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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
最終章

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18話 最終兵器





『機人警報。機人警報。中央区にてレイヤー()発生。最寄りの憲兵に従い、避難してください』


 騎士団はアナウンスを利用しながらも住民の避難を順調に進めている。

 一方、エリザヴェーテの掲げる黒いマシーナ球は、広場を埋め尽くすほど肥大化していた。

 レイヴンとファナリスが激しい斬撃を浴びせ、八方から槍を出現させ貫いたところで命は奪えない。ましてリーレニカのナイフに至っては掠りもしなかった。

 エリザヴェーテは一定のダメージを負うと――ダメージとすら本人は思っていないだろうが――(かすみ)のように原型を解き、すぐ側で姿を復元した。

 その間も頭上の球へ悪性マシーナを供給することは止めない。

 レイヴンは努力に見合わない結果に眉根を寄せた。


「くそっ。止められない!」

「市民の避難は!?」

「完了している! だがこのサイズ――」


 もはやこの抵抗に意味があるのだろうか。

 そう思う程に、エリザヴェーテとの戦闘は不毛を極めていた。

 王女を殺すなどと贅沢なことを言うつもりはない。せめて、肉体破壊で再生する工程を押し付け、卵への供給に使うリソース――集中力を阻害できればと考えていた。

 だがそうはならなかった。

 人間の体を器にしていることは事実だが、構造がまるで違う。

 刃を通せば傷がつくが、再生速度が常軌を逸している。まるで魔法だ。

 更に自ら肉体を崩し、再構築すらして見せた。脳を分解し、あまつさえ細胞の一つまで完全に再現する集中力。そして頭上の卵を割れないよう肥大化させる、高度なマシーナ操作。

 アルニスタとヴォルタスが、遠くからマシーナによる妨害を試みてこれだ。

 こちらが自信を失くすほどの実力差を淡々と見せつけてくる。


「レイヴン、リーレニカ。ここは俺に任せて」

「何度も言わせるな。僕は騎士団長だ。逃げるなんてありえない」


 指で突けば容易く割れそうなほどの球体。恐らく避難している遠方の市民でさえ視認できるだろう。

 劇場に引けを取らないサイズだ。割れた時の影響範囲が広すぎる。シュテインリッヒ国を飲み込むだけでは済まない。

 失策だ。決して舐めていた訳では無いが――楽観視していた。

 人類最強の剣士と、それに肩を並べるマシーナ操作の天才騎士。まして自分は生体型デバイスを扱う。

 得体が知れない相手とはいえ、戦力に不足はないと思っていた。

 騎士団長クラス二名の挟撃と、スカルデュラ家の兵器型デバイス。更にリーレニカの生体型デバイスをもってしても、篩の卵の成長を一秒たりとも抑えられなかったのだ。

 エリザヴェーテは目的を果たすと冷めた目でこちらを見据えた。


「一辺倒だな。飽きた……向こうのほうが面白そうだ」

「――! おいお前! 〝流星〟の準備はどうなんだ!」


 レイヴンはやけくそで槍を交差させて王女の全身へ叩き込み、半分悲鳴のようにリーレニカへ叫んだ。

 卵の完成まで三十分経過。対レイヤー伍撃滅兵器〝流星〟の再装填は一時間。つまりあと三十分を要する。

 ――通常であれば。


「完了しています」


 リーレニカは仮面を通してスラム街へ通信を送った。




     ****




 スラム街に隠した対レイヤー伍撃滅兵器。

 空を蹂躙していた白龍を無事撃ち抜いたと思えば、国のど真ん中に現れた真っ黒な球体がみるみる膨れ上がっている。

 ソフィア達はこの状況を騎士団のネットワークを通して把握していた。

 ――きっと一時間ではだめだ。遅くとも三十分でこのオーバーヒートを解決しなければならない。

 シュテインリッヒ国の兵器ノウハウを駆使し、なんとかスカルデュラ家の大型兵器を読み解こうとするが、この短時間では無理がある。

 わかったことといえば、悪性化したマシーナ溶液を吸い出し、善性マシーナに変換する必要があるということだ。砲撃兵器本体が強烈な熱を持っているのが良い証拠だ。

 本体を冷却するように、一時間かけてシリンダーの悪性マシーナをろ過しながら放熱しているのだろう。

 そこに、見覚えのある怪しい人物が飛び込んできた。全身牛の骨で覆った、水着の上にパーカーを羽織る女だった。

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)のベレッタ・レバレッティ。

 リーレニカから一方的な通信で彼女を応援に寄越すと言われていたが、本当に来たのか。

 彼女を知らない隊員は奇天烈な格好のベレッタを見て騒ぎ始める。


「なんだこいつ!」

「応援です!」

「どこの所属だ? 味方なんだよな?」

「敵――だった奴です!」

「どうしてそんなやつをここに呼んだんだ?」


 今は隊員に説明する時間すら惜しい。

 リーレニカの言い方からすると、あの黒い球体が割れれば良くないことが起こるのだろう。

 射撃の座標は遠隔だが指定されている。

 住宅地ごとぶち抜け。そう言っているらしい。


「ベレッタをこんなクソ地味な裏方に回すなんてよお。さっさとここ済ませて戻るからな」

「あと五分以内に射撃準備を完了しないといけない。放熱と悪性マシーナの浄化が必要なの」


 ベレッタの小言には取り合わず、状況を伝える。


「やり方はリーダーから聞いたよ。適材適所ってやつだ」


 ベレッタが砲身に手を触れようとした時、周囲に黒い人影がいくつも出現した。

 狐面の展開する黒い蜃気楼とは様子が違う。当然、リーレニカの使用する〈(とばり)〉でもない。

 一昔の兵装を黒で塗りつぶしたような人間。手には剣や槍が握られ、一人一人が悪性マシーナで構築された生命体に見えた。


「仲間か?」

「違う! 機人――いや、」

「獲物だァ!」


 ベレッタの言葉は敵対勢力の出現を示唆していたが、言葉とは裏腹に、口元には軽薄さが一切無かった。機人に近い状態にある水着パーカーの女は、敵影の危険度が誰よりも感じ取れているらしい。

