その真実の愛、突き通す方法をお教えしましょう。
ヴィオラはどこか上の空な婚約者を見つめて、静かに紅茶を飲んでいた。
窓から差し込む優しい午後の陽光のせいで、婚約者のハワードが眠たくなってしまっているだけならば、たいして問題もない。しかし、そうではない事をヴィオラは知っている。
「……随分とぼんやりしている様子ですね、ハワード」
彼の反応を試すようにそう口にすると、彼はさしてヴィオラの声に興味はないらしく「ああ……」と気のない返事した。
……私の言葉など、聞くに値しないものという事ですね。
彼の態度に早々に見切りをつけて、やはりここは早めに決着をつけるべきであると結論をだし、すこし後が面倒だが切り出した。
「何を考えているのか当てましょうか、バントック子爵令嬢の事でしょう?」
ヴィオラが美しいミルクティー色の髪をなびかせながら首をかしげてそう聞くと、ハワードは途端に目を見開いて、すぐさま何か言い訳をしようかと考えている様子だった。
しかし、その必要はないとばかりにヴィオラは声をやさしくして続けた。
「ああ、それほど驚かないでください。なにも私は、あなた方の情愛に文句をつけようというわけではないんです」
「……と、いうと?」
彼女の名前を出した途端にハワードはとても真剣にヴィオラに視線を向けた。
その真剣さが正式な婚約者であるヴィオラに常に向けられていたのなら、こんなに面倒なことをしなくても済むのだが、あいにく、彼はそれほど器用ではないらしい。
「あなた方の気持ちは幼い頃から培ってきたとても美しいものなのでしょう? 風のうわさで聞きました」
「それは……」
バツが悪そうに視線を落とし言い淀む彼に、器用ではないくせに、演技はうまいのだなと冷めた気持ちだった。
なんせ彼の思いを知ったのは、本当は風のうわさからなんかではない、彼らが社交界で所かまわず自分たちの障害だらけの恋愛について吹聴して回っていたからだ。
当然、ヴィオラの耳にも届くし、最初は何とか気にしないようにしていたが、如何せん耳障りな話だった。
「……そうだ。アメーリアと出会ったのはまだ幼い頃だった。私と同じ歳なのに何故か私よりも小さく、とても頼りなく感じたんだ……」
「まぁ……」
……それは単に生まれた月の差では……。
あろうことか出会いを語ろうとする彼に、そんなツッコミを頭の中で入れつつ、カチャンと音を立ててティーカップを置いて「その話はまた後日として、わざわざバントック子爵令嬢の名を出したのには理由があります」ときっぱり言った。
「そうか……だがすまない。君にどれだけ愛情を注がれようともやはり、私は、彼女以外を愛することなどできないのだ……」
「……」
……ああ、その口を針で縫い付けたいです。
あたかも与える側のようなことを言う彼に、ヴィオラは辛辣な事を考えた。
しかし、ヴィオラの事を見てすらいないハワードはまったく気がつかずに続けて言った。
「君がどれだけ私の子を産もうとも、私はアメーリアの事を愛する……君も、君の子供もアメーリア以上に愛おしいと思うことは無いだろう」
「……」
「許してくれとは言わないさ……当然の報いだ……ただ! アメーリアにだけはっ、どうか手出しをしないでほしい……この私の体だけは君の自由だ。何をしてもかまわない」
「……」
「ただ心だけはっ! この心だけは誰にも操ることなどできはしない……」
……黙れ。……おっと、いけない、冷静に。
一瞬、この自分の世界からいっこうに出てこない頭の悪い男に暴言を吐き捨てたくなったが、頭の中で彼を幼い子供に変換する。
そうすると初恋に胸を躍らせる可愛い少年に見えてくるではないか。
夢みがちで頭の悪い……少年に……。
そう考えてからヴィオラはひくっと頬を引きつらせた。
やっぱり無理である、彼は大の大人でヴィオラよりも年上だ。
その癖、自分の世界から出てくる気配がなく、それを他人にまで広めようとするのが問題だ。
……婚約してから、どこか夢見がちで浮世離れしているような気がしてはいたんです。
