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次の日の朝、シェイはまた冒険者ギルドを訪れていた。仕事で受付嬢と話をしていたガインは、シェイに気づいて顔を向け挨拶する。
シェイもガインに軽く頭を下げたが、その背中にリエラが引っ付いているせいでどこか滑稽だ。相変わらず絡まれているらしい。ガインも流石に可哀想になってきた。
「シェイっ、どこまでもついていくからな……♡」
「……はぁ」
「……聖騎士様、大変だな」
「はい、本当に……」
今朝も、起きたらシェイの目の前にはリエラが居た。いつも鍵を閉めているのに、何故入ってこれるのだろうとシェイは毎回不思議に思う。鍵が壊れている訳ではないので、ピッキングでもされているのか。いやそれは切実に怖い。
必ず服を着ているあたりきっと、リエラも色々言ってはいるが同意なしに一線を超える気は無いのだろう。それだけが唯一の救いだ。
「──あっ、シェイさん!」
依頼を探して掲示板を見ていたヘンリーも、三人に近づいてきた。
おはようございますとシェイに会釈してから、ヘンリーはガインの隣に歩みを進める。
「今日はどうするんすか?まだこの町に居られます?」
「……いや、もう帰ろうかと思う。最後に挨拶だけしにきた」
「マジすか」
聖騎士は冒険者のように行きたいところに行ける訳ではない。依頼も今回のように魔物から人々を守る冒険者の助っ人以外に、教会での活動や王族の護衛まで様々だ。出来るだけ国の中心にある王都に居て、すぐに動けるようにしておきたい。
「聖騎士様は多忙だからな……仕方ねぇ。あ”ーその……昨日はヘンリーがすまなかった。酒苦手なのに大量に飲ませちまって」
「いえ、いいんです。お話出来て楽しかったので」
「ううっ、シェイさんやっぱすげぇいい人っす」
握手しましょ、とヘンリーはシェイに手を伸ばす。すると、背中から顔を覗かせたリエラにジト目で見つめられた。それは……私のシェイに触るな、と?
ただシェイは手を差しだしてくれたので、ヘンリーは迷わず握手した。視線が気になるので一応、ヘンリーはリエラに文句を言ってみる。
「……リエラさん、視線うざいっす」
「……」
「ん……?あの、どうしました?」
何かがおかしい。視線から怒りも嫉妬も感じないことに気づき、ヘンリーは不思議に思う。
リエラはそろ……とシェイの後ろから出てきて、ヘンリーとガインに近づいてきた。
「……昨日君達の後をつけた。会話からご褒美の内容も大体分かったぞ」
「え……マジっすか」
ひそひそと告げられた内容に、ヘンリーは目を見開く。尾行されてたとは。正直全く気づいてなかった。
ヘンリーは冷や汗をかいたが、隣のガインはといえば「……やっぱりか」と溜め息混じりに溢すだけ。こちらはどうやら気づいていたらしい。
「ご褒美、を最初に言い出したのは……」
「あ、俺っす、ハイ。偉かったからご褒美くれって」
「思った通りだ。君の方が実は私より強引だろう?見習った方がいいのか……」
「っ嬢ちゃんやめとけ。聖騎士様に嫌われるぞ」
リエラはヘンリーの方を向いて言ったが、焦ったように言葉を遮ったのはガインだ。ヘンリーはヘンリーであはは……と苦笑いしている。
さっきまでリエラが半分無視されていたのに、今度はシェイだけ蚊帳の外にされてしまった。一体何の話なんだ、と三人に目配せするが誰も答えてはくれない。
「もうっ、ダーリンはそんなことより私のコト考えて……♡」
「誤魔化すなっ」
「い、いや今回ばかりはそっとしといて欲しいっす」
リエラだけなら追及し続けるつもりだったが、ヘンリーにまで宥められたのでシェイは仕方なくそれをやめた。ヘンリーは恐る恐る視線をガインの方に向けて、大袈裟な位震えさせた声を出す。
「この話、事細かに説明したら多分俺の首が飛ぶんで……」
「あ?……首斬ったりはしねぇよ。死んじまうし。去勢するだけだ」
「えっそれもエグいじゃないっすか……てかどっちにしろ俺死ぬし……」
シェイはそこでやっと、リエラの内緒話がヘンリーとガインのプライベートな話だと理解した。「すまないっ、聞かない、聞かないから」とシェイが慌てたように言うと、ヘンリーが笑う。
「んふっ、少しぐらいは聞かせてあげてもいいですよ。狡くて可愛いガインさんの話っ」
「君の惚気は昨日十分聞いたからいい……」
「あっ、それもそっすね。なんか本当ありがとうございました……聞いてくれて……」
「いや、こちらこそ色々とありがとう。では、私はこれで──」
シェイは最後にもう一度感謝を述べて、ギルドを出ようとする。その時丁度、新しく、ギルドに四人組のパーティーが入ってきた。
