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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
最終章

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58/82

4話 黒鳥の錬金術師




 レイヴンの立っていた位置は既に戦闘の傷跡がいくつも刻まれていた。

 〈魔装〉を顕現させたベレッタは一瞬で勝負を決めようとしたらしく、路上とは異なり、傷一つ負わない少年を前に眉根を寄せる。

 全身を機人の外骨格で覆っている水着パーカーの女は、同じく白を基調としたパーカー姿の少年が何をしているのか把握する。

 少なくとも、夜狐を相手にした時とは異なる体の使い方だ。


「野郎」


 舌打ちする。認めたくはないが。

 ――マシーナ操作が段違いだ。

 ベレッタの魔装――〈ディアブロ〉は、見た目通り「機人の特性を肉体に降ろす」システムだ。

 牛の頭と人間の体を接合した悪魔の姿。その実、身体能力で言えば人類と比べるまでもない。

 強化兵士である夜狐でさえ、一対一の場面では攻め手すら許さなかっただろう。

 それを踏まえても、目の前の少年は人の身でありながらいまだ傷一つ付けられていなかった。

 今でさえ、ベレッタの間合いギリギリを維持している。

 レイヴンは距離をとったまま、友達に話しかけるような気軽さで笑いかけた。


「面白いデバイスだね。手甲(ガントレット)は兵器型だけど、宝玉が生体型の化石を加工してるんだ」

「なにその『分析してます』感。キモいんですけど。いい気になってんじゃねーよ」

「あーごめんごめん。だってキミ、あんまりにも……」


 レイヴンが黒髪を撫で付け申し訳なさそうに笑った。


「弱すぎて」


 二人の間合いが潰れた。

 まずはその煩い口を抉り取る。

 興奮した双爪が交差するように引き寄せられると、レイヴンは平素な顔で上体を逸らした。

 余裕そうな顔が固まる。


「ん?」


 後ろに引けない体と、腰の違和感に気付いたのか視線を向ける。

 ベレッタの尾が力強く少年の細い腰に巻きついていた。


「捕まえた」


 ベレッタが口を裂いて笑う。

 鋭利な爪が弧を描き少年の首筋へ吸い込まれる。

 虚空で弾かれた。

 機人の感覚器を持つベレッタは、肉眼から皮膚にいたるまで、全身でその正体を知覚した。

 地中から自生した植物のように、さも当然のように二人の間に割って入った無機物。

 ――今度は鋼鉄の槍か。

 この少年は、虚空から手品のように武具を生み出している。

 待機中のマシーナ粒子がレイヴンの指揮に従うように一点に集うと、即時イメージを再現(トレース)しているようだ。

 更に。


「何かしてるな、コイツ」


 上空から絶えず(カラス)の羽が舞い落ち、地に触れると煙となって散る。


「知りたい?」

「キャハ――どうでも」


 どうせどれもあの小僧が仕掛けた小細工だろう。

 そう見切りをつけ、再び距離を詰めた。



     ****



 ベータ――もといソフィアは、どうしても見捨てて逃げることは出来ず、とはいえ足手まといになる自覚はあったため、レイヴンの様子を建物の陰で見ていた。


「信じられない」


 端的に言えば、レイヴンはレイヤー()を相手取る能力が充分にあった。

 自分とリーレニカが二人がかりで――ダメージによるハンデはあっただろうが――死線に立たされた相手だ。

 それを。

 全て創造物でいなしている。

 端的に言えば、少年がポケットに手を入れておきながら、ベレッタの射程圏内に一歩も近づかせないのだ。


「……どんだけ出すんだてめえ」

「あんたが機人でいる間はずっとやるよ」


 すでにレイヴン団長の周りには、無数の「黒い兵器」が大地から生えていた。

 いくら機人の膂力(りょりょく)に頼った高速移動を繰り返そうと、黒髪の少年は正確にベレッタの位置を補足し、足元から槍や刃を鋭く生み出す。

 例えば、国家重要資材を隠す宝物通路には侵入者を容赦なく襲う落とし穴や、毒矢を仕込むといった「罠師」の施しがある。

 齢十五の少年団長が目の前で具現化しているものは正しく「罠師」の芸当だった。

 決定的な違いがあるとすれば、「仕掛けの所要時間」が極めて短いことにある。


「実際目にするのは初めてだけど……」


 ソフィアは物陰から支援を伺いつつ、その隙すらない状況で魅入っていた。

 剣鬼ファナリスと対を成す神童がいると噂では聞いていた。夜狐の部隊員となったソフィアも、戦う姿を見たことがないため今の今まで信じてはいなかったが。ここにきて噂に尾ひれがないことを知る。

 マシーナ史指折りの天才剣士。レイヴン・フリートベルク。


「本当だったなんて」


 考えたことはある。

 屈強な男達や、改造兵の集うレイヴン隊を率いる団長はただの少年であるが、細いシルエットの彼がどうやって兵士と肩を並べているのかと。

 肩を並べる所ではない。

 御伽噺で聞いた事がある。昔、(いし)ころから(きん)を生み出す怪しい術を使う者がいると。

 目の前の少年は、言わばマシーナを媒介とし、無数の刃を創造する錬金術師(アルケミスト)だ。

 悪魔の鎧に浅い傷を負いながら、自動修復するベレッタが高揚している。


「剣鬼の弟って言い張るだけあるな」

「あんな出来損ないと一緒にしてほしくないね。なんでみんな『剣鬼の』って枕詞(まくらことば)つけるんだか」

「ベレッタはお前より剣鬼と殴り合いたいけどな。不意打ち食らったのまだ返せてねえし」

「あっさりバラバラにされておいてまだ懲りてないの?」

「あー。実際お前にはまだ魔装のひとパーツも剥がされてねえからな。やっぱ本物とヤリたいわけ」

「ふーん。なんかあんた戦闘狂ぶってるけどさあ」


 レイヴンは風で煽られた髪を撫でる。


「本当の目的はなんなの?」

「あ?」

「クソ兄貴襲うフリしてたけど、うちの部下狙ってたよね。興奮してマシーナダダ漏れだったよ」

「どいつもこいつもマシーナに敏感なことで。ベレッタのタスクはクリアするほど金が入るんだよ。見たとこお前団長なんだろ? さっき逃がしたあの女狐(めぎつね)、うちの雇い主が買ったスパイだぜ」


