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「連れていったあの男はどうした」
「ダンのこと?一旦クロのところ置いてきたの」
無理矢理ダンを連れ戻した癖に、今度は置いてきたとはどういうことだろう。リエラはアンナに怪訝な顔を向けた。
「……あの綺麗な騎士とカミラが楽しそうにお喋りなんかしてるから」
乾いた声で、不貞腐れたようにアンナは話す。リエラと同じく、嫉妬しているように見えた。
「なんだ、君もシェイ狙いか?」
「ごめんなさい、シェイってどなた?」
「あの聖騎士サマだ」
「そう。興味無いわ」
そう言いつつも、アンナは何か眩しいものを見るような目でシェイとカミラを見ていた。それで、なるほどとリエラは腑に落ちた。
「そういうことか。君も、変わっているな」
「そうかしら?……私には、何が変なのか分からないけれど」
「そうか」
「でも言わないでね?あなたは聖騎士様に付きまとってるんでしょう。だからすぐ居なくなると見込んで、隠してないだけだから」
「何故隠す?」
「面倒臭いでしょう?上手くいっているのに水を差されたくなんて無い」
それに、と言いかけてアンナは止めた。
仲間の恋に変な影響を与えたくない、というのがもう一つの理由だが、これを説明するのは色々と厄介だ。
「ほう……ならもう少し躾をした方がいい。あれは相当人たらしだろう」
目線の先では、カミラに褒めちぎられてシェイが赤くなっていた。リエラとしては非常に面白くない光景だ。アンナにとっても、そうだろうに。
「……カミラが悪いって言うの?あの子は何も悪くないわ、下品な目線を向けてくる方が悪いんでしょう。まぁあの騎士様はそうでもないようだから、仕方なく許してあげているの、カミラも望んでいるし」
アンナは早口で捲し立てた。どうやら地雷を踏んだらしい。ただ、リエラとしても我慢の限界だったので丁度良い。
今にも舌打ちしそうなアンナから逃げるようにして、リエラはシェイの方に駆け出した。アンナがダンにしたのと同じようにぎゅっと抱きつく。
「──リエラ?」
「なぁ、人のものには手を出しちゃいけないんだぞ」
「~~っ急に何を。だから私は君のものではっ」
「あぁ違う違う、私はシェイに言っているんだ」
後ろからついてきたアンナが「カミラ」と呼んだ。
しょぼくれたアンナを見てはっとしたカミラは、近づいて頭を撫でてやる。むすっとしつつも嬉しそうに頬を染めるアンナに、分かりやすくて可愛いなぁとカミラはいつものように思った。
「聖騎士様、長話してすみません。私もダン達のところに戻りますね」
それだけ残して、そそくさとカミラはアンナと去っていく。シェイは状況がよく飲み込めず、首を傾げた。
横から、ガインとヘンリーが口を挟む。
「人のもの、って嬢ちゃんあの四人から何か聞いたのか?誰と誰が付き合ってるとか」
「え、俺もずっと気になってるんすけど。俺的には、カミラさんとクロさんが怪しいってずっと思ってて」
「一番あり得そうなのそこだよな。ダンは一人歳離れてっから、そういうのはねぇだろうし」
「──っふ、あははっ!!」
思わず、腹を抱えてリエラは大笑いした。
こいつは傑作だ。あの四人が一枚上手なのか、周りが鈍いのか。同類と言えなくもないガインとヘンリーがこれでは、誰も気づきようがない。
「何笑ってんだ嬢ちゃん……」
「そういうのはない、ねぇ?ん?君の隣のそれは、“そういうの”じゃないのか?」
くっくっと笑いながら、リエラはヘンリーを指した。
ピシッ、とガインが凍りつく。ヘンリーは頬を掻き、口の端をぴくぴくさせた。
「ヘンリーテメェ……もう少し上手く隠せ」
「えぇっと……だって大抵は、悪ふざけか行き過ぎた敬愛だって思って貰えるんでつい……」
「面白いよなぁあんたら」
大爆笑するリエラの横で、一人だけ話についていけずシェイは目をぱちくりさせていた。リエラはすぐにそれに気付き、いっそう笑みを深くする。
とことん鈍いシェイのことが、リエラは大好きだった。
「なぁ、シェイ?あいつらみたいに私達もイチャイチャしよー」
「っ、離れてくれ!いつ私と君は睦み合う関係になったんだ!?」
「ん~、ダーリン、酔っちゃったみたい……♡抱っこしてベッドに連れてって?」
「それ君絶対に酔ってないだろう!」
「あはっ、バレたか。でももし潰れたらお持ち帰りしてもいいぞ?ん?どうだ役得だろう?」
「私はそんなことはしない!」
「ほーん、なるほど。お持ち帰りじゃなくて、送り狼するのか。いやん、シェイのえっち……♡」
「君はまともに会話すら出来ないのか!?」
シェイは頭を抱えた。リエラと話していると、どうも調子が狂う。助けを求めてシェイがガインの方を見れば、あちらも何故かこちらを見つめていた。
ぐいっと盃を傾けると、ガインはリエラを窘めるように話し始める。
