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「……え、それで終わりっすか」

「終わりだ」

「……えぇ、呆気ない……」


 ヘンリーがつまみを口に運びながら、腑に落ちない、と言う風に呟いた。だがシェイも正直そう思っている。

 あの後自分はひたすら駄々をこねていた。勇者の話を聞かされ、黒龍が自分のために去ると分かっても、嫌なものは嫌だった。

 だが、どうして、どうして、とシェイが縋っても、黒龍は静かにシェイを抱き締めるだけだった。


 出会いはあんなに鮮烈だったのに、別れは風のように冷たくて、すぐに過ぎていった。あっさりとしたさよならは、幼いシェイに酷い喪失感を残した。

 けれど、シェイにとって黒龍と過ごした時間が大切なのは変わりない。


「……本当は黒龍様に、自分のことは忘れろ、と言われた。けれど無理だったんだ。彼女は私に色んな知識をくださった……恩人なんだ。ただの尊敬だった筈の彼女への気持ちは変化し続け、いつしか恋慕に似たものも伴うようになった」


 シェイは目元を赤く染めながら、ぐいと酒を呷り何も無い天井を見上げる。


「何回か押しに負け恋人を作ったことはあるが、どんな女性と過ごしていても何故か彼女が頭に浮かぶんだ。今まで会った中で、彼女ほど印象深い人は居ない……」


 のろけになり始めたシェイの話に、ヘンリーは不思議と共感していた。ヘンリーも、ガインに最初向けていたのはただただ純粋な尊敬と憧れだったから。

 なんか、この聖騎士様とは話が合うかもしれない。ヘンリーはシェイに俄然興味が沸いた。


「……あの、聖騎士様。ちょっと二人で話したいんすけど……あー、夜風にでも当たりに行きません?」

「誘い方が唐突かつド下手、マイナス50点」

「なんでリエラさんに採点されてんすかね俺」


 因みに何点満点?とヘンリーが聞くと、10点だと冷たい答えが返ってくる。はぁ、と溜め息が聞こえてヘンリーはリエラのものかと思ったが、それはガインのものだった。


「煙草吸いてぇから俺と嬢ちゃんが出りゃいい」

「おい、私という麗しのお姉様を雑に扱い過ぎじゃないか」

「嬢ちゃん行くぞ」

「……」


 リエラは珍しく、大人しくガインについていった。

 シェイがなんとなく、ガインに手を引かれているリエラの背中を見送っていると、ヘンリーが肩を叩いてくる。


「……あれぇ、嫉妬っすかぁ?」

「ち、ちち違う!ただ、何故あんなにリエラは静かなのだろうか、と」

「ん?……う~ん?………確かになんか、様子おかしいっすね。ガインさんもピリピリしてますし」


 ボトルに入った酒を新しく注ぎながら、ヘンリーが首を捻る。まだまだ飲むぞという雰囲気のヘンリーに、シェイはこっそり顔を引き攣らせた。ヘンリーはうわばみなのだろうか。全く顔色が変わらない。

 そこまで酒に強くないシェイだが、残念なことに自分の分にも既に溢れそうな程酒が注がれてしまった。ただでさえヘンリーの話というのが何か分からず戸惑っているのに……とシェイは少し身体をこわばらせる。


「まぁきっと、大したことじゃないっすよ~多分」

「それならいいんだが……その、それで、私に話というのは」


 シェイの声は自然と硬くなっている。そこでヘンリーは漸く、シェイが物凄く身構えていることに気づいた。

 さっき注いだばかりの酒を一気に飲み干して、ヘンリーはん~と軽く唸る。特に重い話でも辛い話でもない。少なくとも、自分にとっては。


「えと、別に深刻な話じゃないっす。ただ、俺と聖騎士様って……」

「シェイでいい」

「じゃあ、シェイさん。んで、なんか俺とシェイさんって、似てる気がして」


 にている、と繰り返すようにシェイの唇が動く。それを見て、ヘンリーは急に心配になった。

 花形の職業の聖騎士であるシェイと、小汚ない一介の冒険者である自分。もしかしたら、軽々しく比較するなと怒られてしまうかもしれない。

 いやでも別に、職業を比較した訳じゃなくて。ヘンリーは慌てたように弁明した。


「……あの、すみません。俺多分、本当は自分の話聞いて欲しいだけなんすよ。私も同じだ、とかそういうの言ってくれるのを無意識に求めてるだけで」

「構わない。続けてくれ」


 シェイの優しい微笑に、ヘンリーは一瞬言葉が出なかった。

 なんとなく気が合いそう、面白そうとは確かに思った。そう思ったから話がしたいと言った。だがそれと同時に、シェイは高い位の人間だから、二人きりになれば黒い本性を表すのでは……とも思っていた。

