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 彼女は幼い少年にとって、まるで親のような存在だった。


「いいか、シェイ。君は誰にも染まるんじゃない」


 彼女はよく、少年にそう言い聞かせていた。

 素直な少年がこくりと頷く度に、彼女がふっ、と優しく笑う気配がした。


 いつだって、気配がした、だけだった。何故なら少年は彼女の顔を見ることが出来なかったから。

 人間の姿の時の彼女の顔は、いつも白い靄に覆われていた。


「私はまたすぐ、ここから居なくなるから。ほら、顔が見えなければ、記憶に残りづらいだろ?」


 彼女はそう説明していたが、少年にとっては全くそんなことはなかった。彼女本来の姿を、少年は一度だけ目にしたことがある。あんなに鮮烈な記憶を忘れるなんてあり得ない。

 少年はずっと不安だった。一体、人よりずっと長命な彼女が言うすぐとはいつなのだろうか、と。

 別れたくなかった。いつまでも一緒に居たかった。けれど彼女は数年後、あっさりと少年の前から消えた。


「私のことは忘れろ。でも最後にひとつだけ。私は君のまっさらな心を、愛しているよ」


 そんな言葉だけを残して、彼女は飛び去っていった。



◇◇◇◇◇



 宿屋の一室。アッシュブロンドの髪の美しい青年は、温かな日差しを受けて目を覚ました。

 なんだか幸せな夢を見ていた気がする。自分が子供だった頃の、懐かしい夢。そう彼は思ったが、結局詳しい内容は思い出せなかった。


 まだ寝足りないと唆してくる睡魔を追い払うように目を何度か擦ってから、彼は徐に重い瞼を持ち上げる。これだけならば、穏やかな朝だといえるだろう。だが、彼は数秒後の未来で大声で怒鳴ることになる。


 目の前に広がっていた光景に、今日も今日とて彼は悲鳴を上げた。


「やぁ、聖騎士サマ。調子はどうかな?」


 ──彼に跨がっている茶髪の美女が、獲物を見つけたように深紅の瞳をすっと細めながら言った。


「~~っ!!リエラ!!そこを退け!!」

「わぁ、酷いじゃないか、ダーリン。か弱い美女を突き飛ばすなんて」


 彼はリエラを力ずくでベッドから下ろすも、リエラは、ふふ、と妖艶に微笑むのみ。

 羞恥で赤くなった彼はその深い青の瞳で睨み付けながら、ふらふらとリエラの方に歩きながら叫んだ。


「殺してやるっ……!!」

「おいおい、君は聖なる騎士様なのに、純真無垢な市民を殺すというのかい?」

「ど・こ・が純真無垢だと!?朝から男の寝床に忍び込んでくるなど、君は売女か!?」

「おっ、流石騎士サマ。専門の方のお相手をしたことがあるのか。いやらしいなぁ!」

「君は何を言っているんだ!あるわけがないだろう!?」

「ふふふ、墓穴を掘ったな、シェイ。つまり君はまだ童「いい加減にしてくれ!」


 夜の遊びに手を出すなんて聖騎士にあるまじき行動だと、そうシェイは思っていた。同期に一人、時折娼婦を買うような騎士も居るが、シェイは態々彼に注意したこともある。

 今は交際相手の居ないその同期からすると理不尽極まりないのだが、それぐらいにはシェイは性に疎かった。


「リエラおねえさんが手取り足取り教えてやろうか?ほら、いいぞ?これも揉み放題だぞ?」


 リエラはシェイに抱きつき、その豊満な胸を押し付けてくる。上目遣いで見上げてくるリエラはとても色っぽく、シェイはほんの一瞬だけ硬直した。が。


「わ、私には想う人が居る!だから君と淫らなことは決して、決してしない!!」


 シェイはそう宣言すると、リエラを身体からひっぺがした。リエラはぶすっと頬を膨らませて唸る。


「またそれか。君だってもう、私に惚れている癖に」

「私は君に愛を告げたことなどない!君が一方的に付きまとっているだけだろう!?」

「自分のことも分からないなんて、君は馬鹿だなぁ」

「っ、もう帰ってくれ!!」


 けらけら笑うリエラを部屋から追い出して、シェイはさっさと身支度を済ませた。



◆◆◆◆◆



 シェイは聖騎士である。聖騎士とは、神の加護を持つ騎士のことだ。幼い頃から魔法を使えたシェイは、聖騎士を志してから実際にそうなるまで、そこまで時間はかからなかった。


 そんなシェイの最近の悩みの種は、先程の女性……リエラだ。

 リエラと初めて会ったのは、王都の少しお高いカフェ。だが別に話が合った、という訳でもない。

 あちらが自分にいきなり、『君がシェイだな漸く見つけた!もう逃がさないぞ……』と何故か言ってきたのだ。それから今に至るまで、シェイはリエラに付きまとわれ続けている。


 シェイは有名人だ。聖騎士自体が国に数名しか居ないせいだろう。だから正直、ストーカー被害に遭うことは日常茶飯事。だがリエラは今までのストーカーとは熱量が違った。

 知り合って早数ヶ月。一向にリエラは居なくなる気配がない。


 とはいえ、リエラに怯えながら過ごせる訳でもない。シェイは多忙なのだ。普通の騎士より格の高い聖騎士であるシェイは、いつも国の命令で各地を飛び回っている。

 今回もそうだ。この町に来たのは、大規模な魔物の群れが近くの森で発生したためだった。


「ようこそ、冒険者ギルドへ──あっ、聖騎士様!」


 シェイの身形を見るや否や、受付嬢が声を上げる。冒険者達の目が一気に自分に集中したのが分かって、シェイは内心ひやひやした。

 シェイは有名人だが、その分恨まれたり妬まれたりすることも多い。礼節は弁えているつもりだが、調子に乗るな、と粗暴な冒険者達に罵られた経験もある。

 今回は揉め事が何も起きませんように、と思ったところで、談笑していた冒険者のうち一人がこちらを向いた。背は自分より幾分か低いが、体格がしっかりした年長の冒険者だった。


