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 シェイには親が居ない。物心ついた時には神父様やシスター達と一緒に生きていた。

 昔教会の前に捨てられていた子供。それがシェイだ。シェイは神の加護を持って生まれてきたため、きっとシェイの親は教会なら拾ってくれると考えたのだろう。


 教会でシェイはそれはそれは大切にされていた。皆優しくて、生活に困ったことはなかった。

 けれど……シェイはいつも下を向いていた。同年代の友達が、シェイには出来なかったから。

 シェイは今でこそ色々な魔法が使えるが、元々回復魔法しか使うことができなかった。そのため周囲の子供達からのシェイの評判は、男のくせにしょぼい魔法しか使えないダメなやつ。

 シェイは回復しか出来ない自分が嫌だった。けれど。

 それを変えてくれたのが、彼女だった。



◇◇◇◇◇



 シェイは昔から、森が好きだった。森は静かでいい。大好きな教会をボロいと罵る大人も、自分を馬鹿にする子供も居ない。


 うららかな日差しのある日のこと。毎日のように森に通っていたシェイは、いつも過ごしている湖の近くに見慣れない足跡を見つけた。それは自分の身体よりも大きくて、シェイには何の足跡なのか見当もつかない。


 なんとなくそれを追いかけていると、森の奥にある黒い何かを見つけた。最初は岩かと思っていたが、ソレが唸っているのに気づいたシェイは身体を硬くする。


「だれか、いるの?」


 興味本意で、シェイはゆっくりとソレに近づいていく。ソレの姿は段々と鮮明になっていった。

 湖とは比べ物にならない大きさの身体。

 温かい日差しにそぐわない漆黒の翼と鱗。

 空にも届きそうな程長い尾。

 地をも引き裂けそうな程鋭い爪。

 そして、鮮血のような赤の瞳。


「ぇ、りゅうの、まも、の……?」


 ソレの全貌を目にしたシェイは、思わず声を漏らした。瞬間、人を射殺せそうな程鋭くなった深紅の瞳がこちらを捉える。


「ひっ……」


 シェイは震えた。狂暴な魔物がこちらを見ている。いつ殺されてもおかしくない!

 けれどそんなシェイの考えとは裏腹に、ソレは襲っては来なかった。


『……こども、か』


 ソレの声が何故かシェイの頭に響く。

 「ひゃ、ひゃい」と上擦った声でシェイが返事すると、ソレは『そうか』と落ち着いた様子で言った。


『そんなに怯えるな……もうじき、私は死ぬ』

「……し、ぬ?」


 しぬ……死ぬ。幼いながらも、シェイは死が嫌なことだというのは知っていた。


「どうして?なんでしんじゃうの?」

『なんでだろうな。私は何もしていないのに……刺されたんだ。理不尽だよなぁ……』


 ソレは優しい声でゆっくりと語った後、辛そうに目を閉じた。

 その様を見ていると、恐怖より心配が先に心に浮かぶ。シェイは次第に普通に話せるようになった。


「おかしい、よ。わるいことしてないのに、ひどいことされちゃうなんて」

『あぁ、私もそう思う。あいつら頭おかしいんだよ。あー……クソ。痛い、死にたくない……』

「どこ、さされたの……?」

『背中。変なの刺さってるだろう?私には似つかわしくない、真っ白の剣』

「とってあげる」


 シェイは臥せっているソレの背中によじ登り、剣の柄を掴んだ。そして、体重をかけて思いっきり引き抜く。存外簡単に抜けたので、シェイは勢い余って尻餅をついた。


「いたい」

『……はは、君は優しいな。けど無駄だよ。もう間に合わないから』

「……りゅうさん、あのねぼくね、みんなに、よわいって言われるの」

『ん?……うん』

「でもね、ぼく、なおすのだけはできるの!」


 シェイはもう一度傷口に近づき、そしてそこに手をかざした。


「えーっと、なんだっけ……あ!そうだ」


 一番の、とっておきの魔法。使ったことはないけれどやってみようと、その時シェイは思った。


『あぁせかいのあるじよ、どうかこのもののたましいにいやしのひかりを。わたしのちからとひきかえに、あいとしあわせを、このものにもういちど』


 詠唱は酷くたどたどしかった。けれど、どうやら上手くいってくれたらしい。

 傷口が淡く発光し始める。その光が大きくなって視界を覆った途端、シェイの意識はぷつんと途切れた。



◇◇◇◇◇



 そよそよと風が吹いている。やがて、草が踏みしめられる音が段々と大きくなっていく。近くにやって来たその誰かは自分の傍にしゃがみ、それから優しく頭を撫でた──かと思えば、シェイはいきなり額を小突かれた。


