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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
第三章(三日目)
22/82

5話 紫の軌跡




 ()()()()が街中を(ほとばし)る。


『対象の自爆まで十五秒』


 この状態の主人と対話が成立しない相棒は、自分だけ話すと滑稽に感じるのか、事務的な現状報告しか行わない。

 ――成すべきことは二つ。

 一つは、ピエロを殺したうえで、ミゲルの娘リタを守ること。

 次に、辛うじて正常な市民を狂人から逃がすこと。

 これを十五秒の内に片付けなければならない。


 ピエロとリーレニカを結ぶ最適経路が白銀の世界に表示されている。だがリーレニカは自らの意思でそのルートを走っているわけではなかった。

 正確には「リーレニカが指示した手順を辿るよう、Amaryllis(アマリリス)が体を操作」している。

 光を失った瞳。

 駆ける姿は、人間の限界を超えた速度。

 非現実的な動きをその身を(もっ)て体現する。

 実に機械的な精密行動だった。


『十秒』


 まずは狂人を封殺する。

 幸いにも機人化はしていない。まだ救われる道に賭けた。

 両手に気絶を狙った〈衝撃〉を伝播(でんぱ)させる命令式を施す。脚には膂力(りょりょく)を増強する肉体強化のプログラム。

 

 それは、対象が気絶するまで反響し、拡張する()()()

 

 初めに、狂人がリーレニカを襲うようマシーナウイルス反応を使い〝挑発〟し、自然、半径二メートル以内に狂人の群れを成すよう誘引する。

 正気を保つ人間は、危険から逃れる本能に従い狂人の流れから離脱し、リーレニカを横切る。

 ――この瞬間。


 リーレニカの間合いには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 結果の現象から言えば、紫陽花(あじさい)色の軌跡が通過した一秒後に、至る所で〝軽快な破裂音〟が幾重(いくえ)にも、同時多発的に生じることになる。



     ****



 広範囲に影響を及ぼした〈花粉〉と、それによる狂人の群れ。

 初めにリーレニカを殴ろうと大振りの右腕が来ると、その鳩尾(みぞおち)へ〈衝撃〉の命令式を打ち込む。

 狂人の胴体がくの字に折れ曲がる。

 衝撃は()()()()()()

 空気の揺らぎが起きると、初撃を受けた狂人を中心として、地に積もった砂埃が円状に舞う。半径二メートル圏内の狂人がその波状攻撃に晒された。

 一口に言えば〝超広範囲連鎖攻撃〟。

 リーレニカの周囲一名ずつが強力な〈衝撃波〉に襲われ、尚も増幅し、芋づる式に周囲の狂人へ伝播(でんぱ)する。

 狂人の数を目測で推し量り、〈衝撃〉の拡張は十人まで――半径二メートル圏内に生命体がいなければ途絶――個体の中で気絶に要する反響は最大三回になるようプログラムした。


 ――狂人を相手取るには、いくら戦闘のエキスパートとはいえ足止めを食うことになる。

 ならばまともに取り合うのは一人で良い。

 狂人の集団を不規則な一塊(いっかい)と仮定し、リーレニカの走行経路上で簡易的な五ブロックとして区分けした。その集団(ブロック)で初撃を受けた狂人が〈衝撃波〉の()()()になる。

 それが掌底一つで起動。

 リーレニカの通過した跡は、機人になりきれず横倒しとなった、狂人達の昏睡体が連なっていく。


 暴徒の動きが次々と途絶える。 

 既に五十もの機人予備軍は意識を失っていた。


 ピエロの膨張は間もなく限界域(ピーク)に達しようとしている。

 体内のマシーナウイルスが、有り余るエネルギーの解放を求め震えているようだった。


『五秒』


 突如目の前に躍り出たコウモリスカートに、黒服のギニシャは目を見開き固まる。思考が完結するのを待ってやる猶予(ゆうよ)も気遣いもない。

 人の意識を切り取ったリーレニカは、黒服の反応を待たず後ろへ突き飛ばし、ミゲルの娘――リタの手を取った。


『三秒』

「集合」


 言下。マシーナ粒子が肉眼で捉えられるほどに、超密度の集合体となって荒々しく顕現(けんげん)した。

 虹をデタラメにかき混ぜたような不格好な壁が、ピエロの手首を(くわ)えている。相手を包むように半球状へと形成された。

 マシーナ粒子は()()()()を見つけたのか、虹から土色に変色。壁のような、重厚な土塊(つちくれ)と化した。


『二、一、――』

()()()


 リーレニカは広げた五指(ごし)を畳むように握ると、己の(ひたい)へ引き寄せる。呼応(こおう)するが(ごと)く、〈壁〉はピエロの手首を圧迫――容赦なく切断した。

 零れ落ちた手は本体から離れると(はかな)く灰と散る。

 それを皮切りに、ピエロの正体が暴かれる。

 手首の切断面から出血はない。代わりに、激しい火花が盛れ出していた。

 ピエロがげらげらと笑う。


「リタ――!」

『――(ぜろ)


 馬鹿にするような熱風が、(きら)びやかに辺り一帯を刺した。



     ****



 生体型デバイスとはいえ、他人に体を使われる感覚はとても慣れたものではない。

 理想の動きを体現するには、相応の肉体が必要になる。修練を欠かしたことはなかったが、さすがのリーレニカも疲労が蓄積していた。

 細い路地に入り、壁に手をつく。

 大きく息を吐いた。


「ソンツォ、一度通信を遮断します」

『まてリーレニカ。今の爆発大丈夫――』


 蝶型イヤリングの輝度が一段階落ちる。

 司令室との通信を一方的に切ると、周りの喧騒(けんそう)が鮮明に聞こえるようになった。

 皆一様に爆発の騒ぎに追われている。

 マシーナ反応を見るに、死者は出ていないようだ。即興だったが、〈壁〉を構築したことで被害を最小限に抑えられたらしい。

 リタという娘もピエロの高濃度マシーナに当てられていたようで、軽度のマシーナ中毒症状が見られていた。処置はしてやりたいところであったが、これ以上あの場にいるわけにもいかなかった。


 ――どうにか人の目からは逃れたか。


『なぜ隠れるんじゃ』

「あまり目立つような行動は控えないと」

『じゃが褒められることをしたぞ』

「それで衆目(しゅうもく)を集めでもしたらどうするんですか。ただでさえ」

『うるさいうるさい。ワシは褒められたいんじゃ』

「あなたが褒められるわけじゃないのよ」


 駄々をこねるAmaryllis(アマリリス)との問答も大概(たいがい)疲れるものだ。これで偉大な高位生命体だというのだから呆れてしまう。

 どうせ褒められたいというのは建前で、人間が褒められた時に出る感情を食べたいだけなのだろう。

 リーレニカは灰色に濁った空を見上げて目を閉じた。

 白銀の世界に入りすぎたようだ。気力も削がれ、マシーナ操作すら満足にできない。

 考えないといけないことも多すぎる。


「ピエロといい、スカルデュラ家といい、一体なにを――」

「ここは隠れるのにちょうどいいよな」


 聞き慣れた声。

 ――これで背後を取られるのは何度目だ。

 我ながら学習しない。自分自身に苛立つ。

 振り返ると、ミゲルが死にそうな顔でリーレニカを見ていた。


「ミゲルさん」

『そらきた。褒めてもらえるぞ』


 Amaryllis(アマリリス)が上擦った声ではしゃぐ。

 ――バカ言うな。

 あの目はとてもじゃないが、そんな素敵なものとは程遠い。

 あれは、そう。

 化け物を見る目だ。


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