ただ、それも少し変わっているからであってこうして週に一回お茶会の時間を設けて、お互いの事を知っていけば何とかなると思っていました。
しかし、問題は解決するどころか悪化の一途を辿っていた。
彼が障害のある恋愛に燃え始めて、社交界ですでに浮気されている伯爵家の跡取り令嬢としてヴィオラはすぐに有名になり、さらには、先ほど言ったように心は赴くまま、しかし体は何をされても……とハワードが誰にでも言うのでヴィオラが彼に酷い事をしていると誤解されている。
様々な方面から問い合わせが来て、伯爵家はそれだけで迷惑をこうむっているし、調子に乗ったバントック子爵令嬢が、ついにはヴィオラにまで抗議の手紙を送ってきた。
これではヴィオラは十五歳という若さで年上婚約者をいじめて楽しむサディストだと思われてしまう。
もちろんそんなことは無いし、伯爵家にとって汚点になるようなことを誰彼構わず言うような人間は困るのだ。
せめてヴィオラの話を熱心に聞いて、心などどこにあってもいいから、少しは世間体を考えて動けるのなら、まだ堪えた。
しかし、色々と限界だ。彼は人として軽蔑に値する。
「……とにかく、あなたの事はいいとして、私から提案があるんです」
「なに……? ああ、待ってくれ、嘘でもいいから愛してくれなどとそんな惨めなことを言うのは貴族として品性を疑うよ……」
「違います」
「? ……ではどんな提案かな……」
きっぱりと否定するとハワードは若干たじろいで、それからやっとヴィオラの方を見た。
……彼と別れるということは、別の婚約者を受け入れ居るということになりますし、一人駄目なら二人目も駄目かもしれない、だからここまで頑張って来ました。
でも、こんなに話が通じず……私を馬鹿にするような人なら、後釜になるのがどんな人だとしても、その方の方がずっとましです。
そうやって気持ちを整理してヴィオラは、とっても優しく微笑んだ。
それは、とても怒っているときの笑みだったが、普段から常に温厚なヴィオラであるので、イラついた笑みをしていても誰にも分らない。
ヴィオラ自身、それをわかっていて表情に出した。
「前提条件として、私とハワードの結婚には、領地同士の食物の共有というとても大切な決め事があります」
「ああ、もちろんだ。……私たちの領地はともに、毎年の収穫量の波が激しい。そこで、お互いを補うために君との婚姻を結ぶことになった……そう、それがアメーリアとの障害の始まり……」
また、バントック子爵令嬢の話をしようとするハワードに呆れつつも、前提条件はおおむね間違っていないということについてヴィオラは納得する。
本当に正しく言葉にするのならば、彼の実家の領地は少々土地がやせていて、不作の年には飢餓で人が死ぬ。
そんな彼らを肥えた土地であるヴィオラの実家の領地に労働者として来てもらい、できた作物をわけあって暮らす。
そういう提案をハワードの家から持ち掛けてきて、こちらに対してうまみもないが、近隣領地が豊かになれば強盗などの被害が減るということで了承した。
つまりは、こちらは彼との結婚は必須ではない。
「おおむね合っているので結構です。つまり波のある領地の収穫で領民を飢えさせないようにしたい……そういう望みが根底にあるわけです」
「……そうだな、民が減っては我々の生活が立ち行かない、収穫の増減はそのまま民の命に直結する……」
「ええ、ただ、食物が必要なのも事実ですが、必ず食物という形で必要ではないはずでしょう?」
「……というと?」
「ですから、金策が出来れば、他領から冬を越せるだけの食料を買い与えることが出来ます」
要はお金だ。それさえあれば、やせた土地でわざわざ農業をしなくても済むし、他に何か産業があれば領地の収入は安定する。
「はっ……君はまだ若い子供だからね……お金を稼ぐ厳しさを知らないのだろう……」
ハワードは真剣に言うヴィオラに呆れたようにそう口にした。しかし、彼の言いたいことももちろん理解している。
農業以外にできることもなく余力もない、金策などできたらやっているそういう事だろう。
