12話 皆殺しの設計図
地下通路は日常的な整備はされていないようで、びっしりと生えた苔も放置され、割れた石壁からちょろちょろと水が溢れている。
いくつかある入り口の一つからここに降り立ったようだ。一本道ではあるものの、中央に装飾用の柱を等間隔に建てた構造で、空間は広めに取られている。
どこか遺跡めいていた。
夜狐のデータベースの中にもこの地下空間の情報があることから、間違いなく国の指示のもと作られた場所のはずだ。
はやる気持ちを抑え、罠を警戒しながら道を急ぐ。
「『いかにも』な場所ね」
『このジメジメした感じ、わしは好きじゃ』
確かに、Amaryllisの感想その通りに、フランジェリエッタの反応があるこの一本道は不気味だった。
要人を通すために設けられていたのだろうが、それにしては必要な設備が不足している。
まず、ランプが無い。
普通は一定の距離に足元を照らすための照明器具を取り付けるものだが、メンテナンスをするほど利用頻度が高く無いのか、敢えてつけていないらしい。
だからと言って、真っ暗闇という訳では無い。
地を踏み締めたり、壁に手をつくなどすれば、接触面が青白い光を放つのだ。
その度に淡い光が通路の輪郭を鮮明にさせる。
刺激で発光する性質を持つマシーナウイルスなのだろう。それが通路全体に組み込まれているようだった。
まるで人の位置を炙り出すような機構。
「踏む力の強さで輝度が変化するのね」
『走っとるから余計に綺麗だの』
リーレニカはフランジェリエッタの生体反応が弱まっていくことに取り乱さないよう努めているが、当然相棒はリーレニカと温度差がある。
今だに、フランジェリエッタを殺すことに躊躇しているリーレニカ。その感情の変化を――マシーナウイルスの変質を、Amaryllisはエネルギーとして捕食することなく泳がせている。
今考えれば、ここまで感情が乱れているのは、途中からAmaryllisの「捕食」が止まっているからだと気づいた。
「ねえAmaryllis」
『なんじゃ』
「食べないの?」
『なんのことか分からん』
「私のマシーナよ」
『――にひ』
Amaryllisが楽しそうに笑う。
『知らなかったぞ』
「何が」
『お主が誰かに食べてもらいたい欲求があったとは』
「ふざけないで」
『そうムスッとするな。ほんの冗談だろう。わしは食いたい時にしか食事をせん。それだけじゃ』
「……迷惑だから、過食だけは絶対やめてよね」
今聞く事ではないと思い直し、これ以上問い詰めることはやめにした。
今は、任務にせよ自分の意思にせよ、フランジェリエッタのもとへ辿り着くことが最優先事項だ。
生体反応の弱まる原因がわからないが、場合によっては機人化の症状に繋がるリスクがある。
放っておく理由がないだけだと、自分に言い聞かせた。
「なんて長い通路なの」
思わず、小言を漏らす。
自分の口から出た言葉に、走る速度が少し落ち――止まった。
そして、尾を引いていた青白い光の足跡は、立ち止まったリーレニカの足元に収束する。
この現象で、疑問が確信に変わる。
『どうした』
「いや、なんというか」
――明る過ぎないか?
長い通路だとわかるためには、向こうまで届くほどの光量が必要だ。
だが照明器具はなく、やはりマシーナ由来の圧力感知による光源しか、この空間を照らすものは無い。
それが、リーレニカの視線のはるか奥で、幾つもの光が蠢いていた。
「兵士?」
『いや、残党じゃな』
「残党?」
『ああ。そういえばわしの自動音声切っておったな。まあ堅っ苦しい言い方すると、「二十の生体反応。タイプ〈司令塔〉」じゃな』
「あれ全部機人だって言うの……⁉︎ どうしてこんなところに」
『何を今更。見当は着いとるじゃろ?』
Amaryllisの問いを否定することはできない。
奥で漂うようにしている発光体の群れは、機人の凶悪な姿を不気味に映し出している。
それは、鋭い体毛を逆立てた、黒塗りの獣。四足歩行の狼を思わせた。
「…………」
頭ではわかっている。誰の仕業であるかくらいは。
フランジェリエッタが閉じ込められているであろう最奥の部屋。そこを守るように立ち塞がる狼の群れ。
だが、否定せずにはいられない。
「待って……だって、さっき全部崩したじゃない!」
『ステージ上の奴はな。人間の使う兵器型デバイスって奴は、全部が全部出し入れする必要はない。だからあれは放し飼いしている「残党」なんじゃ』
残党。役目を終えた兵器型デバイスの残りカス。
狼の群れは、つまり「使い捨てのデバイス」だ。
使い捨てにする目的はいくつかある。
一つは、使用者の痕跡を消すもの。リーレニカが使う、国に仕込んだ「ハリボテの開放」と似ている。
目の前のそれは、おそらく使用者とのつながりを隠すものではない。
ただ、持ち主の手に負えなかったのだ。
――あの奇術師め。
「本当、嫌になるわね」
思わず笑ってしまう。
通路は一つ。回り道も無い。あの群れと衝突は避けられないだろう。
『使うか?』
Amaryllisが何度目になるのか、相棒へ提案する。
フランジェリエッタの反応の弱まりが未だ止まらない。
死亡までの猶予は四十分と言ったところか。
「……使う」
出し惜しみは諦めた。
ただでさえ怪物の相手をするというのに、群れを成しているうえに、充分な回避スペースはこの通路では望めない。
Amaryllisはリーレニカの意思を確認すると、すぐに望んだものを作り上げた。
『フローチャート構築したぞ』
「ありがとう」
『実行するか?』
「当然」
『にひ。プログラム〈Amaryllis〉開始じゃ』
「……いくぞ。獣畜生ども」
水泡の弾ける音。白藍の格子線が一瞬にして通路全域を走り抜ける。
物質、肉体の内側を見透かす支援風景。白銀の世界が完成した。
Amaryllisの構築した手順通り、リーレニカは開口する。
「――〈|蝶庭園〉」
足元の光源すら覆い隠すほどの花畑が咲き広がる。花弁が散り、勢いで舞い上がった。
背中に生える蝶の翅が七色に揺らめく。
狼の群れはリーレニカの攻撃的なマシーナ反応を知覚すると、咆哮をあげた。
――相手は機人であれ、奇術師の作り出した偽物だ。
生きてはいない。悪意で突き動かされる〝死〟だ。
ならば容赦しない。
Amaryllisの古代獣然とした、純然たる攻撃性に身を任せる。
つまり、皆殺しだ。