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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
最終章

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17話 最後の任務





「レイヴン。団員と市民をできるだけ遠くに逃がせ。この国はたった今終わった」

「何言ってる」

「私もどこまで時間を稼げるかわからない。頼む」

「おい!」


 状況の深刻さを誰よりも知っているファナリスが、単身でエリザヴェーテに斬りかかる。

 金髪の王女は無数の剣を避ける素振りすら見せず、目にも止まらぬ斬撃をすべて浴びた。

 壮絶な剣の軌跡がエリザヴェーテを容赦なく襲う。下手に援護に入ればかえって邪魔になるほどには、剣鬼の動きは人間離れしていた。

 しかし、出血がない。

 皮、肉、骨、神経に至るまで、ファナリスの剣を抵抗なく受けたエリザヴェーテの体は、きれいに両断されれば、刃の抜けたそばから修復を完了している。

 幽霊でも斬っているようだった。


「見ている分には飽きないが、少々はしゃぎすぎだぞ」


 エリザヴェーテが瞳に意思を宿すと、ファナリスを取り囲むように五芒星の陣が並んだ。すぐに光の束が射出され、大地ごとえぐり、轟音が反響した。

 勘でこれを回避したファナリスは再び肉薄し剣を浴びせにかかる。

 顔に余裕はなく、鬼の形相で剣を振るい、生き物の呈を成している王女を殺し続けることに執着しているようだった。


「……なんだよこれ」

「本当に王女なのか」


 一代目対魔獣掃討部隊――エリザヴェーテ騎士団長。

 魔獣と闘争を繰り広げた、シュテインリッヒ国旧暦の王族。

 リーレニカがこの国に潜入し、生体型デバイス奪取の任務についた時から集めた情報の一つだ。

 人形のように美しい姿をしているが、それこそ太古の昔に生まれた人物のはずだ。絵画に遺されるくらいだから、騎士団で彼女を知らぬ者はいないのだろう。

 肉体の時間が止まっているのか、それこそ絵画から飛び出してきたような彼女に対し、歓迎する者はいない。

 むしろ、早急にこの世から葬ろうとしていた。


「なんだ。()()私を封印するつもりか?」

「…………」


 無数に斬り続けているのに、相手は構うことなく周囲を見渡している。


「だが剣士だけだな。この時代には奇妙な術を使うイカれた集団はいないのか」

「…………」


 やはり。

 はるか昔の伝記。シュテインリッヒ国を魔獣から救ったという偉人伝を語る書物を盗み見たことがある。

 エリザヴェーテに関する記述だ。それによれば、国は彼女の身体を()(しろ)に、魔獣をその身に封印したらしい。

 潜入当時は解析が進んでおらず、その情報が生体型デバイスに結びつかなかった。だから頭の片隅においている程度だったが。

 もしその魔獣が、彼女の死後も「封印の器」として機能していたのだとしたら。


『――打つ手がない』


 ソンツォがリーレニカの代わりに弱気なことを言う。


『本当は奴が復活する前に現代のデバイスで封印しないといけなかったんだ』

『私がなんとかします。解析を続けてください』

『もう丸裸にしてるッ。見ての通りだ。弱点もなけりゃ封印を再現する方法がない』

『再現? どうやったの?』

『昔、宮廷魔術師っていう封印術が扱えるオカルト連中と、「自分の意志で生贄になる」イカれた奴が偶然揃って封印できたんだ。な? 打つ手がない』

『それ以外に方法はないの?』

『……現実的じゃないが、あの王女様のマシーナを根こそぎ分解して、鉄の塊にでも閉じ込めて、地中のはるか底に埋めるしかねえよ』


 近くにいたアルニスタが衰弱した様子で口を挟んだ。


「マシーナなら……分解できる」


 体を大蛇に乗っ取られていたばかりの彼は、マシーナを介した会話がおおよそで理解できるのか、耳打ちをするように言った。


