15話 水着パーカーの女
未だ断続的な振動が止まない。
『高濃度マシーナ群による多重爆撃を検知』
とどのつまり〈ピエロ〉の群れがこの建物を襲っているわけだ。
どういうきっかけで、何者がそうしたのかは皆目検討がつかない。
心当たりといえばアルニスタであるが、一度対峙した時点でマーキングした反応が近くにない。スタクも同様だ。となると第三者になるが――
「ポイントして」
Amaryllisが音響を頼りに構築した地下マップを視界に展開する。
察するに、ここは兵団の地下施設。
よりにもよって夜狐の施設へ、〈ピエロ〉を使った多重爆撃を敢行したのだ。
リーレニカは思案する。
――治安部隊の施設を襲撃する目的は何だ?
推測をすれば幾らでも空論が浮かぶ。だがピンとくるものが無い。
被害の甚大なエリアへ駆けつけると、一人の夜狐と、「水着の上にパーカー」を羽織る奇妙な女を視認した。
武器庫である。
水着パーカーという場違いな装いの女は、こちらの感受性が間違っていると思わせるほどの自信に満ち溢れた笑みで仁王立ちしている。
フードを被ってはいるものの、燃え盛る太陽のような橙色の髪は隠せていなかった。
深い海原を思わせる紺の瞳には、奥底に闘争心を宿した光が揺らめいている。
異分子であることは一目瞭然だった。
「ぶち殺しに来たぜ。極悪人」
快活に笑って言うセリフでは無いのだが、水着パーカーの女は借金でも取り立てるように偉そうな態度で口上を垂れる。
一見すれば、夜狐が露出度の高い女に襲われている一幕。
そして得られた情報がもう一つ。
あの兵士。
右腕を蹴り折った兵だ。
コードネームでベータと呼ばれていたか。
「ヴォルタスせんせーの〈ピエロ〉無駄遣いしやがって。あいついけ好かねえからいいんだけどさ」
「兵舎を奇襲か。目的はなんだ?」
「その質問意味あるか? わざわざそっちのお家に挨拶してやったんだから大体予想つくだろ」
夜狐の問いをバカにするようにあしらう。
軽くステップを刻むように三回跳ぶと、待ちきれないように笑う。
「じゃあお仕事させてもらおっか、なッ」
水着パーカーが軽口を叩くと地を一蹴りし、夜狐まで一気に距離を詰める。
彼女の両手には奇妙なマシーナ反応が集中していた。
『兵器型デバイス反応』
Amaryllisが推測を裏付ける。
両手に嵌められた金属製の手甲。中央に嵌められた二対の宝石がエネルギー源のようだ。
菱形に成形された黒と白の宝石が、それぞれ両手の甲に納められている。
触れたものをどうにかする類の武器か、間合いを拡張させるものなのか。見るだけでは情報が少ない。
水着パーカーの女は肉薄すると容赦なくラッシュを浴びせる。
無事な腕を使い、時に身を躱しながら受ける夜狐。とはいえリーレニカと対峙したほどのキレが無い。
「……」
都合がいい。と、思ってしまう。
このまま謎の侵入者と対峙していてくれれば、自由に動けるだけではなく、知り得なかったこの王都――シュテインリッヒ国の機密情報でさえ探ることができる。
任務の中心であった生体型デバイスも入手できるかもしれない。
『離脱を提案』
Amaryllisの自動音声が告げる。
憎らしい口調ではないことから、組織の組み込んだ定型プログラムなのだろう。
提案の意図は理解している。
尋問の末、体内のマシーナウイルスが活性化した体。このウイルスがリーレニカの精神を凌駕することも問題視しなければならない。噛み砕いて言えば、『過剰なストレス値による機人化のリスクが高い』状況にあった。
あまりに優柔不断な態度のリーレニカに痺れを切らしたのか、Amaryllisは視界に警告を投影する。
――「つべこべ言わずに逃げろ」と。
「本当、ままならないわね」
呟く。
その矢先、水着パーカーはラッシュにフェイントを混ぜたのか、夜狐は意外にも足をもつれさせる。
意のままの状況に水着パーカーはニヤリと笑う。右腕を大きく振りかぶった。
が、何かを察して後方へ跳躍する。
「……おーおー真面目ちゃんだね」
水着パーカーの女が挑発するように言う。
夜狐が顔を上げると、目の前にコウモリスカートの背中があり、ぎょっとしていた。
――いい勘してる。
打撃のタメに〈衝撃〉の命令式を叩き込むつもりだったが、紙一重で躱されたらしい。
『命令に背くなんて珍しいのう』
ずっとだんまりを決めていたAmaryllisが、ようやっと興味深そうに話しかけてくる。
リーレニカは答えない。
組織の意向は任務の遂行だ。
主目的は、シュテインリッヒ国が抱える生体型デバイスの奪取。
しかし、現場は悠長に宝探しゲームをしている場合ではない。
スカルデュラ家のテロ行為に乗じて暗躍するには、彼らはあまりに「暴れすぎ」たのだ。
「あなた、アルニスタの手の者でしょう? 彼には散々な目にあってるの。取り急ぎ私の冤罪を吐いてもらったあと、国中引き摺り回して一人一人に土下座させないと気が済まないわ」
リーレニカは頭の中では最もらしい理由を並べ立てるが、結局考えはプロフェッショナルのソレとは大きくかけ離れた直情的なものだった。
要は、「なんかムシャクシャするのでぶっ飛ばしてやる」だけである。
リーレニカという少女の中で沸き立ち、かつ頭の中を占める子供じみた感情。
精神攻撃を受けたからか、組織に無理矢理隠蔽された記憶を思い出したからなのか、理由はどうでもいい。
とにかく、諜報員のプロ意識はそこにはなかった。
言ってしまえば、十八の女が駄々を捏ねて、溜めに溜めた負の感情の吐きどころを求めているだけである。
夜狐――ベータは一瞬動揺したが、リーレニカと利害が一致していると察したのか横に並ぶ。
「何のつもり?」
「それは寄ってたかって襲われた私のセリフね。あなた達も謝罪だけで許そうなんて思ってないから」
片腕を補強アーマーで応急処置しているベータが鼻で笑う。
リーレニカは手近な武器格納棚からレイヴン隊支給デバイス――〝黒鉄の長剣〟を蹴り上げる。
柄を握り、乱暴に一閃。鞘を抜き飛ばす。金属の滑る音が武器庫を反響した。
柄と刀身を繋ぐ護拳部に、マシーナ溶液のカートリッジが差し込まれている。兵器型デバイスとして典型的な、補充式の起動方法だ。
ふざけたことに、スペツナズナイフはどこかに隠されていた。今はノロノロ探す気分でもない。
まして機人相手ではない。武器は選ばずとも問題ないだろう。
ベータが一応確認してくる。
「戦えるの?」
「そっちこそ」
視線は交わさず、互いに水着パーカーを睨む。
夜狐は短剣の兵器型デバイスを抜く。
水着パーカーも好戦的な笑みを零す。
リーレニカは、黒剣を手に馴染ませるように握り直した。
『デバイス起動』
三者の起動句が重なる。
それぞれの手中にある兵器型デバイスが呼応。
知れず、不明確な悪寒が背筋を撫でていた。