 続々と出現する黒塗りの人間に囲まれ始めた時、悪いニュースが狐面を通して流れた。結論のみ告げるのは、リーレニカの声だ。


『卵が完成します』

「なんだと!? まだ出力が足りないぞ!」


 部隊長が短刀を構えながら砲身を気にしている。

 ベレッタが乱暴に熱された砲身を掴んだ。触れた部分が容赦なく灼かれる音。ほとんど吠えるように背後のソフィアへ命令する。


「どっちみち一発しか撃てねえんだ。無理やりひねり出せ!」

『前から気になっていましたが、あなたは言葉遣いが悪い』

「戦場でお行儀良くしろってか?」


 ベレッタにしか届かないヴォルタスの〈伝達〉。ほとんど独り言で答えるように見えるせいで、隊員達は不安そうに視線を向けたが強烈な殺気を知覚する。思考が完結するよりも早く、三名の隊員は砲口から逃れるように横へ飛んだ。

 敵影はものの数分で五〇まで増殖している。

 それらは、これから大型の機人を狩りに行く騎士団の装い。

 古風な甲冑で統一されたそれらを身た時、夜狐達はシュテインリッヒ国創立時の亡霊を見ている気分になった。

 黒の軍団がこちらめがけて突撃を開始する。


「ディアブロ――〝ブラスト〟」


 今日だけでかなりの数の大技を連発したベレッタは、今度こそ魔装を維持できなくなる。

 全身に纏った牛骨の鎧が砕け散ると同時に、両手の結晶体――〈ディアブロ〉の輝きが全員の目を灼いた。

 眩い白と黒の光が混ざり合い、ここら一帯を覆い尽くす。

 瞬時にベレッタの体へ凝縮。次の瞬間。

 絶対零度の一撃が指向性をもって、黒の軍団を襲った。

 躍動感あふれる黒い氷像が出来上がる。

 黒の軍団――エリザヴェーテの眷属は、氷の中でもなお活動を再開しようとしている。

 しかし。

 対レイヤー伍撃滅砲を汚染していた悪性マシーナは、ベレッタの吸引作用によって既にリセットされていた。

 砲撃の準備が完了する。


「出力急上昇――いけます!」

「やれ!」


 巨大な砲身固定台に亀裂を走らせる衝撃。直線を描く極大の光線が黒の軍団を瞬時に呑み込んだ。

 焼けた鉄が赤く変色するように溶解、更に沸騰し、敵を無に還す。

 白龍を撃ち抜いたものとは比べ物にならない出力まで無理やり引き上げられた光線は、立ちふさがる物すべてを空間ごと抉り取り、平らに(なら)した。

 先ほどとは比べ物にならいサイズ。砲身の下にいる者たちは衝撃波で吹き飛ばされた。

 間もなく。

 子供を殺す黒い球体が割れるよりも早く目標に到達した光は、相手に回避の間も与えず衝突することとなる。

 中心街では着弾地点を境に、有り余ったエネルギーで真上に光の壁を走らせた。




     ****




 射撃ギリギリまで攻撃を続けたリーレニカ達は、エリザヴェーテにレイヤー伍滅殺の光から逃れられないようその地に縫い止めることに成功した。

 当然、射撃のタイミングに合わせ全力で離脱を完了している。

 国の地形図が今日を境に変わる。

 スラム街を視認できるまでに破壊の限りを尽くした一条の光は、中心街に閃光と轟音を撒き散らし、今度こそエリザヴェーテを呑み込んだ。

 耳鳴りと平衡感覚の狂い。立ち込める砂煙。

 薄暗い視界の中、レイヴンが膝立ちで力なく呆然としている。あれだけの連戦に休みない連撃を続けたのだ。人間の彼にこれ以上立ち上がる力はないだろう。

 周りも同じような状態だった。

 誰かがつぶやく。


「――意味、なかったんだ」

「……え?」


 異変に気づいたのは、一向に消えない陽を遮る黒い球体の存在だった。

 その真下に、わずかな苛立ちを浮かべたエリザヴェーテ王女の姿がある。衣服さえ汚さず、女神のような立ち姿そのままに。

 様子がおかしいわけだ。

 王女の背後から先が、地形や建造物すべて一切無事なのだから。

 光線が角度を変え、真上に走ったのも頷ける。

 エリザヴェーテの纏うマシーナがあまりに膨大で、人間の体積を裏切り、巨大な壁のように立ちふさがったのか。

 更に頭上にある黒い球体すらも傷一つない。

 スカルデュラ家の最終兵器でさえ、はじめからエリザヴェーテの創造物一つ傷つけるに至らない。彼女の意思一つでしか割れなかったのだ。


「良い余興であった」


 エリザヴェーテが周りで絶望している騎士団達に労いの言葉をかける。


「では、始めるぞ」


 空を覆う黒い球体が膨張。大きく波打つと、破裂し――。

 黒い津波が国全域を襲った。



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― 新着の感想 ―
どんどん加速しておるのじゃ…災厄の始まりがのう。止める手立てはないのかのう?ドキドキするのじゃ!犠牲者を出さずに勝つことはできるのじゃろうか?一体どうなってしまうのか、凄く面白いのじゃ!
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