──シェイにとって、最悪の偶然だった。
「ッ!!」
すれ違いそうになったその瞬間、シェイは思わず立ち止まった。何よりも先に、嘘だ、とそればかりが頭の中を巡る。目の前の景色が、やたらスローに動いているような気がした。
四人の中の一人が、やけに目についた。
明るい茶髪に朱色の瞳。腰にはあの時のものによく似た、輝かしい剣を下げている。似つかわしくない上等な服装にも見覚えがある。
──まるで昔に戻ったみたいだ、とシェイは思った。無意識に身体が強ばり、服の下を汗が伝う。
小柄な癖にやたらうるさい足音につられて振り向けば、見えたのは、嫌というほど覚えている顔だった。
「……うっわ、ここボロくね?流石ド田舎」
開口一番、この傲慢な態度。シェイが前に会ったのは十年程前だが、魔法で老化を遅らせているのか全く容姿が変わっていない。
シェイは反射的に彼の腕を掴んだ。
「……は?なに、邪魔。離せよ」
「………」
「喧嘩売ってる?俺の言うことが聞けない訳?」
シェイには男の声が全く聞こえていなかった。頭の中にあったのは、ただただ静かな怒り。
この男は……黒龍様を殺そうとし、あのゴブリンの子供の首を刈り取った。
そう、こいつは。
「……勇者、か」
シェイは小馬鹿にするように言った。こいつが勇気ある者だなんて、なんて皮肉。
「はぁ!?なんだその態度は!そうだ俺は勇者様なんだよ!さっさと地面に頭擦り付けて謝罪しろ!」
勇者は、一向に自分に従わず、あまつさえ嘲るシェイに激昂した。そのままシェイに向かって殴りかかろうとする。身体強化の魔法が勇者にかかっていることに気付き、シェイは受け止めるのではなくかわすことにした。一発、二発、三発。シェイには一回も当たらない。
──弱い。噂には聞いていたが、本当だったのか。
以前からシェイは、勇者の力が弱まっているという話を耳にしていた。しかし黒龍のこともあり、勝てない相手だという認識がずっと残っていたものだから、驚かずには居られなかった。
勇者や聖女、聖騎士の力は神の加護由来のものだ。神が力を持つに相応しく無いと判断すれば、取り上げられ魔法が使えなくなることもある。普段からこの態度ではさもありなんといった感じだが、勇者は以前会った時よりも随分神の加護が薄れていた。
もう、昔黒龍が恐れた勇者の姿はどこにも無かった。
勇者は苛つき、五発目で八つ当たりに床を破壊しようとした。しかしそれに気づいたリエラがすかさず間に滑り込み、勇者の拳を片手で下から受け止める。
勇者の顔を見ながら、リエラはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……なぁ勇者サマ、『皆で使う物は大切にしましょう』なんて、子供でも知ってるぞ?」
「っ!?」
「くくっ、随分と貧弱だなぁ!」
空いた反対の手で拳を作り、勇者の腹に撃ち込んでやる。勇者が倒れたところでリエラは起き上がり、勇者の身体を蹴りつけて外へと追い出した。
「……出ていけ。穢れが移る」
ガインとヘンリーは唖然とすることしか出来なかった。いや、周りの誰しもがそうだ。勇者と共にやってきた女性達も、依頼を受けにきた他の冒険者も……状況が飲み込めていない。
「っ……クソッ……何で全部俺のせいになんだよ……!穢れてんのは俺じゃねぇだろっ!」
地面から身体を起こしながらシェイとリエラを睨み付ける勇者。だが最悪なことに、さっきの数秒で彼は自分があの二人に敵わないことも分かってしまった。
勇者が逃げることしか出来ないなんて。悔しさに歯を食いしばる彼だったが、すぐに良いことを思い付いた。
そうだ、こんな町──勝手に滅んでしまえばいい。本当は助けに来たのだが、今となってはもうどうでもいいことだ。
そもそも、どうして俺が勇者なんてやらないといけないのか。やってやる義理がない。仕方なく動いてやっても聞こえてくるのは悪評ばかり。そのせいか聖女は逃げ回っているらしく、自分が聖女だと名乗り出ようとしない。魔王?使命?知るかそんなもの。
──ずっと誰かの尻拭いさせられてる俺の気持ちなんて、あんたらには分からねぇだろ。
「っ……お前らなんて龍に殺られてしまえばいい!」
「龍……?」
「……なるほど」
シェイとリエラが反応を示すが、勇者にはもう聞こえていなかった。周りの冒険者にも聞こえる大声で、演説するように続ける。
「いいか、赤い瞳の恐ろしい龍だ!もうすぐこの町にやってくる!まぁ、俺に媚びてれば助けることを考えてやっても良かったけど?はっ、残念だったね!」