「──おい、起きろ小僧。おい!死なれると胸糞悪い!」

「……ん」


 手加減無しに揺さぶられて、シェイは嫌々身体を起こした。目を擦ってあくびを一回した後、シェイはきょろきょろと周りを見回してみる。

 シェイの目の前に居たのは、長い黒髪の女性だった。


「おねえさん、だれ……?」

「……私は黒龍。君に助けられた龍だ」

「おねえさんは、コクリューさん。さっきのりゅうさん」

「あぁ」


 彼女……黒龍はがくん!と首が取れそうな勢いで頷いた。シェイがぎょっとしていると、「……力加減ミスった」と恥ずかしそうに黒龍が言う。


「……いま、なにがあったの?」

「あー、っと……私はこうして人になれるんだが、身体の動かし方とかが龍のときとは全く勝手が違ってな。人の姿は酷く窮屈だから、普段ほとんど使わないし……まだ慣れてないんだ」


 龍の人化の魔法は、幻覚により人に見えるようしている訳ではない。人の形に、龍を無理矢理閉じ込める……そういう不便なものだ。


「あれ?つらいのに、どうしてひとになれるようにしてるの?」

「龍同士が集まれないからだよ。デカイ龍の姿じゃ目立つだろ。ちょっと駄弁ろうってだけでも、人間共が私らを殺りにきちまう」


 人化の魔法は龍にとって悪影響しかないが、幻ではないので直接人と触れ合える。元々は馬鹿げた夢を持っていたとある龍が、人化の魔法を開発したのだが……今それを言う必要も無いだろう。

 人間の姿なら分かり合えるんじゃないか、っていうあの龍の考えには、とても共感出来そうに無い。


 リエラがぼんやりとそう思っていると、シェイは不思議そうに首を傾げた。話の内容が分からないから、というのもあったが、主な理由はそれではない。

 シェイが何より気になっていたのは、黒龍の姿の不自然さ。


「コクリューさん、おかおをかくしてるのはなんで?はずかしがりやさんなの?」


 そう……黒龍の顔の前にのみ、何故か白い靄がかかっているのだ。

 シェイはその曇りを払うように手であおいだが、消える気配がない。どうやらこちらは幻覚のようだ。


「記憶に残りにくくするためだ。君はまだ純粋らしいが……人間だろ。君は龍を助けたことを忘れろ。私も君に助けられたことを忘れる。人間は私が大嫌いだし、私も人間が大っ嫌いだから……まともに生きたいなら私とは関わるな」


 人化の魔法は自由な姿になれる訳ではない。もし人間だったらこんな姿だろう、を体現したものだ。つまりそのままでは顔を覚えられてしまう。黒龍はそれを避けたかった。


「なんできらいなの?」

「私は、人間共が酷いことをしてくるから嫌いだ。が、あっちが私を嫌う理由は正直分からん。なんでも凶悪なとある黒龍が、滅茶苦茶暴れて人間を殺しまくったことがあるからだとか。でもそれで何で一族諸共憎む理由になるんだか。人間共だって、自分のひいひいじいちゃんの話なんぞ覚えてないだろ絶対。私が何したってんだ。なんであいつらに殺されかけないといけなかったんだクソが」


 黒龍は早口で捲し立てチッと舌打ちをする。そして、苛立ちをぶつけるように足で地面を勢いよく踏みつけた。その瞬間、波打つように地が揺れる。

 シェイは思わず震えた。


「お、おこらないでコクリューさん……ぼくも、かなしくなっちゃう……」

「──は?……悲しい?本当は私が怖いんだろう?」


 疑問形ではあったが、もはや黒龍は確信していた。

 青ざめた顔、寄せられた眉、戦慄く唇……シェイは明らかに、自分に畏怖を感じているのだ、と。

 けれどシェイは、黒龍の言葉を聞いてぱちぱちと数回瞬きをした後、盛大に首を横に振った。


「ううん、こわくないよ!だって、コクリューさんもふるえてる。かなしそう……」


 黒龍は虚を突かれたように一瞬固まるも、「……無理するな。怖くて当然だ」とシェイに言った。

 シェイが違う違うと言い続けても、黒龍は全く分かってくれない。上手く気持ちを言葉に出来ないシェイは、どうしたら伝わるのか必死で考えた。

 結局、思いついたのは、いつも母親代わりのシスター達にしてもらっているような……ハグ。


「こわくないの。かなしいってきもち、あるから、こわくないの」


 むぎゅー、とシェイは黒龍の腰に抱きついた。けれどシェイの身体は小さいので、想像していたような包み込む感じの抱擁は出来なかった。もはや引っ付くようになっている。シェイはほんの少し落ち込んだ。自分がもっと大きければ、全部包んであげられるのに、と。

 だがそれでもシェイの気持ちは、黒龍の心に十分届いた。


「……小僧の癖に、大人より賢いな」


 黒龍は優しくシェイの頭を撫でながら思った。いいやきっと、子供だからこそなんだろうな、と。


 知らないことは、時として良い方向に作用する。何も知らないから、人間の世界では凶悪だといわれている自分を救った。人間の作った自分のイメージを知らないから、自分のことを真っ直ぐ見ることが出来るのだろう。

 今だってそうだ。言葉が十分ではなかったが、黒龍には通じた……シェイの先程の言葉。あれは、魔物である黒龍も人と同じような感情を持っているから怖くない、そういう意味なのではないだろうか。


