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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
最終章

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23話 一縷の望みに賭けて





「なんだこれは」


 白銀一色で出来た古びた遺跡が地中から出現。その現象を見て、エリザヴェーが初めて動揺を見せる。

 金色の瞳が蔑視となってエリザヴェーテへ向く。隙だらけだ。

 ――〝殺してやる〟。

 意識した直後、遺跡の陰から白銀の矢が羽虫の大群のように射出された。

 エリザヴェーテとフランジェリエッタ目掛け飛来する矢は瞬く間に距離を潰す。

 ――〝誰を狙ってる〟。

 次いで、フランジェリエッタを護るように半球状の建造物がせり上がると彼女を包み込み、矢のことごとくを弾いた。

 遅れて、エリザヴェーテの悲鳴。


「うぐぁ……ッ、お、のれぇぇええええあああッ!」


 血を流し、自己修復を試みている様子はあるものの、明らかにダメージを受けている。

 今まで幽霊を攻撃している気分ですらあったが、白銀の矢が何故か通用していた。

 ここに来て、リーレニカは自分が何をしたのかを自覚する。

 これは――〝同期〟だ。

 同期といっても、Amaryllis(アマリリス)の精神世界をリーレニカに接続するものとは次元がはるかに異なる。

 Amaryllis(アマリリス)が持つ世界と、リーレニカの心象風景を()()ぜにし、この世に具現化したと言う他ない。

 こんな使い方、リーレニカ自身見たことがなかった。


「どうなってやがる! 奴の力か!?」

「陣形を崩すな!」


 周りの兵士達は、エリザヴェーテが何か仕掛けたことを疑い動揺している。

 謎の力でフランジェリエッタを引き剥がせたが、まだ相手の射程圏内だ。

 リーレニカは思考を巡らせる。

 ――自分自身、この力を正確に把握できていない。

 だがこの既視感は何だ?

 初めて使うのに、初めて見る気がしない。

 ……本当に初めて?


「ちがう」


 ()()()

 ロウエンは何も出来ない自分を護るために〝この世界〟を生み出したんだ。

 生み出して――そして。


「これは」


 ファナリスが空色の瞳を揺らす。


「まさか――封印する気か?」


 〝蟲籠(むしかご)〟の要領で蔦をフランジェリエッタに絡ませ、強引に後ろへ移動させる。

 この瞬間。

 白銀の世界中心部には、自分とエリザヴェーテしか居なくなった。


「レニカ!」


 フランジェリエッタが取り乱した様子で叫んでいる。

 ――もうあれこれ考えられない。

 閉じないと。

 この害虫をこの世から消さないと。

 皆の前から消えないと。

 もう誰も殺したくない。

 一生懸命に生きる皆の邪魔はしたくない。

 だから。

 ――こいつは私が排除する。


「……()()()


 金色の瞳が、この声が、怒りで震えている。

 激情に呼応して遺跡は絶え間なく変質し、湖に沈むように二人を地の底へ呑み込んだ。




     ****




 白一色で構成されていた巨大な遺跡は、跡形もなくシュテインリッヒ国から姿を消した。

 リーレニカとエリザヴェーテを連れて。


「レニカ! だめ! レニカぁ!」


 桃色の髪を揺らし、リーレニカとエリザヴェーテが呑み込まれていった大地を叩く。

 マシーナウイルスの残滓(ざんし)によるものなのか、彼女が叩いた地面は湖面が波打つように揺らいだ。

 叩くたび、ぼやけた景色が地面に浮かび上がる。いくら叩いても、手が傷だらけになろうとも、それ以上の変化は訪れなかった。


「なにが……起きたんだ?」


 レイヴンも困惑している。いくらマシーナに精通していようと、この現象に答えを出せる者はいなかった。

 ただ一人を除いて。


「世界……構築だ」


 盲目の男、アルニスタ・スカルデュラが従者の肩を借りて近づく。


「生体型デバイスの……その中に居る生物は、それと(ゆかり)のある空間を生み出す能力がある。それが彼女たちを取り込んだようだ」

「ちょっとまて。こいつ生体型遣いだったのか? 生体型なんて国に一つあるかないかの戦争兵器だろ。なんであの女がこの国に持ち込んだんだ? まさか国崩しを」


 あまりよくない推測をする黒髪の少年団長に、フランジェリエッタが睨みつけた。


「レニカがそんなことするわけない!」


 あまりの大声にレイヴンは顔をしかめた。フランジェリエッタと同じ見解らしいアルニスタが頷く。


「逆だ。さっきまで見ていただろう。二年前からエリザヴェーテ殿下の封印が弱まっていたんだ。リーレニカは生体型が復活する前にデバイスを盗み出し、強固な再封印をするつもりだったんだろう」