ヴィオラだって馬鹿じゃない。だからこそ、別の提案があるのだ。
「そうかもしれません。でも私とてもいい話を聞いたんです」
……勝負です。
ヴィオラは、彼の反応を窺いながら慎重に提案をする。しかしハワードの瞳は疑念に満ちていて、その警戒は正しい。
貴族同士の話し合いで打算のない物などないのだ。
ハワードが得をする話を好意だけで話をするはずもないし、彼はヴィオラのその裏の思惑を警戒している様子だった。
「……けれど、私みたいな子供が知っていて考えつくことなんてたかがしれていますもんね。申し訳ありません、これなら、ハワードの実家の問題を解決できると思ったのですが」
だからこそあえて引いた。聞かせるまでもない事だったと彼に錯覚させるように。
すると案の定、彼は、難しい顔をして、見定めるようにヴィオラを見たあと、優しそうな顔をしてヴィオラに問いかけた。
「いや、話だけでも聞いておこう……君が必死で考えてくれた事ならば聞かないというのは……私の品格すら疑われる」
「そうですか……ここだけの話ですよ。ハワード」
彼は、きっと期待もしていないだろうけれど、打算は無いのだと信じ込んだ。
これでいい、後は彼を善意で落とすだけ。
「実は、バントック子爵家領地のすぐそばにあるコールフィールド公爵領地に魔石の鉱脈が見つかったらしいのです」
「!……それは私も知っているさ、もう少しでも位置がずれていれば、アメーリアも苦労をせずとも済んだというのに……」
「そうですね。そこで私、調べたんです。土地の利権について……ほんの数年前までは、その土地はバントック子爵家のものだったという記載を見つけました」
……だから何だという話であるし、実際問題、コールフィールド公爵家はその土地を狙ってバントック子爵家に近づいた。
バントック子爵家はまったく何も考えず、王族を通して土地を高額で買い取りたいというコールフィールド公爵家の話に乗った。
なんせ子爵家には愛する人がいると言って、いっこうに配偶者を娶らない跡取り娘が家業を滅茶苦茶にしているからだ。
だからこそ土地を削ってでもすぐにお金が必要だった。
「事実として長年その土地を守ってきたバントック子爵家がなんの利益もなく後から来たコールフィールド公爵家に利権のすべてを奪われるだなんてそんな道理がありますか?」
……道理も何も、貴族社会は弱肉強食、後から文句を言っても手遅れですけど。
心の中でそう付け加えつつヴィオラは続ける。
「権利を主張してもいいはずです。幸い、現コールフィールド公爵は若い方です、きっと話を聞いてくれると思うんです」
「……」
「それに私には伝手があります。コールフィールド公爵家次男のシルヴェスター様に好意を伝えられているんです。……しかし、私には家の為に決められた婚約者がいると伝えると、その家の問題を解決するために手を貸してくれると言ってくださいました」
言いつつ、チェーンを通して服の中に隠してつけていた、コールフィールド公爵家の紋章の入った指輪を引き出した。
それを見た瞬間にハワードの目の色が変わったのがすぐにわかった。
「これがこの証拠です……バントック子爵家はあなたの婚約破棄があれば、必ず潤う。もちろん内密の話なので書面等で約束はできませんけれど、私が、あなたへの愛に誓ってかならず成し遂げます」
すべて説明し終えるとハワードはしばらくその指輪と私を必死に交互に見て、それから難しく考え込んだ。
本来はこんな怪しい話にはもちろん乗るべきではない。書面も交わさずに簡単にうまい話を信じる様では、いつか絶対に騙される。
がしかしこの問題は、金銭を支払って見返りを得るという話ではない。
自分の懐がすぐに痛む話であれば警戒もするだろうが、ハワードが私と婚約を破棄するだけで、簡単に事が済む。
それに拒絶はできないだろう。だって、彼には“真実の愛”があるのだから。
「い、いや……そうだとしても、だね。私の家のこととはいえ、すべてを決めるというわけにもいかないし」
「……」
「それに……そうだ! 君だって見知らぬ男と結婚することなんて望んでいないだろう、可哀想な君を置いてはいけない……」