「……君は、不思議な人間だな。魔物は悪だと教わらなかったのか」

「……え?まものさんはだめだよ?」

「ん?」


 怖くないと言ったくせに、ダメ?黒龍はちぐはぐなシェイの言動に動揺を隠せない。


「私……黒龍は立派な魔物だぞ」

「ううん、コクリューさんはまものじゃないの」

「はぁ???」


 やっぱりこの小僧はただ馬鹿なだけかもしれない。そう思って黒龍が嘆息した瞬間、シェイは黒龍にさも当然のことのように言った。


「ぼくね、まものって、ひどいことしてくるばけものっておそわったの。コクリューさんはやさしいから、まものじゃないよ」


 黒龍はまた小さな少年に驚かされた。魔物かどうかというのは、勿論種族によって決まっている。ただ、シェイの判断基準はそこではない。

 馬鹿げていると黒龍は思った。けれど、本当はそうであるべきだとも思う。


 黒龍は災害級とまで言われている種族だが、数少ない生き残りである自分は相当温厚だ。だというのに、狙われて、殺されかけて……理不尽にもほどがある。

 けれどそれを分かってくれる人間など居ないのだと、勝手に決めつけていた。思えばそれも偏見というものだ。人間は皆、自分を悪だとみなしているのだと──そういう思い込み。


「……悪かった」

「?」


 黒龍に少し苦い声で謝られてシェイは戸惑った。黒龍は何も悪くないのに、一体どうしたというのだろう。

 表情を見たくて下から見上げてみても、黒龍の顔はやはり雲のようなもので覆われている。おかおがみえないって、なんかやだなぁ、とシェイはのんきに思っていた。


「……それより、君は大丈夫なのか。すまない、何より先に君の体調を心配すべきだった。君が次々質問してくるから、つい喋りすぎてしまった……」

「……?ぼく、げんきだよ?さっきもたぶん、いつのまにかおひるねしちゃってただけで……」

「馬鹿か。寝てたんじゃなく、気絶してたんだよ。魔力の使い過ぎだ」

「えぇっ……?あ、でも、たしかに、なんかからだが、おもい……?」


 シェイは一旦黒龍から離れて、てくてく歩いたり、ぴょんぴょんとジャンプしてみた。するとなんだか真っ直ぐ歩けないし、ふらついてちょっとこけそうになる。

 こんな感覚は初めてでシェイは困惑した。いつもならちゃんと、出来る筈なのに。


「うまくうごけないのは、まりょく、いっぱいつかったから……?」

「それは少し違う。意識を失ったのは魔力切れが原因だが、今はもう回復してるだろう。君が持っていた回復ポーションを飲ませたからな」


 そういえばそんなものを、もたされていたきがするけど……とシェイは記憶を探る。

 ──あぁ、そうだった。シェイは神父様に『魔法を使える子は万が一のために持っておくんだよ』と言われていたことを思い出した。


「え?じゃあなんでぼくこんなにつかれて……?」

「あ”~、あのなぁ……あの魔法は魂を削るものなんだから当然だろ。下手したら死んでたぞ」

「たましいを、けずる?」

「生命力……まぁ簡単に言えば君は元気を私に分け与えたんだよ。だから君は元気が無くなった」

「えぇ!ぼく、しんじゃう?」

「ふはっ、死なない死なない。いっぱい食べてしっかり休めば、魂も少しずつ回復するさ。なぁ小僧、魔法を使うんだったら、今度からそれがどういうものなのかちゃーんと覚えておけ」


 黒龍はシェイの頭にぽんと手を置いて、わしわしと乱暴に髪をかき混ぜた。

 黒龍が嬉しそうなのはシェイにとっても嬉しいが、シェイのお気に入りのアッシュブロンドがぐちゃぐちゃだ。それに、こぞう?ってなんだろう。ぼくはシェイなのに。むー、とまたシェイはむくれた。


「ははっ、人の子も意外と可愛いなぁ」

「もう、おててはなしてっ。かみ、きれいにしてるのに……」

「ん?あぁ……はいはい」

「あと、ぼく、キミでもコゾーでもないよ。シェイだよ!」

「あー……そうか。シェイ、な」

「うん!シェイだよ、コクリューさん」


 シェイは名前を呼ばれたのが嬉しくて、もう一度黒龍に抱きついた。尻尾がぶんぶん揺れる幻覚が見えそうなぐらいの喜びっぷりだ。

 黒龍は可愛らしいシェイの姿に、思わず微笑した。


「またきていい?」

「……駄目だ」


 シェイが自分を怖がっていないことは分かったが、周りの大人も同じだとはとても思えない。黒龍はそう考えてシェイを拒絶するが、シェイは聞く耳を持たなかった。


「やだ」

「駄・目・だ!」

「やだ!!!じゃーね、コクリューさん!あしたもまたここくる!」


 シェイは黒龍に手を振りながら駆け出していく。が、途中で盛大にこけた。


 ──あ、そーだった。ぼくいま、うまくうごけないんだった。


 地面に大の字に寝転がって呆然とするシェイを見て、黒龍は思わず吹き出して大笑いした。


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