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 ──一体、何が起こっている?

 ガインとヘンリーは混乱で一瞬動きが止まった。


「おいおい参ったな。君と組んず解れつの絡み合いをするのはベッドの上だけで十分なんだがなぁ!シェイ!」

「っ、やめてくれ!黒龍様に危害を加えるなら容赦はしない!」


 薄い霧に包まれた空間の中で、リエラとシェイが交戦している。シェイは黒龍を庇っている──らしいのだが、その後ろに立っているのは、赤い髪の青年だ。シェイから聞いた話とは、全く違う。


 結界のようなものが張られているらしく、ガインとヘンリーは入ろうとしても弾き飛ばされてしまった。何度試しても中に入れないのだから、手出しのしようがない。


「どうすりゃいいんですかコレ」

「龍ってのは幻覚も得意なのかよ!?取り敢えず術者を……」

「──どこを見ている?」

「っ!!」


 ガインが反射で振り返り後ろに跳んで避けると、さっきまで居た場所が黒焦げになっていた。いつの間にかこちらに接近していたあの青年が、魔法で火球を放ったらしい。


「森で炎とか正気かよ……」

「お前……やはり、人間にしてはやるな」

「ははっ、そりゃどーも!」

「回復役を使えなくするのが最優先。次は、それなりに強いお前。最後に異様な気配のあの女。俺の判断は間違ってなかったらしい」


 途端──青年の形が崩れた。ドロッとした液体のようになった身体が、沸騰しているかのように蠢きだす。

 膨れ上がって太陽を覆ったその体躯は、まさしく龍の形をしていた。


「お前の言うことも一理ある。いいだろう、本当の姿で相手してやる」


 鋭い赤い瞳と──同色の身体。視界を埋めつくす鱗や翼や尾は全て赤一色で、他は見当たらない。

 絶望的な状況に変わりはないが、ガインは相手が黒龍でないことに酷く安堵した。


「超絶イケてる俺が目に入らないなんてことあります?」

「雑魚は無視が一番良い。割り込んでくるな」

「うわ」


 魔法で跳び上がったヘンリーが、後ろから頭を狙い奇襲を仕掛けた。が、龍に雑に凪ぎ払われるだけ。

 盛大に木の幹にぶつかったヘンリーを横目にガインは舌打ちする。やはりヘンリーでは戦力にはならなさそうだ。


「あー……マジで全然効いてないじゃないっすか」

「おいヘンリーテメェはそこでじっとしてろ!!」

「余所見している暇があるのか?人間」

「余所見なんかしてねぇよ。来い──出来るだけのことは、やらせてもらう」


 ガインは投げナイフを飛ばし、急所と言われる逆鱗に的確に命中させた。龍が体制を崩したその隙に、ガインは一気に攻め立てる。

 しかし、龍は余裕の態度を崩さなかった。


「……確かにそこは弱点だが、そんなヤワな攻撃では俺は仕留められない」


 ガインは全力で愛用の剣を振り抜いた──が、思った以上に深い傷がつかない。龍の分厚い皮と鱗の強度は凄まじかった。


「っ!」

「ガインさん!!」


 ヘンリーと同じように、凪ぎ払われ地に叩きつけられるガイン。残念なことにガインでも、龍相手には勝てるビジョンが見えそうになかった。


 ただ、龍にとってガインは、ヘンリーと同じ扱いでは無いらしい。ヘンリーは自分の時と違い、龍が確実にガインを殺そうとしていることにいち早く気づいた。


「敬意を払うぞ人間。お前は生かしてはおけん」


 鋭い爪が、ガインの方へと向けられる。ガインはまだ起き上がれそうにない。


 ヘンリーは震える脚を奮い立たせ、ガインの元へと駆け出した。


「死ね」


 ──龍の爪が身体を貫き、鮮血が舞う。

 ヘンリーに突き飛ばされたガインは、その光景を一体どんな表情で見ていたのか……自分でも分からなかった。



◆◆◆◆◆



「参ったな……これは流石に楽し過ぎる」

「っふざけるな!!頼むから止まってくれっ……!」

「攻撃してきてるのはそっちだろう?私は君に危害を加えるつもりは無いぞ」

「黒龍様を害そうとするなら同じことだ!」


 シェイの剣戟を、リエラはひらひらとかわし続ける。

 顔をくしゃりと歪めるシェイを見て、甘いなぁとリエラは思った。攻撃はぬるく殺意は微塵も感じない。お得意の、神の加護由来の魔法も使ってこない。これではリエラを追い詰めることなど出来やしない。


