4話 異なる戦場
動力を失った車からマネキンを遠ざけたスクァード小隊は、再びリーレニカの近くで背中合わせとなる。
ロングソードの兵器型デバイスを起動している彼らは、マシーナウイルスの感覚器を持つ機人にとって格好の的だ。
これで取り残された家族の安全は最低限保証されただろう。
とはいえ、全滅させていない現状で油断はできなかった。
「俺たち、戦えてたよな」
「なんか通じ合ってたっていうか」
学生兵は口々に自身へ訪れた感覚を述べる。
いくら意見を交わしても解に辿り着くことは無いだろう。
スクァード以外は。
「夜狐さん、もしかして今」
「無駄口叩くなんて余裕だな。訓練は思い出したか?」
「いや、というかこれは――」
これは訓練というより――〈青札〉の戦い方だ。
スクァードはリーレニカの目的を察したのか、その言葉を飲み込み閉口する。
リーレニカは飽くまで彼らを助けるボランティアに徹するつもりはなかった。
彼らは若くとも兵士だ。
身を呈して国民を守る使命を背負っている。
その自覚があるのは唯一スクァードだけ。
だが若すぎる上に階級も低い〈白札〉に大人しく従うほど、騎士学園の連中は大人ではない。
野心家のエネルギーと共に根拠のない自信が前に出過ぎている。
これでは無駄なプライドに殺されるだけだ。
『危ない橋を渡ったな』
『大丈夫。飽くまで勘を刷り込ませただけだから。組織の情報まで漏らしてないわ』
Amaryllisの心配はもっともだった。
リーレニカが起動したのはAmaryllisと使用者の感覚を繋げる〈同期〉に近い。
言ってしまえば、リーレニカの見る世界――戦闘経験と、スクァードのサポート経験をブレンドし五名に繋げるもの。
そして繋げる範囲は意識の更に奥底にある「勘」のみに限定する。
共有レベルに明確な線引きはなく、「言葉による情報共有を省略できる程度」を感覚で調整する。ここはブラックボックスだ。流石にムラがある。
しかしお互いの戦闘行為、連携を瞬時に組み上げられることは実証できた。
今リーレニカを含めた六名は「群れ」ではなく、意思系統を集約した「個」と成っている。
とはいえ教科書通りの戦闘ではない。
作戦も無ければ明確な役割も無い。
味方の弱点をカバーする橋渡しを全員で行なっている状態。
これは本来殲滅を担当する〈赤札〉と、衛生兵たる〈緑札〉を守る遊撃手――〈青札〉のやり方だ。
赤と緑がしないわけではないが、「戦況に応じて臨機応変に戦う」の一番手は常に青が担う。
スクァードは恐らく先輩であるシン――〈青札〉を良く見ていたのだろう。
リーレニカの「勘」とスクァードの「経験」がそうさせたのであれば、もう彼らにリーレニカの助けは要らないはずだ。
「まだ自信無さそうだな」
「いや、そんなことは」
「こっちも暇じゃない。ここでお前達に構っている間、本当は助けられた人間が死んでいくんだぞ」
「――――」
住宅街は未だ恐怖に晒されている。
化け物の通りとなったこの場所で、機人症の発症者がいない事は幸いだと言えるが。
反対にいつまでも産まれ続ける可能性があるとも言える。
こちらはリーレニカを含めても六人。
対して機人モドキはいつまでも出現を止めない。
他勢に無勢。
そして其々が化け物退治という成功体験をしたばかり。
震えが止まらないのは仕方がないが。
「――やってやるよ」
誰かが小さく声を漏らした。
スクァードの声だった。
「九時の方向。マネキン二体。三人で当たれ」
リーレニカも最後の支援を決断する。
彼らに足りないのは自信だけだ。これ以上時間は掛けられない。
「大丈夫。私が居る。前だけ見て」
****
そこからは着実に〈マネキン〉の数を減らしていった。
意外にも、途中からリーレニカの支援は殆ど必要とせず。
学徒の致命傷に繋がる奇襲に対してはスペツナズナイフで灰へと還しつつ、数回背中を守ってやると、彼らは互いの死角をカバーするようになった。
まず、手近なマネキン二体をスクァードが囮となりながら四人がかりで順当に。