「ラグナを撃った砲台がある。対レイヤー伍撃滅兵器だ。今は放熱中だから、再装填(リチャージ)までの時間を稼ぐ」

「再装填の時間は?」

「一時間」

「無茶よ」

「やらなければならない。さもなければ」


 震える体で立ち上がる。


「守るべき子どもたちが死ぬ」


 アルニスタの弱々しい声をよそに、エリザヴェーテが口の端を吊り上げた。


「久しぶりに外界に出たんだ。余興を楽しませてくれるというなら付き合うぞ」


 エリザヴェーテが手をかざすと、頭上に光輪が構築され、どす黒い液体を閉じ込めた球が浮かんだ。

 耳飾りの振動により警告音が伝わる。


『悪性マシーナ反応――オーバー百パーセント』

「あれは……マシーナ・コア!?」

『コアじゃない。さっきの力を具現化したようだ』


 白銀の世界で解析された情報は、「言葉一つで兵士に自刃を促したもの」と同じ成分が込められていることを示していた。


『あの水風船が割れると死ぬぞ』


「……〝(ふる)いの卵〟だ」

「ふるい?」

「昔の文献だが、肉体活動が停止する間際に、魂だけ近くの生物へ移して生きながらえる魔獣が一定数いた。だが肉体的、精神的弱者に移しても意味がない。だからあの卵で、先に弱い生物を皆殺しにする」


 アルニスタの顎に汗が伝う。


「弱者――つまり子供だ」

「発動条件は」

「わからない。それこそ広範囲なら一日かけて割るのかもしれないし、その気になれば今すぐにでも弾けさせることができるのかもしれない」

「球が割れれば終わりなのね」


 リーレニカは意識を白銀の世界に集中させる。

 エリザヴェーテの頭上に浮かぶ天使のような光輪から、随時(ずいじ)不気味な黒球(こくきゅう)へマシーナ粒子が供給されている。

 徐々に肥大化しているようだ。


『解析完了。破裂まで……()()()

「――――」


 仕留めるどころの話ではない。

 直ちに供給を止めなければ。


「〝(バタフ)(ライガ)(ーデン)〟」

「待て! 無策に――」


 アルニスタが止める前に、コウモリスカートはエリザヴェーテへ肉薄した。

 同時に無数の蝶が辺り一帯へ広がる。

 蝶に触れた者全員、何かを感じたのか目の色が変わった。


「総員! 市民を一箇所に集めるぞ!」

「不要な家屋を壊せ!」

「お前はシンと共に白札を連れて火薬庫に向かえ! 爆薬を積んでこい! ありったけだ!」


 リーレニカの背後で兵が慌ただしく散開する。

 構わずファナリスの動きに合わせてスペツナズ・ナイフを突き立てた。

 不可視の力で腕が止められる。そのままトリガーを引き絞ると、ブレードの射出を予見した王女は首を傾け、射線上のファナリスにナイフを流した。

 さすがの剣鬼もその程度は回避する。続けざまに回し蹴りを叩き込むがもう片方の指で止められた。


雑兵(ぞうひょう)が足掻く……何をするつもりだ?」


 エリザヴェーテは意地悪な笑みでリーレニカを見る。

 攻撃の手を休めなくとも関係なく、王女はリーレニカに興味を示しているようだ。

 ――〈伝達〉はうまく隠せた。

 リーレニカは、シュテインリッヒ国の騎士団にしか伝わらない戦争用の暗号を用いて、この後起こることを〈蝶〉を使って伝達した。

 内容は、「対レイヤー伍撃滅兵器の起動」と、「子供を自殺させる卵」の二つ。

 恐らく自分たちがいくら束になろうと、今のエリザヴェーテ王女を殺すことはできない。

 あれは生物の枠を超えている。

 ならば今やるべきことは決まっている。

 卵の破裂を一秒でも遅れさせ、早急に砲撃を王女へ叩き込む。

 兵はとにかく砲台の射線上にある市民を逃がし、障害物となる家屋を可能な限り取り壊したうえで、最大火力を届かせる。

 戦うしか能の無かった自分にできることは限られている。

 戦争兵器――生体型デバイスの奪取。


「ここで――()()を遂行する」

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