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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
第三章(三日目)

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19話 死ぬべきじゃない




 黒。

 上下左右全て何もなく、浮いているのか溺れているのかすらわからないほどに鈍った感覚。

 リーレニカは粘りつく暗闇の中、体が「黒」で塗りつぶされる感覚に支配されていた。

 己が何者かに作り変えられる不快感。

 意識を持ちながら、どこか現実離れしていて自分ではない虚無感。

 絶対的な存在によって機械人形にされていく感覚。


 ――「終わり」は、その瞬間だけ切り取れば皆平等に呆気ないものだ。

 何も成し得ず終わる。

 組織に入り、人を騙し、(おとしい)れ、時には見捨て、人でなしと罵られる。

 本当に最低な人生だった。


「――はは」


 乾いた笑いだけは一丁前に出る。

 笑う資格などとうの昔に捨てたと言うのに。

 あの子の祖母を殺し、あの子が一人で生きていけるまでは守ると誓っていたのに。

 守る力さえ充分に使うことは叶わず。

 いたずらに力に溺れ、そして人を傷つけるだけの存在に成り下がる。

 なんて無力な生き物なんだろう。

 ――〈あの人〉には到底なり得ない。


「死なないで」


 誰かの声がする。

 ふと、暖かい何かが体を包んでいた。

 動かない体を抱き上げられるような。

 粘つく闇から引き剥がされるような。

 この感覚には覚えがあった。

 とても寒い雪山。

 小さな女の子が縋るように抱きしめてくれていた時のことを。

 一筋の光が頭上から差す。思わず目を細めた。(うつろ)の中で、救いの象徴のような人影が手を伸ばしている。

 〝誰か〟の声が少しだけ鮮明になった。


「あなたは死ぬべきじゃない」

「――フランジェリエッタ」


 飛び起きると、辺りには誰もいなかった。

 夢を見ていたようだった。

 思考がまともになると、ここが崩落した武器庫だったことを再認識する。

 体が軽い。

 鼻血も止まり、血が乾いて固まっていた。

 擦り落とし、ぼやけた視界のまま立ち上がろうと床に手をつく。

 何かが指先に触れた。


「これは」


 弾道(スペツナズ)ナイフと、空のガラス瓶。

 いつか魔女(ダウナ)から購入していた持ち物だ。誰かが善性マシーナを投与してくれたのか。

 Amaryllis(アマリリス)のバイタルチェックを立ち上げると、正常値であるレイヤー壱へ回復していた。

 それだけではない。


「……」


 黒鉄(くろがね)でできた仮面。

 拾い上げると、機械特有の変形音を立てて立体に組み立てられる。

 狐の仮面になった。

 あたりを見渡すが、やはり人の気配はない。

 そもそも兵舎の中から入れるルートは瓦礫で潰されている。

 水着パーカーの女が逃げ出したであろう崩落穴しか、外界との通り道はなかった。


『起きたか』


 Amaryllis(アマリリス)が呑気な声で言う。


『それかっこいいな。お土産か?』


 先ほどまで機人化しかけていたというのに、茶化すように言ってくる。

 リーレニカは直ぐには応じず、スペツナズナイフのベルトホルダーを大腿部に装着した。

 そして躊躇(ちゅうちょ)せず、狐面を額に当てる。不可視の力でしっかりと顔に固定された。

 視界は半透明の黒いフィルターを通しているらしく、「ユーザー照合」の文字が浮かぶと薄緑の読込状況線(プログレスバー)が視界に映し出される。

 ゲージが最大まで溜まると、「ゲストユーザー」と表示され、夜狐のネットワークに接続できた。

 街の地図と兵士の位置情報、避難民の状況が表示されている。

 リーレニカは憑き物が落ちたように、口角を少しだけ上げた。


「さあ。プレゼントじゃないかしら」


 夜狐との戦闘で、ある程度この仮面の使い方は把握している。


「デバイス起動」


 仮面から歯車の回る音がし、全身を黒い蜃気楼が覆った。

 兵器型デバイスにカテゴリされるこの仮面は、体内ではなく大気中のマシーナウイルスを取り込み、循環させることで「黒い蜃気楼」を体表に纏わせることが出来るようだ。

 仕組みは〈(とばり)〉と似ているが、血中マシーナを消費しない点で優れている。こちらの生体型デバイスと相性が良かった。


『残り十二時間』

「え?」


 蝶の耳飾り――生体型デバイスの自動音声に反応する。それを問いかけと捉えたのか、生体型は夜狐の視覚フィルターを通して文字情報を展開した。

 〝抹殺の遂行〟まで、残り十二時間――と。

 それはフランジェリエッタを「消す」までの執行猶予だった。


「…………そう」


 会話ではなく、自分を納得させる様に応える。

 この狐面を託した者は、感情を殺していた自分に言葉ではないメッセージを残したつもりなのだろう。

 残された仮面に言葉はなくとも、求められたことはわかる。

 自分のすべきこと。


 ――戦うんだ。あの子のために。




 第三章――了。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

良ければページ下部(広告下)より【★★★★★】と、『ブックマーク』いただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こごまでの感想じゃ。バトルがかなり面白かったのじゃ!Amaryllisの言う通りにして、殺せばこうはならんかったじゃろうに、自分の「誰にも死んで欲しくない」という気持ちが強く出るリーレニカ…
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