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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
最終章

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25話 蝶を使う者





 数分前。

 アルニスタ達がリーレニカの閉じ込められた空間を囲むように立ち、救出の算段を話し合っていた。他の兵士たちには市民の避難誘導を再開させている。

 不安定な湖の境界が鈍い衝撃音を閉じ込めている。

 リーレニカはまだ一人で戦っているのだ。


「リーレニカをどうやって呼び戻す」


 ファナリスがアルニスタへ意見を促す。

 アルニスタはエリザヴェーテの復活にいち早く気づいたとはいえ、独断でここまで国をかき乱した男である。

 両手を上げて彼を許すことはできないだろうが、少なくとも国中の子どもたちが自死する最悪な結末を退けたのも彼らだ。生体型デバイスに精通した人間の意見を聞くことに騎士団の誰も異論はないようだった。


「見たところ、あの力は生体型デバイス特有の固有結界を展開するものだろう」


 (めしい)の男は、生体型デバイスの残骸――蛇の頭蓋骨が砕けたステッキ――を握り、確信めいた声音(こわね)で答えた。


便宜(べんぎ)上足元のエネルギー帯域を〝ゲート〟と呼ぼう。生体型デバイスの波長を記憶した私のデバイスであれば、ゲートに干渉できるかもしれない」


 左手に嵌めた一つの指輪を見せるように持ち上げると、周りがざわめき始めた。

 希望があることも一つだが、リーレニカの構築した世界を現世から開くには、どうしても不安要素がつきまとう。

 最低でも、エリザヴェーテ女王を現世に招き入れるようなことがあってはならない。そうなれば最後、剣鬼でさえもあの怪物を止められないだろう。

 アルニスタの話からこの場にいる全員は、リーレニカの世界が古代獣の封印に活用できると認知していた。

 故にリーレニカが現世に戻るためには、少なくともエリザヴェーテ女王を殺せないまでも、可能な限り弱体化させる必要がある。

 アルニスタは更に問題を提示した。


「ゲートを開くには私一人の力では不可能だ。あの空間と私のマシーナ総量が釣り合わない」

「マシーナ量なら自身あるよ」

「騎士団長クラスは心強いが、到底足りない」


 レイヴンの自信あり気な態度が崩れる。すこし機嫌を悪くしたようだ。


「なら何が必要なんだよ。兵舎のマシーナポーションでも持ってくるか?」

「必要なのは一点突破する指向性だ。ポーションのような抽出物ではゲートと接触した途端散ってしまう。マシーナの指向性――ありったけの人間が意識を一つに向ければ、あるいは」

