5話 ワインレッドウィッチ
大地を焦がした〈ディアブロ〉の拳は、膨大なエネルギーをまともにぶつけたレイヴンごと、跡形もなく消し飛ばした。
「ここまで本気出すつもりはなかったが……そんだけの奴だったってことだな」
遅れて消失する黒剣を感慨深げに見るベレッタ。
その余裕な表情も、次に背後からかけられた声で固まった。
「街の修繕費って税金から出すんだよ。まーたうちの部隊の装具費削らなきゃいけなくなっちゃった」
振り返る。間違いなく、消し飛ばしたはずのレイヴン・フリートベルクだった。
「……あ? どうやって」
ベレッタを無視し、レイヴンは焼け焦げた痕跡を眺めて納得したように頷く。
「なるほど。マシーナの吸引と放出を繰り返し、対象の熱エネルギーを奪う。ディアブロ――氷獄の悪魔か」
「なんで生きて――」
言いながら、全身の魔装が歪に変形する。液体が沸騰するように骨の鎧が泡立つ。それでも目の前の事象を理解しようと顔をしかめた。
「マシーナの〈偽装〉……? いや、でもあれはマシーナ濃度も一致して」
混乱する頭をフル回転させると、一つの答えに至った。
高度な複製体。
古臭い技術で言えば、古の技術――〝錬金術〟が該当する。
古い文献を好むヴォルタスが自慢げに知識をひけらかしていたうちの一つ。
レイヴンに起きた事象は、「自立行動を成立させる土人形を作った」という錬金術師の話と酷似していた。
無理やり仮説を立てるが、自分が見た相手がそうだったとしても、気持ちが悪いくらいに完成度が高すぎる。
古い怪物であるドッペルゲンガーを用意していたと言われた方がまだ理解出来た。
「ありえない。即席で……人間を作れるわけ」
「人間なんて大層なもんじゃない。あれはキミから盛れたマシーナをこねくり回して作った、よく喋るだけの、僕そっくりの人形だよ。昔は人形師が夢だったんだ」
――あんなによく喋り、動く人形を即席でだと? そもそも今まで戦っていたのは人形だったのか?
レイヴンが軽口を叩く間にも、全身を覆う鎧が異常を示す。徐々にベレッタを取り巻く大気が冷え、関節が動かなくなり始めていた。
理解は後だ。ベレッタが間合いを詰めようとした時にはもう遅い。
とうとう膝から崩れ落ち、苦悶の声が漏れ出した。
「ぐ、ああッ――」
「あいつ、ネタばらしなんて要らなかったのに」
目の前で苦しみ出した水着パーカーの女を見て、レイヴンが鬱陶しそうにため息をつく。
リーレニカのマシーナを介した〈伝達〉は、ベレッタの核心を的確に伝えていた。
曰く、「悪寒を感じればそれが始まり」だと。
武の気配による悪寒と誤認するだろうが、それは血中マシーナに作用しはじめているのだと。
「生体型デバイスの特徴がよく出ている。相手が持つマシーナの吸引と放出が正常に行えないと、『代わりに体内でそれを完結』しようとするみたいだね」
マシーナ技師よろしく半機人化した女の状態を観察する。
「僕の人形――作り物のマシーナを吸ったって、デバイスを起動するエネルギーには変換できないよ」
自分が優位になると、少年は得意げに語った。
「〝ブラスト〟――放出ってのは、使用者と相手のマシーナを無理やり循環させて、対象を焼却または冷却する機能だね。機人化したのは、人間の……キミの体からマシーナを奪わせないためかな」
悠々と語りながら、ベレッタが次第に凍結していく様を見て更に確信を得る。
「宝玉のどデカいマシーナ総量と、僕のマシーナをやり取りさせるのが目的か。だから機人化は副作用ってところかな。器用なのは、インパクトの瞬間に相手の体からマシーナを取り込んで、使用者の凍結現象を中断させるところか」
次々とディアブロの機能を言い当てていくレイヴンを前にしておきながら、ベレッタは一向に手を出せないでいる。
「でも相手がいないと、宝玉の吸収先は自分自身になるみたいだね。凍結――マシーナの命令式が止まらないのは、機能を果たすまで持続する常駐型だからかな」
ゲストユーザーの夜狐に提供されたタネは、口先では要らないと言いながらもやはり速攻で勝負を決めるには十分な材料足り得た。
マシーナの〈伝達〉によりイメージを共有されたレイヴンは、ベレッタの兵器型デバイスの仕掛けからこの状況になるよう絵を描いていた。
ディアブロという宝玉は、マシーナを介して影響を与えた個体からマシーナウイルスを吸収する。ならば、小突くだけで簡単に霧散する複製体を破壊させればどうなるのかと。
レイヴンの想像通り、人形と拳の接触面では薄いマシーナを取り込んだ。ただし、すぐに弾けた体から解放されたマシーナウイルスは、吸収の対象とならず大気中へ霧散した。
衝撃波を通して破壊した黒い槍と異なり、複製体は破壊される前に自壊するようプログラムしていた。
「本来は相手を焼却し、自分諸共周囲を凍結させる。確かに、有効に働けば道連れ用のデバイスだね。ビビって歯止め用のデバイスもつけちゃったのが裏目に出たってところかな。自分の凍結を勘定に入れてないから、こういう場合は自滅になるわけだ」
「この……くそ、や」
肉食獣の形相で振りかぶった爪は、レイヴンに届く直前で完全に凍結――停止した。
荒々しい速度で氷像と化したベレッタは、余波で氷の粒を撒き散らしながら尚も闘争心を内包したまま固まっている。
「でもよかったね。もし今の放出が焼却じゃなくて冷却だったら、今頃アンタは火だるまだ」
物言わぬ氷像に背を向けると、レイヴンは次の戦場を目指した。
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氷像を残し、援護を画策していた夜狐も消え、今度こそ人の気配が消えた広場。
気怠い歩調でブーツを鳴らす女は、氷像――ベレッタの前まで来ると、ワインレッドの長髪を鬱陶しそうに払った。
「これまた綺麗に凍ったわね」
尖った三角帽を被った魔女の装いで、病弱な白い細腕がベレッタの好戦的な顔を撫でる。
触れた指は一瞬で熱を奪われるが、気にせずに輪郭を確認するように滑らせていく。
「この感じだと、解凍には放置して一年くらいかしら。でも近場の兵が回収に来るだろうし、三十分は見たほうがいいんでしょうね」
ポーション屋の魔女――ダウナが、兵も付けずに一人で悪魔の氷像を好き放題に触っていた。
次に、牛の頭蓋骨へ手を置く。
「ほら、起きなさい賞金稼ぎ」
掌が紅く発光――高熱を帯びた。
接触面から、熱が氷像の全身へ伝播する。
蒸気が激しく噴き出すと、二人を覆い隠し――ベレッタの氷像が瞬く間に溶解した。
体内のマシーナを宝玉に与えたせいで、マシーナ欠乏症を起こしたのだろう。善性マシーナ自体がそもそも吸引されたせいで、悪性にすらならない空っぽの状態となったベレッタは、氷像から解放されるも気を失っていた。
「どこまで世話を焼かせるつもりなのかしら」
懐からガラス瓶に詰めた、光の粒――善性マシーナポーションを取り出すと、ベレッタの口元へ当てる。
光の粒を流すと、嚥下するように喉が上下した。
魔女は怪しく笑う。
「まだあなたの仕事は終わってないわよ」