 唐突に部下の裏切りを突きつけられたレイヴンはしかし、特に表情を変えなかった。


「それで?」

「……あ?」

「スパイって、僕の部下がスラルデュラ家に情報を流したこと言ってる? もしくはそれっぽい市民に罪をなすりつけようとしたこと? 兵舎のデバイス妨害装置を一時遮断したこと? 得体の知れない一般人に夜狐の仮面を貸したことかな?」


 次々と並べる団長の言葉にソフィアが目を見開いた。

 ――気づいていたのか?

 ベレッタも同じ反応を示した。


「はあ? 全部知ってんのか?」

「団長だからね。部下のことは把握しておかなきゃ」

「だったらなんで泳がせてんだよ。こんだけ無茶苦茶になってんだぞ」


 自分で言うことかと思ったが、レイヴンは肩を竦めて答えた。


「すぐに捕まえちゃうと、うちの子たちって容赦ないからすぐ尋問するんだよ。あの子もどうせ敵対勢力はまだ全部教えてもらってないだろうし、なーんか毎日思い詰めてる感じだったから、様子見てたんだよね」


 レイヴンは「それに」と続けた。


「『僕にバレた』って君たちが気づいたら、今みたいに即殺しにくるでしょ。手の内を隠す口封じのつもりなのかな」

「なんだ? うちらがあの女と仲間じゃないってのも知ってんのか」

「マシーナ反応に余裕がなさそうだったからね。僕たちを裏切るなら『バレること』に余裕がないのはわかるけど、もっと『別の何か』を気にしてそうだったからさ。なんとなくキミたちの良い駒にされてそうだなーって思っただけ」

「気持ち悪いくらいお見通しだな」

「ああ。天才だからね」


 レイヴンは偉そうに鼻で笑っている。


「で、そこまでわかっておいてまだアイツを庇うわけ?」


 ベレッタの全身装甲が修復され、更に強固になる。レイヴンは変わらずポケットから手を出さず、悠然と言い放った。


「僕の大事な部下なんだ。殺させるわけないだろう」


 言下、次々とマシーナ粒子が結合し、レイヴンの前に浮遊する五本の「黒剣」が完成した。

 ソフィアもあの剣にはすぐ気づいた。

 レイヴン隊に支給される兵器型デバイスだ。


「兵器型デバイスも作れるのか?」

「まあ、ちゃんと扱えるのは僕くらいだろうけど」


 不可視の力で浮かぶ黒剣が傾くと、切先がベレッタに向いた。

 ポケットから片手を抜き、ベレッタに向けて手を広げる。


「デバイス起――」

「素材が集まったな」


 悪魔がいやらしく笑う。

 レイヴンの力を解放する前に、水着パーカーの女は右の拳を眩く輝かせた。

 生体型デバイスの化石――宝玉が異質なマシーナ反応を示した。


「――な」

「〝集まれ(チャージ)〟」


 左拳を地に沈めると、鈍い衝撃波が広場を駆け抜け、ベレッタを中心に引力が発生する。

 物陰にいたソフィアも思わず外壁に体を押し付け耐えた。

 それは間合いを強制的にゼロにするものだと認識していたが、改めて見るとこの現象は副作用なのだと悟る。


「槍が……溶けた?」


 レイヴンの生み出した武具は、一度作り出すと自然消滅はしないのだと思っていたソフィアだったが、ベレッタによってその考えを否定された。

 鋭く突き立った槍の草原。それぞれが先端から崩れていき、マシーナ粒子へと還っているように見えた。

 おそらく崩壊を逃れた「黒剣」と比べ、槍は量産するために練度に拘っていなかったのだろう。

 粒子状となったそれらは、ベレッタの拳に次々と集約されていく。

 体に張り付いた悪魔の骨が刺々しく肥大化した。


「化け物め、使いやがったな」

「キャハッ。変なマシーナだけど馴染むね。いい感じいい感じ」


 腕を大きく回し、肉体変化を確かめるように数回跳ぶ

 瞬いた瞬間、レイヴンの眼前に悪魔の眼窩が広がった。


「――!」


 ベレッタの移動跡に遅れて槍が直線上に連鎖する。当然空を切り、レイヴンは初めてその場から大きく後退した。

 同時に五本の黒剣が脅威の元凶を断ち切ろうとそれぞれの軌跡を描く。

 黒い軌跡が尾を引く。悪魔へ降りかかる不規則な五つの斬撃。

 ベレッタは五本の猛攻を軽々と潜り抜け、レイヴンにびったりと貼り付き続けた。想像を裏切る機動力を前に、レイヴンが驚いた顔をする。

 既にべレッタの間合いだ。


「〝ブラスト〟」


 固く握った右の拳――白い宝玉が起動句に反応し、背筋を凍らせるようなエネルギーの塊が凝縮される。

 エネルギーは灼熱となり、手甲全体を紅くする。


「ああ。最悪」


 レイヴンの悪態を聞いて、本当に手がないのだと悟る。

 既にソフィアが介入できる次元ではなくなっている。

 それでも踏み出そうとした頃には、ベレッタの拳からマシーナのエネルギー体が炸裂していた。



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