 しかしそれは杞憂だったようだ。疑り深い性格の自分をヘンリーはちょっぴり恥じた。


「……黒龍様でしたっけ?が、人間じゃないって知りながら、シェイさんは好きになったんすよね?」

「あ、あぁ」

「気になりませんでした?人じゃない、会えるかも分からない……そんな相手だってこと」


 それは無謀な恋をする私を窘めようとしているのだろうか?

 ふとシェイの頭にはそんな考えも浮かんだが、すぐに振り払った。ヘンリーはシェイの様子を窺うような感じで、非難するような声色では全く無かったから。

 シェイは安堵して、ゆっくりと考えをまとめながら語った。


「……最初は、ずっとひっかかっていた。こういう気持ちはその……元はといえば子孫を残すためのものだろう?だから、異種族である黒龍様を慕う私はおかしいのだと、自分で自分を嫌悪すらしていた」


 それなのに、シェイは黒龍にどうしようもなく惹かれてしまった。世間では悪の権化と呼ばれ嫌厭されていると分かっているのに、止められなかった。シェイの中で黒龍の存在はあまりに大きくて、結局目を背けられなくなった。

 照れながら話すシェイに、「分かります、それ」とヘンリーが相づちを打つ。


「っ、やっぱ、俺と同じっすね。俺も、ガインさんを少しずつ好きになって……でも男同士なんて、って元々は思ってたんです」

「……?っ……!?え、あ、き、君は、ギルドマスターのことを、そういう意味で慕っているのか……!?」

「ん?……えぇ、気づいてなかったんすか」


 ヘンリーはがっくりと大袈裟に肩を落とした。どうやらシェイは相当鈍いらしい。

 いや単純に、同性愛を目撃したことが少ないからかもしれない。同性結婚は一応認められているが、少数派であることは確かだ。


「リエラさんの“そういうの”発言で、あぁ完全バレたなって思ったんすけど……まぁ別に俺はシェイさんに隠す気なんて無かったんでいいんすけどね?シェイさんて相当鈍いんすねー」

「あ!そ、そういうのって、そういう」

「てか俺、ガインさんのこと、大事な人って言ってたじゃないっすか。あれも割とギリギリラインだったと思うんすけど……ガインさんキレて顔赤くしてたし」

「大事というのは、家族としてだと思ったんだ!親のように、大切なのだと」

「それも間違ってないっす。ガインさんは俺の親で、愛する人なんで」


 愛と簡単に口にできるヘンリーに、シェイは驚いた。簡単にとは言ったが、言葉に重みが無い訳ではない。酒とは別の理由でほんのり赤くなったヘンリーの顔は、気の抜けた感じは全く無く、物凄く真剣だ。


 遊び慣れていて、ずっとへらへらしているように見えるヘンリー。だが、本当はそう見えている“だけ”なのかもしれない。


「……俺、ガインさんに育てられたんすよ。えっと元々、俺の母親とその相手、すげぇラブラブで、母が俺を妊娠して、すぐ結婚したんすけど……実はその相手、ってかもう俺が生まれた時は夫っすね、が俺の本当の父親じゃなくて」

「……ぇ」

「元々母さんは金無くて仕方なく、体売る商売やってたらしくて。辞めるって言ったら雇い主に泣きつかれたそうで。雇って貰った恩もあるし、本命のその男と出会った後も本当ギリギリまで続けるしかなくて。あ、ちゃんと避妊はしてたみたいなんすけど、まぁ完全じゃないんで……俺その時うっかりできちゃって」


 マジ運悪くないっすか俺の母さん、と笑うヘンリーにシェイはかけるべき言葉が見つからなかった。肯定も否定も正しくない気がして、結局ただ口をつぐんだ。


「んと、この町でかい病院無いですし、母さんもあんま知識無かったから……時期的に彼氏の子じゃないってこと、気づけなかったみたいっす。自分達の子だって、信じて疑わなかった。でも俺は、違った。望まれて出来た子供じゃなかった」


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