……ああ、良かった。本当に実現可能なのかという話ではなく、愛や情の話に持って行ってくれました。
こうなれば、この怪しい金策の話の真偽を考え直して疑う可能性は少ないだろう。やはり最後に愛情に訴えたのはうまいやり方だった。
「……」
情の話になれば彼は手詰まり、つまりは詰んでいる。だって彼には真実の愛という大きな枷があるからだ。
「……ッでは、あなたの真実の愛は嘘だったという事ですか?!」
ヴィオラは悲鳴を上げる様な声で言った。ぐっと指輪を握って心底、悲痛そうな声を出す。
「あんなに愛していると言っていたのに、だからこそ私も覚悟を決めたというのに、バントック子爵令嬢の事を何を犠牲にしても救い、共に過ごしたい……その思いを私が一番知っていた!」
「それは……嘘なわけがないだろ」
「ではどうして、希望のある道があるのに彼女に寄り添ってあげる道を選ばないんですか」
彼は、決して空想を壊さない。悲劇のヒーローである自分を疑わない。
愛している人がいるのにその人と結ばれない自分に酔っている、酔いしれて自分が何をしてもいいと思っている。
「あなたの愛情は、彼女の為なら何でもできるほど深く優しいもの……障害があっても彼女を愛し続けているほどに」
「……」
「その障害が取り除かれようとしている。なのにどうしてあなたは選択をしないんですか」
酔っているからこそ、現実的になって本当は障害があることが楽しくて、その状況だからやっていただけだなんてことは言えない。
酔い続けるために、自分から“真実の愛”という枷をはずすことができない。
「それってつまり愛情なんて……」
……愛情は嘘だったという事を認めるなら、まだ、話し合いのしようがあります。
ヴィオラは最後に言葉を区切ってハワードを見た。
彼は焦った様子で、目を泳がせて、自分の手を手で揉んでヴィオラが続きを言う前に「そんなわけないだろう!」と声を大にして怒鳴った。
「私はアメーリアを心から愛しているんだ。どんな障害があろうとも!」
「では、婚約は破棄ですね」
「もちろんだとも」
「その言葉を決して違えてはいけませんよ、あなたの真実の愛の為に。誰に何を言われようとも、例え家族が障害になろうとも」
「あ、当たり前だ」
「たとえどんな生活になろうとも、真実の愛の前には何ものも無力なんですから」
呪いのように言葉を紡ぐ。彼が冷静にならないように、真実の愛を守る事に躍起になるように。
「約束です」
最後にそう締めくくると、ヴィオラは心の底から優しく笑った。やり切ったという達成感が身を包んで自然に笑みがこぼれたのだった。
「━━━━ってわけで見事にハワードは家族の制止を振り切って、バントック子爵令嬢と結ばれたってわけか。……俺たちからは、荒れたハワードの実家土地から流れて来る領民に対する自衛のために、兵士の派遣を行うって方向で合ってるか」
「はい、ご協力感謝いたします」
「硬いなぁ、ヴィオラ」
人好きのする笑みを浮かべて目の前にいるシルヴェスターは、ヴィオラにそう言った。
舞踏会に出る様な格式高い服を着ているのにその雰囲気は柔らかで、なんだか貴族はあまりもちあわせない軽薄な雰囲気を感じる。
「いえ、普通です。シルヴェスター様がフランクなだけではないでしょうか」
軽薄という言葉を使うとすこし印象が悪くなる気がしたので、適当に言い換えて、視線を外した。
華やかなドレスに身を包み、流れるワルツに気ままにダンスをする貴族たち。舞踏会のホールはきらびやかに飾られていて、どこを見ても贅沢なものばかりだ。
ヴィオラは特に大好きというわけではなかったが、ハワードは贅沢が大好きなので、王宮での舞踏会には必ずと言っていいほど参加していた。
しかしその姿も今はない。
そんなことが出来る経済状況ではなく、今頃騙されたと憤慨しているだろう。
……そうだとしても、私は嘘を言っていません。ただ、伝手があって彼の真実の愛の為に協力すると言った。そして確かに話は通した。その結果、駄目だったというだけだ。
