てくれがそれなりに良い方だから、どこかの貴族の愛人の子ではないか──そうシェイ自身は予想しているが、真実を知る術は何処にも無い。


 けれど、ヘンリーの境遇が自分より良かったと言うつもりも毛頭無い。ヘンリーが発した無機質な声からは、隠しきれない物悲しさが滲み出ていた。


「俺は親父似みたいで、育つにつれ段々似てきて、母さんはそこで漸く、俺が夫の子じゃないって気づいて」


 当然、ヘンリーの母とその夫は荒れに荒れた。ヘンリーを放置し、二人で喧嘩ばかりしていた。そして──片方が居ない時は、その怒りはヘンリーに向いた。

 手を上げられることは少なかった。けれどまだ幼いヘンリーにとって、毎日のように浴びせられる言葉の暴力は心を壊すのに十分だった。

 母に、産まなきゃよかったと言われた時、ついにヘンリーの中の何かが切れた。


「んで、もううんざりだったんで、俺、無策のまんま家出したんすよ。ほとんどなーんも持たずに。それで徘徊してたとこをガインさんに拾われた感じです」

「……じゃあ、君の本当の父親は一体」


 言ってからはっとした。こんなことを聞くなんてデリカシーが無いのでは。

 シェイが狼狽えていると「いいんですよ、気にしなくて」とヘンリーはひらひらと手を振った。自分の話をするのは久々なので、ヘンリーは機嫌を悪くするどころか、むしろ喜んでいた。


「うーん……血が繋がった父親は、多分あの頃有名だった遊び人じゃないか、ってガインさんが言ってたっす。なんかどっかの辺境伯の息子らしくて、色んなとこで女遊びしてたそうで」


 ヘンリーの母のようなプロに構って貰うだけでは飽きたらず、金をちらつかせ貧しい娘に股を開かせたりと悪い噂ばかりだった。今どこで何をしているのかは全く知らないし、知る必要も無いとヘンリーは思っている。


「俺はその人には会ったこと無いんすけど、激似らしいっすよ。そいつ、ザ・ヤリチンのクソ野郎って感じの容姿してるんですって。ほら、俺って一見ヘラヘラした感じに見えるし、笑顔、なんか胡散臭いじゃないっすか。多分そいつに似たんすよ、悲しいことに」


 俺泣いちゃう、とヘンリーは目を擦るような仕草をしながら……おどけるように笑った。

 ヘンリーは、他の人にとっては重い身の上話を深刻ではないと言い、今、簡単に笑い飛ばせている。

 自分の中ではもう過去に出来ているのだろうな、とシェイは感心した。


「おっと、話大分ずれちゃってましたね。どうでもいい親父のことは置いときましょ。んーと、俺本当に、拾ってくれたガインさんのこと親みたいに思ってるんすよ」

「切り替えが早いな……」

「えへ、特技の一つっす。ガインさんもよく褒めて……っそう!そうなんですよ!!」


 ドン!とテーブルを叩き、ヘンリーは身を乗り出す。驚きでシェイの肩がビクッと跳ねた。「あ、すみません……」とヘンリーは座り直すが、ふんすふんすと鼻息は荒らげたままだった。


「ガインさんってあんなんですけど、マジ良い親なんすよ。実の親とは比べんのもおこがましいレベル」

「そ、そうなのか」

「態度はアレっすけど、なんでも丁寧に教えてくれるし、よくできたらめっちゃ褒めてくれるし。最初は普通の親愛、だったと思います。俺すげぇ恩感じてたから、掃除したり食事作ったりいっぱいしてました。まぁ、それは今も続いてるんすけど」

「親愛だったなら、どうしてその、君はガインさんを意識したんだ……?」

「……?なんで、でしょうね……」


 ヘンリーは何もない左上の方を見ながら、今までのことを漠然と思い出してみる。

 子供の頃ガインから与えられていた愛情は、家族の範疇を超えることは一度も無かった。思春期に性について話されたことぐらいはあるが、それもただのお勉強だった。


 自分は普通に、異性に性的な感情を抱く筈だ。女の子に好きだと言われても、男じゃないし生理的に無理、と思ったことは勿論無い。今だって胸が大きくて色っぽい女性に迫られたら、普通にあたふたする気がする。

