11話 造花店の意地
ミゲルの造花は娯楽用デバイスに分類されるだけあって、五感に訴える演出が際立つ。
生花と引けを取らない、精巧な作りをした多種多様な造花は、開花と共に粗い粉末――「善性マシーナ粒子」を振り撒く機構があった。
「まさか……あの嬢ちゃんの言った通りになるとはな」
街の窓辺に仮設した造花店ミゲルの花々は、「デバイス起動」の声紋認証を皮切りに、鉢植えから優雅に開花し――七色の粒子を展開した。
シュテインリッヒ国全域を、幻想的な光の粒が彩る。
阿鼻叫喚に染められていた狂気が静まり返る。
――リーレニカはリタを助けてくれたあの日、こう言っていた。
『いいですか。ミゲルさんの造花は決して貴族の戯れで終わるだけの陳腐なものではありません』
造花――娯楽用デバイスは、機人化を抑制するうえで有力なツールの一つだ。
『造花のデバイスは娯楽用に分類するだけあって、善性マシーナを花のカートリッジに仕込みますね』
『ああ……だけどよ、それだけだ。ストレスを抑制するだけで、怪物に見せたって機人化を治すわけじゃねえ』
『充分じゃないですか。娘さんのために作り上げた造花です。……馬鹿にしてきた貴族達を見返してやりましょう』
『なに?』
『カートリッジの噴霧量を最大にして下さい。それで――』
目の前の光景は、リーレニカの言っていた通りになった。
肉眼で見えるほどに凝縮し、造花から噴霧させた幻想的なマシーナ粒子。
正気を失った狂人達。機人の卵殻から生み出された機人モドキ。自分達へ振り翳した大爪。
全ての脅威が、造花の開花と共に活動を停止しいていた。
――カートリッジの噴霧量を最大にして下さい。それで。
――機人は人間を知覚できなくなります。
「俺は……なにを……?」
機械細胞の花粉に侵された狂人は、「善性マシーナ粒子」を吸入することで正気を取り戻し。
「機人の動きが――止まった?」
機人モドキは、「マシーナの感覚器」に頼るあまり、膨大なマシーナ粒子でミゲル達を見失い――停止した。
「……今のうちだ!」
まず動いたのは、貴族街を守るレイヴン隊の騎士達。
虚空を見上げる機人モドキの首は、今までの苦戦が嘘のように、驚くほど簡単に刎ねられた。
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東エリア、西エリア、南エリア全て、ミゲルの武装団体と騎士団の擬似的な共同戦線が引かれていた。
造花が建物の至る所で咲き誇り、善性マシーナ粒子をばら撒く。
「ミゲルさんの言った通りだ! こいつら見えてねえぞ!」
「卵はただ頑丈なだけのカプセルだ! 早く出してやれ!」
ミゲルの纏める武装集団が子供達を救出し、
「非武装の者は子供を連れて避難所へ逃げろ! 奴らは我々が仕留める!」
広大な平民区画は、ファナリス騎士団が脅威を掃討していった。
――ただ一つ、スラム街を除いて。
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南エリア――スラム街。
騎士団の手が及ばないこの区画は、元は開拓の進まない土地であり、自然と不法投棄の溜まり場と言える場所だった。
身寄りのない子供達や、職を失い行き場のない大人、高齢者が集い、いつの間にか最低限の生活をする区画――スラム街になった場所。
「全く。子供がいないからって、手薄にするのはあんまりじゃない?」
ワインレッドの長髪を一つにまとめた女性が気だるげに言う。
病的に白い肌と対照的なダークカラーのローブが、モデル体型のシルエットを強調させる。尖った帽子を被る姿は、妖艶な魔女のようだった。
魔女――ポーション屋のダウナは悪戯っ子のように笑う。
笑みの先に――夥しい〈マネキン〉がひしめいていた。
子供たちはすでに中央エリアに誘導されたのだろう。機人の卵殻は無い。
代わりに、怪物だけが異様に集まっていた。
造花の噴霧が行き届かない地域だが、窓も閉め切り物陰に隠れているスラム民は大勢居るのだ。
