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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
最終章

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3話 一騎当千の策




 リーレニカはファナリスの走らせる白馬の後ろで、つい心配そうな声を出す。


「彼に任せて大丈夫なの?」

「あいつは私の弟なんだ。単純な力比べであいつと肩を並べられるやつはいないだろう」


 騎士団にも派閥があることは知っていたが、剣鬼の弟が団長を勤めていることまでは調べていなかった。

 あそこまで横柄なやり取りができていたのはそのせいかと納得してしまう。


「それより、なぜレイヴン隊の格好をしているんだ?」

「先ほど申し上げたとおり、非番で急遽」

「ああ、取り繕わなくていい」


 ファナリスが実に清々しい顔で言う。


「生花店のリーレニカなんだろう?」

「……え?」


 突然の問いに、不自然な間を作ってしまった。

 これでは仮にハッタリだったとしても、自分がリーレニカだと自白したようなものだ。

 まだ誤魔化す余地はあるかと考えていたが、ファナリスが核心を持った声色だったため、その意思も抗いも薄れてしまった。


「その格好はあまり見ないからな」


 格好とはつまり、このコウモリスカートのことだろう。

 戦闘用に加工した生地で織ったこの服は、決して隠密に向いているわけではない。

 だからこそ〈(とばり)〉を使い、自分が派手な動きをしたところで、コウモリスカートを着る花屋のリーレニカとは人物像が結びつかないようにしている。

 今でさえ狐面のデバイスを使い、漆黒のマシーナ粒子で全身を隠しているはずなのに。


「……見えるの?」

「――? なんのことだ?」


 ファナリスが要領を得ない返事をしてくるので、リーレニカは黙したが、違和感の正体に気づいて顔を上げた。

 彼は見えるんじゃない。

 逆だ。

 ――()()()()()()()()

 リーレニカの確信を裏付けるように、自動音声がファナリスの情報を報告する。


『マシーナ濃度――アンダーゼロパーセント』

「……まさか」


 噂で聞いたことはあったが、マシーナウイルスが当たり前となった現代において実在するとは夢にも思っていなかった。

 ――〝レイヤー(ぜろ)〟。

 マシーナウイルスを拒絶する者。

 感染――共生しない、純然たる人間。

 体内に抗体を宿しているわけではなく、マシーナウイルスに嫌われた、ただのプレーン体だと言われている。

 故に、いくら「マシーナ粒子で姿を隠そうとも、マシーナウイルス自体が見えない」のだ。

 ファナリス・フリートベルクからすれば、今のリーレニカは透明なガラスに隠れているようなものだ。

 そうなると、今までのことが符合していく。


「最初は驚いたよ。スクァードとシンがあなたに斬りかかったかと思えば、騎士学園の兵を機人から助けてくれたのだから」


 ――あの時。

 〈(とばり)〉を纏ったリーレニカを斬らなかったのはそういうことだったのか。

 機人はマシーナを見る感覚器を生成するが、人間も似たような性質は少なからずある。

 最低限、正常値とされるレイヤー(いち)の人間は、視神経にもマシーナウイルスが干渉しているのだ。

 故に、リーレニカが最初に(とばり)を起動した時、騎士団の人間はリーレニカが「機人を攻撃する機人」に見えていたはずだ。

 その中で、ファナリスが唯一リーレニカを逃したのは、マシーナが見えないために、ただ見覚えのある生花店の少女として映ったからなのだろう。

 だとしても、普通の市民には見えなかったはずだが。


「安心してくれ。今までの行いは全て国民を助けるためだということくらいわかる。悪意の有無は見極められるつもりだ」


 この男は、リーレニカの底を見たのだろうか。

 少なくとも、空色の瞳はリーレニカから善意を汲み取った。だからこうして無防備な背中を晒している。

 何も言わないリーレニカに、ファナリスは続けた。


「隠したいのであれば意思は尊重しよう。ただし、あなたがこちらの味方でいることは大前提だと心得て欲しい」


 迷うことはない。

 リーレニカは自身の行動を振り返り、もう後戻りできないところまで来てしまったことを悟っていた。


「……この騒動はスカルデュラ家によるものです」

「心当たりがあるようだな」

「この国の全貌は知りませんが、機人症患者を軍事利用していますよね。そこに付け入ろうとしている人間が、デバイス製造の御三家にあたるスカルデュラ家の一人。アルニスタ・スカルデュラです」

「この国については捉え方の問題だが……この事態は今出ているレイヤー伍と関係があるようだ」

「レイヤー伍を発症した男性は、この事態の被害者です」

「……なにか事情がありそうだな」

「私は――彼を助けたい」


 リーレニカの思いに、ファナリスは神妙な面持ちで、


「無理だ」


 無情な答えを返した。


「一度機人に成った人間は元には戻らない。もし可能だとしても、本人が症状をコントロールするくらいだ。万に一つもありえないが、打開する別の策でもなければ――」

「…………」


 リーレニカは騎乗で揺られるまま、ファナリスの言葉を閉口して聞いている。

 リーレニカの沈黙が、否定の理由に説き伏せられたのではないと悟ると、ファナリスは空色の瞳を揺らした。


「まさか……できるのか?」


 重々しく閉ざした口を開く。


「……成功率は一〇パーセントもありません。策と呼ぶにはあまりに稚拙で、破綻しています。ただ、可能性はあります」

「条件は?」

「私と、二〇名――最低でも一〇名の〈赤札〉の兵士が必要です。団長のあなたに招集をお願いしたいところですが、どこも人手を割く余裕はないでしょう」


 本当は五〇名の兵士でも足りるか分からない。

 ただ、それだけの人員があればリーレニカの狙いはスタクに届く確信があった。

 とはいえそれを実現するにはあまりにも状況が悪い。

 暗い顔をしていると、ファナリスが軽い調子で返してきた。


「それだけでいいのか?」

「え?」

「私が二〇名の働きをすれば足りるのだろう?」


 何を言い出すのかと思ってしまう。

 冗談を言っている場合ではないと抗議しかけたリーレニカは、剣鬼から感じる混じり気のない純粋な本意に、思わず言葉を呑み込んだ。


「よかったな。その策とやらを教えてくれ。キミは気にせず、千人の兵を連れていると思えばいい」


 悠然と語る金髪碧眼の騎士は、驕りとも自信家とも異なる、声の力強さを見せた。


「知らないと思うが、私が膨大な平民区画の守護騎士団を任されているのは、この剣と共に一騎当千へ至ったからだ」

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