今まで土地を所有していたからと言って、何の権利もない人間には利益の一部も譲渡されない。
分かり切っていただけの事実を突きつけられただけだ。
「しかし、良いのか? 多分、ハワードはヴィオラを恨んでるだろ。 ここまで徹底的に追い詰めて逆恨みされたら危なくないか?」
舞踏会を眺めながら彼のことを考えているのだとわかったのか、シルヴェスターは隣からそんな風に聞いてきた。
けれども心配はご無用だ。ヴィオラは恨まれたとしても言いくるめる自信がある。
「いえ、問題ありません。なんせ彼には真実の愛がありますから、それを優先した結果の今に文句をつけるということは真実の愛を否定することにつながります」
「……」
「つまり真実の愛を盾に私にやった侮辱の数々を認めることになり、逆に私に何をされても文句言えなくなるのはあちらです」
「なるほどなぁ。ま、社交界でそうとうヴィオラと伯爵家の変な噂がながれてたしな」
「ええ、とても困っていましたから。……それでこの話は良いとして、建設的な話をしませんか」
話題を切り替えて、そばにいるシルヴェスターの事を見た。彼には借りがある。
ヴィオラに力を貸してくれたのは、打算があっての事だろう。
適当な理由つけとしてヴィオラが好きだなんて言ったが、恩を売って必要な利益を得るための口実に過ぎない。
「手を貸してくださってありがとうございました。もちろん、見返りは弾ませてもらいたいと思っています。父や母にも了承は得ていますので」
「見返り? 弾むって、なんだキスでもしてくれるのか、ヴィオラ」
「揶揄わないでください、あなた……ひいてはコースフィールド公爵家の望む事を教えてください」
あっけらかんと言われた言葉に、真面目な話をしているんだ、とヴィオラは少し怒って強く言った。
しかしシルヴェスターは笑みを浮かべて「結婚」と短く言った。
その表情にはまったく裏がなさそうで少々困るが、結婚したとしてもコースフィールド公爵家にはまるで得がない。
ヴィオラの事をそう言った事情をまったく分からない子供だと思っているのだろうか。
「ですから、それではシルヴェスター様は、ただ家格の釣り合わない家に婿入りするだけになると言っているんです。……たしかに結婚したうえであればやり取りしやすいですが、わざわざそんなことをせずとも土地の利権や、産業の協力など渋るつもりはありません」
「……」
「子供扱いしないでください、私は真剣なんですから」
少し彼をにらむと、シルヴェスターは意外そうな顔をしてそれから、少し困りながらも笑った。
「しまった。可愛くて顔がにやける」
……何を言ってるんですか。やっぱり軽薄な人です。
彼の誠実とは言えない対応に、さらにヴィオラは恩人に対して馬鹿にされては困るのだと言おうとした。しかし、ふと手を掴まれて口をつぐんだ。
「……なぁ、俺はただ、ヴィオラと結婚したいから手を出したんだ。恋とか愛ってやつだって、初めから言ってるだろ」
そう言って、シルヴェスターはヴィオラの手の甲に口づけするような仕草をした。
そんな風にされたって、愛情というのは所詮、幻覚や妄想に過ぎない、信じていない相手にそれを騙るのは、効率的ではない。
「ですから、そんな建前いりません。それに本気で真実の愛に酔っているならおひとりでどうぞ、私は興味がありません」
「……そういう問題じゃないっていうかなぁ……ま、良いか。いつかわかってくれれば、ヴィオラは嫌いかもしれないけど、愛とか情ってそんなに悪いものじゃないんだぜ?」
「結構です。それで何が目的なんですか、いい加減白状してください」
「だから、結婚」
「……」
ヴィオラの言葉はまったく彼に響いていない様子で、きっぱりと言われてそう言い続けるのならそれでもいいけれど、いつかその体裁を取り払って見せるんだと、ヴィオラは意気込んだ。
ヴィオラにとっての“真実の愛”を知るのはまだまだ先の事になりそうであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。 評価をいただけますと参考になります。