命のない怪物達にとって、ここは餌の溜まり場と同義。
ダウナは懐から口紅を取り出した。
「デバイス起動――〈魔女の化粧台〉」
紅い口紅を塗ると、言葉に続いて足元に幾何学模様の古代技術――魔法陣が形成された。
「〝悪い子は薪になーれ〟」
艶やかな声色が湿った空気に溶ける。
唇から光で形成された文字――ルーン文字が次々と生まれると溶け、次の瞬間には機人の全身を蝕むように文字が纏わり付いていた。
デバイス起動と口にしたものの、現代技術――〝デバイス〟とは明らかに異なる現象だ。
文字は熱を帯び――赤く発光し――燃焼。
機人モドキのみを焼き尽くすそれは、敵の数だけ発動し、火の海になった。
――瞬きの後、敵の群れは一瞬にして灰燼へ還った。
「あとは任せたわよ。新人さん」
一仕事を終えたダウナは気怠げに、妖しく微笑んだ。
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国全域を満たすはずだった死のマシーナエネルギー。
その時を待ち望むアルニスタは、ただならぬ状況に目を泳がせた。
「どういうことだ……どうなってるッ」
彼の様子に、リーレニカが薄ら笑った。
「どうしました。想定外の事態になったようですね」
「……貴様の入れ知恵かッ!」
「貴方の馬鹿にしていた『娯楽用デバイス』よ」
「馬鹿な……あんな子供騙しで」
「用途が子供騙しだろうと、ミゲルさんの作った物は間違いなく一流よ」
「……この、人間風情がッ」
アルニスタが威嚇するように牙を剥き出しにする。
大蛇の血中マシーナに不穏な変化を感じた。
「擬態解除――〈ラグナ・ジェムナック〉」
デバイスを起動するような命令句を吐く。
かろうじて保っていた人間の上半身も崩れ、苦悶の声を上げながら長大に、さらに肥大化していく。
伸びた胴。成長していく体躯。家屋を薙ぎ倒す尾。
やがて――見上げるほどの大蛇へ変貌した。
「なんだよそれ。御伽噺でも見てんのか?」
突風で橙色の髪を乱すベレッタ・レバレッティが、アルニスタの変貌ぶりに呟いた。
御伽噺。太古に生息していたと言われる、高位生命体。
二本の長いヒゲ。長大な体躯を持て余し、硬質な立髪を背中に走らせている。大蛇の体にしては控えめな、しかし鋭い爪を生やした四本の手。
獰猛な肉食獣の笑みを漏らす度、口腔内に高熱の炎が溢れる。
あれは大蛇じゃない――白龍だ。
「俺が直々に手を下してやる」
マシーナを介して人語を操る龍は、低い声でそう告げる。不可視の力で突風を巻き上げながら、白龍は空高く昇った。
リーレニカ達に目もくれず、白龍はどこかへと飛び去っていく。
「貴様ら!」
どこからか声が近付く。アルニスタの変貌と、はるか上空へ飛んだ様子を遠くから見ていたらしい男の声だ。
艶やかな紺の髪に、端正な顔立ちの男。やや焦げた奇術師の礼服は、仮面こそ無いがスカルデュラ家の縁者だとすぐにわかった。
「ヴォルタスせんせーじゃねえか。おひさ」
裏切っていた賞金稼ぎのベレッタが悪びれもせずヴォルタスへ手を振る。
彼は構わず空を指差した。
「あれはどういうことだ!」
「どういうことも何も、せんせーだって〝アレ〟を知ってて陰からこそこそ見てたんじゃねーの?」
ベレッタの問いに「違う」とやや取り乱した様子のヴォルタスが返す。
「魔女が『黙って見ていろ』というから、アルニスタ様に加勢するタイミングを待っていればこれだ」
「魔女?」
ヴォルタスとベレッタが言い合っている中、リーレニカが呟く。
ベレッタといい、ヴォルタスといい、誰もが「魔女」を口にする。
――魔女の格好をしているのはポーション屋のダウナしかいない。
補足するように、耳飾りからソンツォの声がした。
『あの魔女はウチのメンバーだよ』
「ダウナ嬢が……?」
ソンツォの言葉を疑う。
この二年でダウナからそんな素振りはなかった。というより、組織のメンバーリストにダウナは確認できなかったのだ。
リーレニカは言い合う二人を前にしながら、少しばかり動揺した。