 つまり、ヘンリーは基本的にはノンケなのだ。では何故自分は、年の離れた男を好きになったのか。


「……うん、分かんないです」

「え」

「自然とだったんで。ただ、ガインさんとだと何でも楽しくて、ずっと一緒に居たいなぁって、それだけっす。でも、さっきも言いましたけど最初は受け入れられませんでしたよ。男を好きとか変だろって」

「へ、ん?」

「けどやっぱ、なんか、誰かがガインさんの隣に居るともやもやするし。そこは俺の場所だって思って、でもそう思う自分もキモくて、嫌で嫌で仕方なかったっす」

「気持ち悪いだなんて、そんなことはないだろう!誰かを愛するのは、すごく素敵なことだ」

「あ、うん……そうっすね……」


 ヘンリーは若干引き気味で相槌を打った。

 シェイは黒龍との交流により少しズレたところはあるが、それでもやはり言葉がとても真っ直ぐだ。純粋すぎて眩しい。

 自分だったら『愛はとっても素敵!』なんて乙女なこと言えない……とヘンリーは苦笑いした。


「でも俺はガキだったんで、周りの意見に流されてたんすよ。自分は普通じゃないんだって、思いたくなかったんでしょうね。だから嫌気がさした」

「それは……私も経験がある」

「……ま、でも、すぐ観念しましたよ。風呂上がりの姿とか見ると、顔真っ赤になっちゃうんですもん。意識してなかったら、ガインさんみたいなおっさんに色気感じない筈ですし」


 ガインは家ではとことんルーズな性質だ。ヘンリーの気持ちを知る前は、暑い日だと風呂の後全裸でいたことも多々あった。その度に自己嫌悪に陥っていたことを、ヘンリーはよく思い出す。


「お、おっ、さん」

「もうおっさんでしょ?四十代っすよ、四十代。あと、髭伸びんの嫌って言うくせあんま剃ろうとしないから、より老けて見えるんすよ多分。あぁそれに、三度の飯より酒と煙草が好きですし。いつも溜め息ばっかで死んだ魚みたいな目してるし。ほら、立派なおっさんじゃないっすか」

「……君はガインさんを好きなのか嫌いなのか、時々分からなくなるな……」


 さっきから貶すようなことしか言っていない気がするんだが。

 もう飲めないという意思を示そうと、酒の入ったボトルをヘンリーの方にそっとずらしながらシェイは言う。ヘンリーは押し付けられたボトルから直飲みして全て飲みきってから、眩しい笑顔を見せた。


「んふ、好きっすよ。大好きです」


 先ほど自分の笑顔を胡散臭いと本人は表現していたが、ヘンリーは今、柔らかくて優しい表情をしている。

 それはきっと、実の父よりも育ててくれた人に似たからなのではないだろうかと、シェイは微笑ましく思った。


「だらしない無精髭も。酒に呑まれると少し素直になるとこも。俺が煙草嫌いなの知ってて、キスされかけるとすぐ煙草吸って俺を追い払おうとするとこも。俺のこと突きはなそうとするくせに、ご褒美くれる時だけは甘い顔を見せてくれるとこも」


 ご褒美……その内容を、シェイは知らない。

 だが、そういうものがあるということは、ギルドマスターの方も悪い気はしていないのではないだろうか。

 シェイには、ヘンリーとガインは交際一歩手前といった感じに見えた。


「……君の恋はなんだかすぐ実りそうな気がする」

「そっすか?……そうだといいんすけどねぇ。まぁ確かに?最近のガインさんの態度は、ちょっとしおらしいかも……昔『男同士なんてありえねぇ』って軽蔑の目で俺のこと見てた人とは思えないっす」

「……凄いな。私ならもう、それだけで心が折れてしまうだろう」

「あははっ、俺もあん時はヤバかったっすよ~」


 どうせならその時の話もしようかと、ヘンリーはまた口を開く。辛いことも、俺とガインさんの大切な思い出。ヘンリーは終始ご機嫌な様子で語った。


 シェイは大分酔ってきたらしく、最初は姿勢を正していたのに今は脚を組んで頬杖をついている。

 酒のせいか時折熱っぽい息を吐くシェイはやはり美形で、好きな人が居るヘンリーでも惚れ惚れする程だった。


 ──なるほど、確かにこれだけ綺麗だと、ちょっとしたことでもドキッとしますねぇ。


 ヘンリーはシェイに猛烈にアピールするリエラに、少しだけ共感した。


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