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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
第一章(一日目)
6/82

5話 殺します




「街中で機人(きじん)発症なんて。憲兵の管理が杜撰(ずさん)なのかしら」


 路地裏まで音を消しながら走り抜けたリーレニカは、改めて耳飾りのデバイスに手を当てた。

 淡く光る耳飾りに触れたまま、デバイス機能を用いて連絡を試みる。


「定時連絡、ソンツォ。こちらリーレニカ」

『はいよ、こちらソンツォ。お疲れさん。調子どう?』


 軽口を叩く男の子の声。同僚との通信は良好だった。


「この街では〝生体型デバイス〟の情報はありませんでした。ただ――」

『ただ?』

「街で機人(きじん)発症者が現れました。市民のストレス値が高く不安定な今、マシーナウイルスの洗脳作用を止める手立てが無ければ恐怖が伝播するうえ、小規模のパンデミックも避けられないわ」

『皆大袈裟だなあ。平静でいればマシーナウイルスは毒どころか金になるのに。ま、リーレニカにはまた隣国の入国許可証を手配してやるよ。ほら、兵器型デバイスを取り扱ってる「スカルデュラ家」とか、使用人になれたら何かと情報入りそうじゃね?』


 通信越しに、ソンツォがピザを一口食む気配がする。仕事中だろうがこの子供はお構い無しだ。


「そう、任務は続行というわけね」


 ――任務。


 リーレニカは生花店を営む傍らで、戦争の道具になり得る〈生体型デバイス〉の捜索任務を請け負っていた。

 どちらかと言えば、「生花店の方が副業」である。民間の諜報員稼業がリーレニカの本業だった。

 それをリーレニカの周りはおろか、フランジェリエッタさえも知らない。小さな店長も善良な市民の一人に過ぎなかった。


『花屋の嬢ちゃんは? いきなり姿消すと怪しまれるんじゃない?』


 リーレニカの脳内を覗き込んだように話題を出してくる。当然フランジェリエッタの事を言っているのだろう。

 リーレニカの勤めている生花店の、小さな女店長。

 二年間、あの店ではだいぶ良くしてもらった。暗躍が主だった自分にしてみれば、堂々と人に関わるような場面は一生来ないと思っていたくらいだ。それくらい、フランジェリエッタには恩を感じている。


「フランジェリエッタは――五日後に殺します」


 諜報員としての答えを口にした。

 殺す。

 天真爛漫で、首を捻れば簡単に壊れてしまいそうなあの子を。

 通信越しに、ソンツォの狼狽える声がした。


『早くないか? つっても、確かお前ら二年の付き合いになるのか。「妥当な期間は過ぎた」ってやつか? 人間味無くて好きだぜ、そういうの』

「茶化さないでください。私の生体型デバイスが彼女の殺処分を最適解としただけです。それに、この仕事は真面(まとも)じゃ務まらないと言ったのはあなたですよ」

『そんな事言ったっけ。でもまあ、その真面目さはある意味真面(まとも)なのかもな』ソンツォは独り言のように呟く。

「何か言いました?」

『いいや。あの子もリーレニカの〝本業〟に気付きかねないし、仕方ないね。生花店はどうするよ』

「店は適当な理由をつけて畳みますよ。彼女の遺族も大切にしていた店のようですから」


 彼女を殺すという事は、自分の存在を危険に晒すリスクも当然付きまとう。死体は勿論、死の瞬間に濃く現れる、「感情に影響されたマシーナの残滓(ざんし)」は大気中に滞留しやすい性質を持つ。とにかく処理が面倒だ。

 フランジェリエッタは人当たりがよく、彼女を気に入っている客も少なくない。「敵が少ない」と言った方が正しいか。商業区を取り纏めているミゲルからは敵視されているが。

 殺害から処理に至るまでの方法をいくつか検討していると、ソンツォが他人事のようにため息をついた。


機人(きじん)から助けた子を殺すって、俺だったら滅入っちゃうね。ま、殺すのは君のデバイス――Amaryllisくんが指示した事だから口出ししないけど。心は痛まないのかい?』

「くどいですよ。思い出話なんてする気も無い。マシーナウイルスは人の感情が大好物なの、知っているでしょう?」

『感情抑えるためのデバイスだっけか。餌やりも程々にな。あんまし心食わせてると、また懲戒処分が出ちまう。俺はまだ仕事続けてたいんだぜ。お前とはな』


 今日はやけに好意的な態度をとるソンツォに、少し調子が狂う。いつもなら軽口で「殺しの後のソーダが一番うめぇよな」とか言うくせに。彼の心根がリーレニカにはよく分からなかった。

 ただ、悪い気はしない。


「……過度なストレスを抱えたまま死ぬと、当人が機人(きじん)になりやすいですね。ソンツォの忠告通り、笑って死ねるまではあの子の面倒見ますよ」

『そんな忠告してねえよ』


 通信が途絶える。どうやら一方的に切られたらしい。

 改めてソンツォにフランジェリエッタの殺害を進言した事で、己の中でその現実味が増した気がした。

 だからリーレニカ自身、この思考が歪んでいると自覚していても、考えるのだ。

 ――これから五日間、どう過ごしてあげるのが彼女の為になるだろうか。


「商品ヲドウゾ」

「――ッ!?」


 気付けば、リーレニカの背後で語りかける何者かが居た。

 無意識にコウモリスカートの中に潜めたナイフへ指を滑らせる。

 迂闊だった。

 ――いつから後ろに居た?

 ――会話を聞かれていたのか?

 最悪、口封じをしなければならない。瞳に鬼気迫るプレッシャーを宿しつつ、振り返った。


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