「嬢ちゃん、あんたの大好きな聖騎士サマには、他に愛する女性が居るんじゃなかったか?嬢ちゃんは確かにべっぴんさんだが、そこまでベタベタすんのはちょっとばかし野暮ってもんだ」
「ガインさん……!」
「………」
ガインをキラキラとした瞳で見つめているのは、シェイ。対して虚ろな瞳をしているのはヘンリーだ。
あれは別に、シェイのための発言ではない。明らかにガインはヘンリーから逃げたかっただけだった。
──俺はリエラさんみたいな美女にはなんか食指が動かないんすよね……昔から、ガインさんのことしか考えられないんで。俺をこうした責任、取ってくれると嬉しいんですけど。
そう言って距離を詰めたら、ガインは目を一瞬泳がせて。けれど、次の瞬間には何事も無かったかのように真面目な表情になった。そしてこちらにはなんの返事もせずに、リエラにさっきの言葉を発した。
なんとも残念だ。ヘンリーはこっそり、「狡いんですよ……」と誰も居ない方向に呟いた。
「そういえば、騎士様の好きな人って誰なんすか?騎士様もノンケっすよね?リエラさんレベルの美女に落ちないって、相当その人のこと好きなんすね」
「……あぁ」
ヘンリーがずっと気になっていたことを問いかけると、シェイは恥じらいながらもはっきり頷いた。
シェイは彼女のことが忘れられなかった。もうずっと会っていないというのに。
シェイの返事を聞いた瞬間、ヘンリーは驚いた。シェイがもじもじしながら頬を染めたから、ではない。
──リエラが、微笑んでいたから。
普通ならあり得ない。だってリエラにとってその女性は、恋敵になる筈。どうしてそんなに嬉しそうにしているのだと、ヘンリーは戸惑いを隠せなかった。
そんな二人の様子に全く気づいていないシェイはといえば、彼女の姿を思いだしながらぼんやりと呟く。
「私はもう一度、彼女に会いたい」
「……もう一度、会いたい?」
ガインは思わず鸚鵡返しした。もしかして。そんな言い方をするということは。
「聖騎士様、あんたその人と会えてねぇのか」
「はい。もう約十年程」
「は、あんた一途にも程があんだろ……!?」
ガインから信じられないものを見るような視線を向けられ、シェイは苦笑する。
自分でも、未練がましいとは分かっている。彼女に会う術すら、シェイは知らないというのに。
ガインは、十年も片思いなんてそんな奴が本当に実在するのか、ともはや感動すらしていた。そのまま暫くポカンと見つめ続けていると、ふと誰かに肩を叩かれる。振り返ってみれば、ジト目のヘンリーに見つめられていた。
「……何でガインさんが驚いてんすか。俺に関する記憶、全部都合よく忘れてるんですか?」
少し苛ついたような声を聞いて漸く、ガインは気づいた。シェイのような一途な男が目の前に居ることに。
いつになくしょげているヘンリーに、ガインはかける言葉を失った。本当は、違うと、そう言いたかった。
ガインはただ、自分とヘンリーの状況とはあまりに違うから、驚いただけで。
ヘンリーはガインの言葉を待つことなく、シェイと話を進めた。
「騎士様、その人と何があったんすか?会ってくれなくなるって……相当ヤバいことしない限りないっすよね」
「なんだなんだ、もしかしてシェイ、やらしいことシたのか!?」
リエラはご機嫌にシェイの身体を揺さぶる。因みにリエラの腕は変わらずシェイの腰に抱きついたままだ。
ガインの正論を聞いてもやはり、リエラはリエラだった。
「私は何もしていない!あらぬ疑いをかけるのはやめてくれ!」
「ほほーん、じゃあどうしてそいつはシェイの前から消えたんだ?」
「それは……」
シェイは一瞬、言うか迷った。原因はシェイではない。けれど、できれば思い出したくない話だ。
あまり大きな声で語れるものではないが、宴会の喧騒に掻き消され、きっと遠くには届かない。
ついシェイはそのまま、声に出してしまった。
「……また狙われた、から」
『?』
ヘンリーとガインは頭に疑問符を浮かべた。狙われる、だなんて、まるで罪人のようではないか。
けれど、この清い騎士がそんな心の汚れた女性を慕うとはどうしても思えない。
「……ここまでくると気になっちゃうんすけど。その女の人のこと。酒のつまみにするんで、聞かして欲しいっす」
「……馬鹿げているって、笑わないでいてくれるか」
「もち……「勿論!さぁシェイ、私にも聞かせてくれ!」
ヘンリーの言葉を遮って言うリエラの赤い瞳は、何故かとても生き生きとしていて楽しそうだった。リエラの態度を不思議に思うも、シェイはそのまま話を続ける。
久しぶりに手厚くもてなされて、気分が良くなったからだろうか。それともしつこいリエラを諦めさせるためか──今まで誰にも話したことの無いシェイの秘密は、思っていたよりすんなりと口から滑り落ちた。
「彼女は、人じゃない。私が慕っているのは……災害級の魔物と言われている、黒龍様だ」
もしかしたら、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。