 ──あぁ、君は本当に可愛いなぁ。こんなに可愛いと意地悪をしたくなってしまう。


「なぁ、シェイ。君は黒龍に、染まるなと言われたんだろう?」

「なぜ、っ、今それを」

「なのに今の君はなんだ?大好きな黒龍サマの色に染まりきって……」

「っ」


 ぐっ、と余計な力が加わり、シェイの剣がぶれる。隙をついてリエラが腹を蹴り飛ばすと、呆気なくシェイの身体が揺らいだ。

 ──完全に、遊ばれている。シェイは情けないことに戦いながらそれを実感していた。


「違うから、惹かれるんだろう?同じでは意味がないと思わないか?今の君ではもう、黒龍に見向きもされないんじゃないか?」

「──っ違う!!」

「ん?何が違う、言ってみろ」


 近づく訳でもなく、リエラはただ尻餅をついたシェイを見据えている。試すようなその口調が、態度が、シェイは心底気に食わなかった。


 シェイはもう一度立ち上がり、砂を払ってリエラの赤い瞳を見つめ返す。

 霧の中でも、その赤はシェイの目に鮮やかに映った。


「っ私は、黒龍様の言うことが全て正しいとは思わない。他人が傷ついても胸を痛めないその心が分からない。人間は愚かだと、そう言った時の呆れたような瞳を思い出すと苛立つことだってある……っ」

「……随分酷いことを言うじゃないか」

「っでも!それでも……っ、黒龍様のことを、愛おしいと思ってしまったから。私はただ、理解出来ずとも受け入れて、傍に居たいと願っただけだ!」


 シェイの青い瞳から、一筋涙の雫が流れた。この涙の意味はシェイ本人も分からない。

 ──ただ、届けと強く願う。


「本当に私を好きだと言うなら、君にだって分かるだろうっ……?正当な理由も無く想い人が傷つけられるなんて、たえられないんだ……」

「それはまぁ、そうかもな?だが、君がこうして傷ついている様を見るのは存外悪くないぞ」


 力無く話すシェイに、リエラはとびきりの笑顔を見せる。話が通じない、と思うのに、シェイはリエラのことを疎ましいとは思わなかった。


 相手に付きまとわれる形ではあるが、シェイはリエラとここまで共に過ごしてきた。勿論リエラのことは今も苦手だが、流石に情だって湧く。あれ程煙たがっていたのに、シェイはもうリエラのことを嫌いとまでは言えそうになかった。

 だからもう、こんな言い合いは早く終わらせたかった。


「っ君にだって本当は剣を向けたくない!リエラ、っ頼むからもう、黒龍様を害そうとするのはやめ」

「言わなかったか?私はなぁ……気に食わない奴が泣き叫んでいるのを見るのが好きなんだ。だからあの龍を痛め付けたい。『理解出来ずとも受け入れて』くれないか?シェイ」


 シェイが瞬きをしたその一瞬で、リエラはシェイとの間合いを詰める。口づけでも出来そうな程の至近距離にあるリエラの顔に羞恥を感じる暇もなく、シェイはただ恐怖に埋め尽くされた。


 ──けれど、何故だろう。リエラから漂う妙な黒い気配は不思議と、シェイにとって不快なものでは無かった。優しく頭を撫でるリエラの手から、その感覚はより強くシェイの身体に流れ込んでくる。


「リエ……ラ……」

「心が疲れただろう?少しだけ、休むといい」


 抗いがたい強い眠気に襲われ、シェイはふらりと脱力していく。リエラに抱き止められ深い眠りに誘われたその時、なんだか懐かしいような気持ちになったが、きっとシェイの気のせいだろう。


「──私が君への興味を失う訳が無いだろう?君は、今も変わらず君の色のままだ」


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