16話 機人化
「デバイス起動」
リーレニカの手に収まる兵器型デバイス――黒剣が唸りをあげる。
薄紫色のオーラが刀身を覆った。
兵器型デバイスの利点は、使用者の体内マシーナを消費する事なく武器を強化できる点にある。
比較すると、意思を持つ生体型デバイスは本能的に使用者の意識を乗っ取ろうとするが、兵器型にそのきらいは無い。
正直、蝶庭園を起動する余力はない。精神をすり減らした状況。起動すれば最期、この体はAmaryllisの衝動的な精神支配欲に食われるだろう。
今は有り合わせで切り抜ける。
一瞬感情的になっていたリーレニカだったが、それも最初だけで、無駄な興奮を削ぎ落としいつもの調子に戻った。
『ベレッタ。ターゲットは居たか?』
「せんせー気安く話かけてくんじゃねえよ!」
姿は見えないが、気取ったような男の声が誰かに呼びかけているようだった。
名前を呼ばれたのか、水着パーカーの女――ベレッタは声に苛立ちを滲ませる。
「見えるか?」
ベータが視線を向ける事なく呟く。
謎の男の声に対して訊いているようだ。
「いえ、気配は無いですね。『デバイスを阻害するデバイス』は?」
兵舎に常駐させている妨害デバイスを指摘され、一瞬リーレニカへ顔を向ける夜狐だったが、直ぐに正面へ視線を戻す。
「先の爆発で機能していない。お前が黒剣を使えているのがいい証拠だ。セキュリティシステムが死んだんだろう」
「じゃあマシーナウイルスに〈伝達〉の命令式があるのかと」
「なら罠も仕掛けられるだろうな」
「そう思わせるための演技かもしれません」
二人の会話には全く興味がないようで、ベレッタは両手に禍々しいオーラを纏うと、膝を曲げた。
「これからだよ。見学したいなら勝手にしな。ただし邪魔すんじゃね――ぞ、っと!」
一度タメを作ると、リーレニカとベータの間へ跳躍。二人は目を見開く。
予備動作を知覚した後、結果の到来が予想以上に早い。
身体強化の機能が備わっているのか。
ベレッタは逆立ちの要領で旋回し、蹴り上げる。鼻を掠めるも寸でのところで後方へ跳んだ。
観察するに、脚に有効射程を拡張するようなマシーナ反応はない。
直接打撃系統か、と結論づける。
察するにあのデバイスは、一見すると高速打撃を可能にする身体強化系だが、それは核心をとらえていない。単純に水着パーカーの持つポテンシャルによる芸等だろう。
本領は、高速打撃を隠れ蓑にしつつ、マシーナエネルギーを蓄えた後に放つもの。
膨大な出力を留め一撃の下に沈める、所謂『チャージ&ファイア』だ。
ならば対処は困難ではない。相手の間合い。その外から戦い続ければ良いのだから。
更にこちらは即席とはいえ二人。数的有利を取れる上に死角を取り続けられる。
――と。
「つれねえな。もっと寄れよ」
ベレッタが唐突に地面を殴り抜く。
衝撃と共に、水着パーカーを中心に「引力」が生じた。
夜狐、リーレニカ両名が無条件に衝撃の中心へと引き摺られる。
「な――」
たまらずAmaryllisに〈同期〉を指示する。
視界が叩かれた硝子のようにヒビ割れ、水泡の弾ける音。すぐに白銀一色に塗り変わる。
体内の偽善性マシーナが消費されていく感覚を無視し、引き寄せられる体の正体を探した。
『あいつ。雑な使い方しよるな』
Amaryllisの言葉にリーレニカも同意する。
水着パーカーの両手に嵌められた手甲。あれはただの兵器型デバイスではない。
厳密にいえば、生体型デバイスに該当する。
便宜上〝意識のない生体型デバイス〟というべきか。
「ディアブロ。〈双腕〉」
水着パーカーの女が奇妙な起動句を口走る。
直後、金属を擦り合わせたような不快な音が鼓膜を震わせ、皮膚の内側を掻きむしられるような不快感に襲われた。
それが手甲の生体型デバイスを指しているのだと知ったのは、強烈な衝撃波が二人を襲った後だった。
****
鈍い衝撃音が武器格納棚を振るわせ、漏れなく瓦解させる。
立て続けの落下音と亀裂の入る地下施設に、照明が数回明滅を繰り返した。