「じゃあこそこそしないでそういえば良かっただろうが」


 レイヴンは未だ納得する様子はない。今度はファナリスが口を開いた。


「レイヴン。今までのお前ならそう言われて納得するのか? そもそもこの国の出身じゃないんだ。私でさえ納得しないだろう。まず真っ先に彼女を捕らえて、せいぜい取り調べ室送りだ」

「ああ……? まあ、そう言われると……そうだな」


 バツが悪そうに頬を掻くレイヴン。

 今度はファナリスがアルニスタへ質問した。


「だがどうして殿下の封印が弱まっていたことに気づいたんだ? 我々でさえ気付かなかったのに」

「生体型デバイスはそれ単体で共鳴しあうものだ。距離の条件はあるが、自然と一つに集う習性がある。『そういう性質があるなら、エリザヴェーテ殿下に巣食う化物の波長に気付かない道理はないのでは?』と、偉そうに言う私でさえ仮説がせいぜいだ」

「……わかった。なら我々がすることは決まっている」


 剣を納めたファナリスに同意するように、レイヴンが面倒そうに頷く。


「ああ。そうだな」

「リーレニカを救出するぞ」

「そうそう、ここを隔離して――あ?」


 レイヴンがあっけにとられたように顔を寄せる。


「おいおいおい。俺の聞き間違いか? 救出するだと? バカ言ってんじゃねえ。原理は知らねえが、あの化物と一緒に隔離できてるんだぞ? あの女だって狙ってやってるんだろうさ。それをもう一回こじ開けようって言ってんのか?」

「できるだろ?」

「できるできないの話じゃねえ! もしあの空間を開いてみろ。間違いなく化物も出てくるぞ。だってほら……化物だからな」


 レイヴンの言っていることは冷たいように聞こえるが間違ってはいない。

 あの化物に怖気づいているという話ではなく、この国の市民に被害が及ぶリスクがある以上、安直な決断は避けるべきだ。

 後ろの隊員の一人が「ファナリス隊長」と後ろめたそうに発した。


「お言葉ですが、私も承服しかねます」

「…………」


 騎士団の面々を見渡しても、レイヴンの意見に寄っているようだった。

 フランジェリエッタが悲しそうな顔でうつむいている。立場も違ううえ、一人で騒いだところで覆らないとわかってしまったのだろう。


「……たとえば」


 なおもファナリスは食い下がった。


「あの空間で化物を討ち倒せればどうする?」

「……は?」


 とうとう頭がおかしくなったのか。

 レイヴンの目がそう訴えかけているように見えた。


「俺達全員が束になってかかってもあくびかますような奴だぞ!? それをあの女一人でどうにかできるわけ」

「できるかもしれない」


 アルニスタが口を挟んだ。


「確かにここの騎士団は対人、対機人掃討において高水準の実力はあるだろう。だが彼女は――リーレニカは全力を出せていたのだろうか」

「なんだと?」

「我々への被害を危惧して、我々が最大限のパフォーマンスを出せるように立ち回っていなかっただろうか」


 〝(ふるい)の卵〟が膨張していく中、必死に攻撃を続けた騎士団長二人。それにリーレニカは必死でついていっているように見えていたかもしれない。

 だが。

 ――全力を出せていなかったのだとしたら?


「そんな馬鹿げた話」

「あながち間違いではないかもしれないな」

「ハッ。兄貴までそんなこというのかよ」

「お前は感じなかったのか? 気の起こりを。何度も消えていっていただろう」

「マシーナで感じ取れないくせに感覚論か? …………」


 レイヴンがいつもの調子で馬鹿にするように笑うが、次第に真顔になる。

 それは、周りの兵士が思い返すように目の色を変えていたからだった。

 皆口々に意見を変えていく。


「……確かに」

「あの子空飛んでたよな」

「龍を蹴り飛ばしたのを見たぞ」

「市民のほとんどがあの子に助けられたって聞いたが」

「さっきのでかい建物出したのって……あの子なんだよな?」

「あの時、殿下も苦しそうにしてなかったか?」


 レイヴンの白銀のパーカーが肩からずれ落ち、信じられないと言いたげな顔でファナリスを見た。


「……マジなのか?」

「大マジだ」

「でも……俺達にできることなんて」


 アルニスタが「いや」と芯のある声で言った。


「できることならある」


 自然、全員の視線がアルニスタに集まった。


「こんなことになってしまって……図々しいのは百も承知している。それでも聞いてくれないか」




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