「あんたが、ヘルプに来てくれた聖騎士様か」

「はい、王都から派遣されて参りました。シェイといいます」

「俺はここのギルドマスターのガインだ」


 どうやら彼が責任者らしい。よろしくお願いします、と言ってシェイが手を差し出すと、ガインは握手に応えてくれた。


「あんたが来てくれて良かった。もう冒険者だけじゃ対応し切れねぇ位、あいつら増えていやがる。このままじゃ一週間したら町にまで来ちまうかもしれねぇ」


 冒険者は魔物を倒してお金を稼ぐ職業だが、それと同時に町を守る役割も担っている。最近は何故かよく魔物の大量発生が起こっていて、こうして聖騎士のシェイも駆り出されることが多い。大量発生の原因は魔王が復活したから、だのなんだの騒がれているが、本当のところは分かっていない。


「すまねぇな、聖騎士様。いつもならこうやって応援を呼ばなくてもいいんだが……今はシュヴィアのヤツが居ねぇから」

「戦乙女様とお知り合いなんですか」


 ガインが出した名前は、戦乙女として知られる有名な冒険者だった。数年前に仮引退したものの、今でも稀に冒険者をやっているのを見かけることがある。

 どうやら彼女の活動拠点がこの町らしく、なるほど確かにそれなら外部の者を呼ぶことは少ないだろうとシェイは納得した。一度だけ会う機会があったが、大抵のことは一人で解決してしまえるぐらいには彼女は強かった。

 横から、シェイが来るまでガインと話していた冒険者が口を挟む。


「おっガイン、また戦乙女様の話かよ!まったくお熱いねぇ」

「あ?ダン、テメェいい加減にしろ。ただの腐れ縁だって何度言えば分かんだ」

「ハイハイ、そういうことにしといてやるよ」

「大体あいつの相手を俺一人でなんて──まぁいい、今はこっちが先だ」


 ダンというらしい赤毛の冒険者を振り払い、ガインはシェイに向き直る。ガインに「待たせてんだろ」と言われ、ダンは渋々といった感じで仲間の元に戻った。


「ちぇっ、つまんねぇの」

「ちょっとダン、早く行きましょ!昨日オープンしたスイーツのお店、行くって約束したでしょう?」

「悪いアンナ。けど、カミラと二人で行ってくれてもいいのに」

「それはダメ!ダンもクロも仲間なんだから。アンナもそう思うでしょ?」

「カミラがこう言ってるからダメ。ダン諦めて」

「何だその理論……アンナの行きたい店って女子しか居ねぇし、男にはキツいんだけどな……なぁクロ?」

「別に」

「え、オレだけかよ?まぁ、クロは若ぇし、イケメンだしな……」


 彼らは四人パーティーらしかった。一番の年長がダンで口数が少ない男性がクロ、活発で小柄な女性がアンナ、そして大人しめの背の高い女性がカミラ。シェイの目から見ても仲が良さそうで、普段一人行動の多いシェイは少し羨ましく思う。


「──あいつらが気になるか?聖騎士様」

「すみません、つい。あれほどタイプの違うメンバーばかりなのは珍しいので」

「面白い奴らだから、機会があれば話してみるといい。ただアンナは面倒臭ぇから気をつけろ。カミラに近づくヤツへの警戒心が凄ぇ。リーダーはダンだから迷惑かけられたら遠慮せずあいつに言え」


 男性の冒険者がカミラに近づくと大抵、アンナの態度は目に見えてキツくなる。ただ、ダンやクロには勿論普段通りだし、ガインも最近は何故か威嚇されなくなった。アンナがどこを見て判断しているのかまでは、正直ガインにも分からない。


「話が逸れちまったな。グダグダしちまって悪ぃ」

「いえ、お気になさらず」


 折角王都から来てくれたのにあまりに段取りが悪い。ガインは少し申し訳なくなった。ただ、シェイは変わらず優しく微笑んだままだ。

 シェイは、ガインは面倒見が良く大勢に慕われる人なのだと、なんとなく感じ取っていた。


「改めて、依頼の詳細を説明してもいいか」

「よろしくお願いします」


 姿勢を正して、シェイはガインから今回大量発生した魔物の説明を聞く。どうやら、数が多いだけで個ならそこまで強くないらしい。ただ集団で行動するので、こちらも集まってから出発する。知能は低いので細かい作戦は必要ない。好きに動いていいようだ。


「集合は明日の朝、場所はここで。大したものはねぇが今日は好きに過ごしてくれ。散策したいなら大通りの方、明日に備えて休みたいならすぐ隣の宿に行くといい。タダで泊まれるよう、話は通してある」

「そこまでしてくださったんですか」

「?当然だろ。俺達の大事な町を一緒に守ってくれるって騎士様が来てくれたんだから」


 当初の懸念は完全に杞憂に終わった。当然のように歓迎されたシェイは漸く安堵し、ありがとうございますと感謝した。


「こちらこそ。じゃあな、聖騎士様。また明──あ」


 とそこで、ガインは何か思い出したらしい。なにやら頻りに窓の方を気にし始めた。

 先程ギルドを出ていったダン達を見ているのだろうかとシェイは思うも、それにしては様子がおかしく見える。どうも気にかかって問いかけてみると、ガインはじりじり距離を詰め、ひそひそと耳打ちしてきた。


「ところでさっきから、外からあんたを凝視してる美人さんが居るが──知り合いか?聖騎士様」

 

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