水着パーカーの女から放たれた衝撃波は、インファイターである彼女の不得意分野を打ち消すための戦闘スタイルの一つだったらしい。
推察するに、間合いの拡張。無差別な全方位攻撃。
だが連発できる代物ではないだろう。
「やっぱこれっぽっちじゃ大した出力じゃねえな」
ベレッタが地へ沈めた拳を引き抜く。湿った土塊が拳から振り落とされた。
それよりもリーレニカは気になることがあった。
「まさかデバイスを違法改造して――」
臓腑を震わせるほどの衝撃に、平衡感覚の狂いを覚える。リーレニカは頭を抑えて平静を保とうとした。
表面上だが、相手のデバイス機能を理解した。
左手の黒い宝石はマシーナウイルスの〈吸収〉を有し、右手の白い宝石は〈放出〉を司る。
二対一体の生体型デバイスだ。
だがリーレニカの目には、生体型デバイスにあるべき「所有者のマシーナウイルス消費」が認められない。
おそらく、兵器型デバイス――〈手甲〉に無理やり生体型デバイスを癒着させている。
戦争がまかり通る現代において、禁忌とされる技術の一つだ。
大きく息を吐いて、無理矢理自身を奮い立たせる。リーレニカは水着パーカーの女を睨んだ。
「あなた分かってるの? そんな不安定な方法で生体型を改造して、もし暴発でもすれば」
「『国一つぶっ飛ぶ』って言いてえのか? 傑作だな。戦争はルールブックに従うごっこ遊びじゃねえんだぜ」
ベレッタはキャハハとバカにするように笑う。
「てめえこそ、そんなすげえモノぶら下げておいて使わねえなんて勿体無くねえのかよ?」
「今は必要ないわ」
「使わずに死んじまったら馬鹿みてえじゃねえか」
「聞こえなかったの? 必要ないと言ったの」
「……そんなおもちゃでアタシに勝てるつってんのか?」
「さっきからそう言ってるのだけど。あなたもしかして馬鹿なの?」
「……へっ」
ベレッタは楽しくなさそうに笑う。
「殺す」
先ほどまで軽い態度だった者から発せられる低い声。
この瞬間、挟み撃ちが成立していると同時にベータの血中マシーナ異常を察知していた。
おそらくベータが戦闘に参加し続けるには限界がある。
自分で夜狐に与えたダメージが、この局面で裏目に出たらしい。リーレニカは不都合の連続に肩を落としながらも、決定打にのみベータの介入ができる展開を計算していた。
――と。
何かが破砕する音。ベレッタが怒りに任せて地を踏み抜いたのか。とにかく、わかりやすく挑発に乗った。
リーレニカは薄く笑う。狙い通りの展開になったから――だけではない。
死に際に立っていたからだった。
『警告。下方――』
すでに目の前を鋭い大爪が通過している。
Amaryllisの自動音声も、白銀の世界に表示された予兆すらも置き去りにし、ベレッタは驚異的な速度で間合いを詰めていた。
勘に任せて上体を逸らせていなければ、顎から額にかけて、鋭利な爪によって削り取られているところだ。
死の淵に立っていたことを自覚し、笑ってしまう。
面白くもないのに口角だけは吊り上がっていた。
冷や汗が頬を伝う。
「――爪」
息を忘れていたことに気づき、呼吸のついでに出た言葉が目の前の〝変異〟。
さっきまでは確かに存在しなかったソレに、リーレニカは遅れた理解で目を丸くする。
あれは機人の――『マネキン』の手だ。
「本当は『剣鬼』に使いたかったんだが」
ベレッタは残念そうに――しかし愉快そうに笑う。
「試運転はしとかねえとな」
顔に禍々しい痣が浮かぶ。
三日月を幾重にも重ねたような痣。
既視感。
まるで――レイヤー肆を見ているようだった。
白銀の世界でもその変異を捉える。
ベレッタの胸の中央――透明な宝石の中に黒い粘性の液体が沸き上がる。
マネキン特有の赤い宝石とは様子が違った。
『マシーナ・コア反応を確認』
Amaryllisがリーレニカの推測は間違いではないことを知らせる。
「まさか……機人? にしては」
「安心しろよ。人間はやめてねえから。ちょっと機人の畑に足突っ込んだだけだ」
ベレッタの不敵な笑みに、リーレニカは嫌な汗が滲むのを感じた。