横から飛び出してくる影には学徒一人が受け、囲む形で素早く。
首を異様に伸ばす個体には刀身へ〈電撃〉を纏わせ、麻痺した首を叩き折る。
兵器型デバイスの利点は生体型と異なり、基本使用者の血中マシーナを消費しないことにある。
ファナリス隊のロングソードは初回の起動にだけ柄へ仕込んだマシーナウイルスのシリンダーを消費する。
起動後は、機人の傷口から悪性マシーナを吸収し、エネルギーに変換する。切断効率を向上させたり、対象の動きを制限する命令式を起動した。
スクァードが夢中になって声掛けとアイコンタクトを多用し始めた段階で、密かに〈同期〉を切断していた。
「そろそろ……いいんじゃないっすかね」
何体の機人モドキを灰に還したか分からなくなってきた頃、スクァードも肩で息をしていた。
学徒四人も黙って頷く。
少なくとも機人モドキの出現が止まり、このエリアの安全は担保されたと確信していた。
「……」
未だにスクァードの下で動くことに不服気な顔をする少年がいる。
リーレニカは、学徒のうち威勢良くスクァードに反抗していたその少年の肩を掴む。
「お前たち学生兵とスクァードの違いが何かわかる?」
「な、なんだよ急に」
「彼は恐怖を隠そうとせず向き合ってる。蛮勇じゃなく、全員が生き残る方法を常に探している」
「そんなの」
「基本だって言うの? 言っておくけれど、あなたたちの心に影響したマシーナは嘘をつかないわよ」
学徒は狐面の施した〈同期〉で、ある程度スクァードの事を理解していたはずだ。
市民のために誰よりも早く死地へ飛び込み、自分の弱さを受け入れて学徒に背中を預け、それでも身を呈してマネキンの敵意を買う。
それは大物狩りの〈赤〉でも後衛の〈緑〉でも出来ない。シンの背中を追い続けたスクァードの――〈青札〉にしかできないことだ。
リーレニカは若い兵の瞳に緩みが浮かぶのを見ると、肩から手を離した。
「別に彼が模範解答とは言っていないし、『全部お手本として飲み込め』なんて言わない。ただ、あなた達が立っていない世界にいる人の見る景色くらい、見る目は持ったら?」
学徒も言い返す言葉は持ち合わせていなかった。ここで自尊心を振り回しても恥になるくらいは理解しているようだった。
スクァードは剣術で不安があるものの、観察眼は優れている。
もうここは任せて良いだろう。
リーレニカがスクァードへ振り向く。やや曇った丸眼鏡のままきょとんとした顔で言葉を待っていた。
スクァードの甲冑で覆われた胸部へ強めに拳を押し当てる。
「あとは任せるぞ。隊長殿」
「でも俺」
「色は飽くまで指標であって全てじゃない。シンの横で戦ってきたあなたなら、この隊を仕切るだけの実力はもうあるはずよ」
「でも――」
「ファナリス隊スクァード!」
あまりに煮え切らない態度に、思わず感情が出てしまった。
反響する声に背筋が伸びた赤土色の兵士は、自然、弱気な眉頭に力が入る。
「背伸びも萎縮も必要ない。今あるカードで市民を守り抜いて見せなさい。騎士団になったからには思うところがあるんじゃないの?」
問い掛けに言葉はなかった。
というより、目を見れば不要だと分かった。
スクァードは剣を握り直し、ややズレた眼鏡を戻した。
「……機人は目で見るワケじゃない! 常に二人一組で動くんだ! 一息で仕留める必要はないぞ!」
学徒もここまでの初陣で自信がついたのか、男らしい二返事が重なり、低く共鳴した。
リーレニカは密かに走り出し、振り返る時間も惜しみ、小さく手を上げる。
スクァードは小さくなっていく背中に気付くが、声の届かない距離だ。すぐに思い直し、反対方向へ駆け出した。
彼らは自分とは違う。彼らだけの戦場が残っている。
リーレニカの戦場も同じく、決まっている。
『なあ小娘』
「なに」
『途中からちょっと素になってたぞ』
「……うるさい」
Amaryllisの苦言には取り合わず、フランジェリエッタの居るであろうポイントへ急いだ。