「まさか……心を利用しようっていうのか?」


 信じられない。

 アルニスタとヴォルタス以外の全員が同じ意見だった。

 アルニスタが左手の薬指に嵌めた指輪をいじる。


「機人化のプロセスは形を変え、感情でマシーナウイルスを変質させるようになった。つまり、マシーナウイルスは人間の心と切っても切り離せない関係にあるんだ」

「あーわかったわかった。理屈はどうだっていい」


 レイヴンが鬱陶しそうに手をひらひらさせると、指笛で黒い毛並みの愛馬を呼んだ。

 身軽に跳躍すると、黒い馬へ跨る。


「要は国民全員がアイツに祈りを捧げればいいんだろ?」


 レイヴンは回りくどい話が嫌いらしく、手綱を握ると軽薄な笑みを浮かべた。


「国の連中は信心深いからな。祈りの作法くらい誰でも知ってる。それに、ぽっと出の若い英雄様に両手を合わせたって背教にはならねえだろうさ」


 軽口を叩くと愛馬が兵舎の方角へ駆けていく。物凄い速度でみるみる姿が小さくなっていった。


「人員はレイヴンに任せよう。我々はあなたのデバイスの起動準備を」


 ファナリス団長は弟に信頼を置いているらしく、騎士団全員でアルニスタのバックアップに回る決断をした。


「私の手に皆さんの手を重ねて下さい」


 アルニスタが左手を差し出すと、少数の騎士団員達も半信半疑ながら、彼の手の上に自身の手を乗せた。

 騎士団の士気高揚のために行う円陣に近い。


「具体的なイメージは必要ない。リーレニカの無事を祈り続けるんだ」


 その言葉を聞いて、それぞれが目を閉じた。

 フランジェリエッタは誰よりも不安な顔をしていた分、祈るようにきつく目を閉じていた。

 アルニスタの左薬指にはめられた指輪が、青白く輝き始める。




     ****




 現世と隔絶されたリーレニカの世界の中では、エリザヴェーテ女王の獣めいた咆哮が響いていた。

 心臓部をマシーナ殺しの毒刃で貫いたのだ。相応のダメージが無くては困る。

 その効果はエリザヴェーテから吹き出すハリケーンのごとき黒煙の渦が物語っていた。

 ナイフを取り残し反対方向へ吹き飛ばされたリーレニカを、Amaryllis(アマリリス)の呼び出したであろう大地の隆起で受け止める。

 クッション性が悪い分、苦しそうにリーレニカがうめいた。


「やった……わ」

「いや、まだじゃ」


 Amaryllis(アマリリス)がリーレニカの手応えを否定する。

 琥珀の民が持つ資質――〝偽善性マシーナ体質〟であっても、古代獣を死に至らしめるには決定打に欠けた。

 目の前の現象がそれを裏付ける。

 エリザヴェーテの全身から吹き出した黒煙が、白銀の世界を侵食しながら広がる。

 広がっていく。

 更に広がる。

 やがて、見上げる程に黒煙が広がると――。


「余興はここまでだ」


 巨大な悪魔の上半身が出現していた。

 闇で全身を塗りつぶし、蜃気楼のように揺らめく体。その闇の奥からリーレニカを睨む鋭い眼光。

 五本の鋭い爪は、一本でさえ家屋を潰せるサイズ。


「貴様の華奢な体を潰した後、外の連中を今度こそ苦痛の末に殺してやろう」


 エリザヴェーテを守護するが如く立ちふさがる巨大な影は、ブリアーレイスの全長に比肩する。

 それを上半身の構築のみで対等だというのだから、万全の状態で復活すればどうなっていたか。

 そんな事よりも。


「まだ……」


 ――こんな力が出せるなんて。

 巨大な生物は何度か相手にしたが、それでも大量のマシーナ反応または大勢の助力があってやっと討ち滅ぼせたレベルだ。

 それを、たった二人で、まして古代獣を相手にするとなると――。


「おい小娘!」


 これ以上手の打ちようがない。

 絶望心に没入していた時、後方から己を呼ぶ声に気づき。

 気づいた時には、視界いっぱいに真っ黒な巨岩が飛び込んでいた。

 否、巨岩ではない。

 大きな黒い生き物の拳だった。


「逃げろ――!」

()()――」


 世界の終わりを感じさせる大気の振動がリーレニカの鼓膜を破り、細い体を一息に殴り抜いた。

 衝撃を最後に、大地とお別れをすることになる。

 コウモリスカートが血を撒き散らしながら飛んでいく。

 視界が上下反転する。ぐるぐる回る。

 内蔵が潰れ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられている気がする。

 どこかに叩きつけられた時には、視界が白く飛び何も考えられなくなった。

 ただ、曲がってはいけない方向に曲がった足と、真っ赤に濡れた視界と、口いっぱいに広がる鉄の味しか分からない。

 右半身の感覚がない。

 怪物の拳で潰れていた。


「起き……ッ」


 必死に呼びかけていたAmaryllis(アマリリス)の姿が淡く輝き、光の粒へほどけ消えていく。

 あくまでリーレニカの意識下で顕現出来ていたのだろう。

 ――寒い。

 血がどうしようもないほどに流れ出ていく。

 息が出来ない。

 肺が潰れているのか。

 ぼやけた視界の中、なぜだかエリザヴェーテが嬉しそうに高笑いしている気がした。


「簡単に死ねると思うなよ」


 再び黒い生物が巨大な腕を振り上げると。


「〝水牢(すいろう)蝶獄(ちょうごく)〟」


 聞き慣れた起動句が、どこか遠くから聞こえた気がした。




     ****




「〝水牢(すいろう)蝶獄(ちょうごく)〟」


 リーレニカにしか使えないはずの起動句が別の位置から届くと、反応した蝶の耳飾りが湖を生み出した。

 瞬く間にリーレニカを包み込み、損傷した肉体を修復させる「神木の水域」が効果を発揮する。

 全身の骨折部位、損傷した臓器、破れた鼓膜に至るまで、すべてを元通りにした。

 続いて肉体の修復と同時に訪れる浮遊感が、悪魔から放たれるトドメの一撃から回避させた。


「どこに行った――!?」


 一気に状況が変わり、混濁した思考が鮮明になる。

 ――今のは。

 今の起動句は。

 (たくま)しい両腕に抱えられ、吹き付ける強風に目を細めながらリーレニカは戸惑う。

 この湖を起動させたのはAmaryllis(アマリリス)じゃない。まして、自分が起動させられるほどの余力はつい先程までなかった。

 この生体型デバイスを扱えるのは、この場において自分とAmaryllis(アマリリス)しか居ないはずなのに。

 否。

 もう一人いる。


「……うそ」


 頭痛が引いていき、不安と期待が綯い交ぜになった思いで。到底起こり得ない期待に縋るように、この体を抱えている男を見上げる。


「なんて顔してる」


 彼はリーレニカの泣きそうな顔を見て照れくさそうな反応をした。


「うそ……だって」

「まるで死人にあったみたいな顔だな?」

「――()()()()


 リーレニカの記憶が錯乱していた間、ずっと逢いたいと思っていた人。

 黒い津波の中で、本当は死なせてしまったと思っていた〝あの人〟が。

 命を救ってくれたあの人――ロウエンが、緩んだ包帯から笑みをのぞかせていた。




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