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リーレニカの壊れた世界  作者: 炭酸吸い
第二章(二日目)
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8話 解体者



 マシーナ反応を敏感に知覚できるよう、光を消し視覚情報を極限まで遮断する。

 リーレニカに治療の心得は無いが、マシーナウイルスを殺す事に至ってはエキスパートだと自負している。


「さて」

『良いのか? 此奴を殺さなくて』


 意気込む最中、相棒が口を挟んだ。


「気に入らない? なら私のマシーナウイルスで命令式を起動すればいいじゃない」

『食えん娘だ。知ってて言いいよる』


 よく喋るデバイスだ。

 生体型デバイスは往々にして意志を宿している。使用者の意思が弱ければ容易に寄生され、たちまち『器』にされるものだ。

 だからこそ、使用者とデバイスは相性が重要視される。

 その点、リーレニカとAmaryllis(アマリリス)は友好的な関係を築いていた。


Amaryllis(アマリリス)、力を貸して」

『断ると言ったら?』

「あなたを破壊する」


 友好的だとリーレニカは都合よく解釈しているが、傍から見れば主従関係ですらないだろう。

 互いが互いの存在を終わらせることができる点においては、対等と言って良いのかもしれない。


『組織に殺されるのはお前だぞ』


 その警告は、リーレニカだけに向けたものではない。組織から切り捨てられれば、従者たるAmaryllis(アマリリス)もタダでは済まない。


「古代獣が人間の組織を恐れるの?」

『……戯言はもう良かろう。丁度退屈していた所だ』


 ため息をつくように、Amaryllis(アマリリス)は答えた。


「デバイス起動――〝(バタフ)(ライガ)(ーデン)〟」


 リーレニカの耳飾りが強く光を放つ。背中に、極彩色の蝶を模した(はね)が広がった。


「〝水牢(すいろう)蝶獄(ちょうごく)〟」


 指先から光が滴下され、波紋を打つように床から湖が溢れ出す――だが、散らばった新聞も、リーレニカ達も一切濡れた様子は無い。


「座標指定。付与式(エンチャント)――精神剥離素体」

『燃焼器官が自生されつつある。バイタルの安全装置は?』

「要らない。彼の意志に委ねましょう。代わりに、私達の親和性を上限一杯まで引き上げて」

『生き急ぐのは貴様ら組織の〝企業理念〟というやつか?』

「個人的な生き様よ」


 青白い湖がスタクの顔まで水位を上げる。リーレニカはその隣へ仰向けになり、共に沈んだ。

 リーレニカの血中マシーナ濃度が急激に上昇する。

 顔中に血管が浮かんだ。

 機人(きじん)にとって、マシーナ濃度の塊は無条件で餌と見なされる。

 スタクの花も例外では無かった。

 隣のスタクの全身に張り巡らされた蔦が活動的になる。


 リーレニカの体を、鋭い蔦が貫いた。


「…………」


 身体中に突き立つ蔦に、鈍く反応を示す。

 一度眉をしかめると、スタクの胸部に咲く花が苦しむように蠢いた。


『食いついたぞ』


 Amaryllis(アマリリス)が花を嘲るように報告する。

 ――解体。

 リーレニカがAmaryllis(アマリリス)へそう告げる。

 デバイスと親和性の高い状態であればあるほど、使用者の思考はダイレクトに伝わり、マシーナ操作効率は爆発的に上昇する。

 代わりに、体内に必要な善性マシーナを容赦なく吸い取られる。致死量であろうとそれは止まらない。


 それでも、代償を払う価値はあった。


 リーレニカを貫く蔦が、先端から砂のように脆く崩壊していく。

 同時に、湖に光で構成された蝶が無数に出現し、リーレニカの傷口へ集まり――修復し始めた。


『馬鹿じゃのう。コイツのどこが美味そうなんか。単細胞のマシーナが不憫でならんわ』


 ()()()()()()()()()


 かつて、組織のドクターか初めてリーレニカを診た時、その特異性に対しそう言った。

 曰く、生体型デバイスにとって都合良く変異する血の性質。

 機人(きじん)への攻撃性を持つAmaryllis(アマリリス)に適任だと、意志を持つデバイスをリーレニカに託した理由の一つだ。


 とどのつまり、彼女の血中マシーナが機人(きじん)に作用すると――死滅する。

 リーレニカはそれを花だけに作用するよう、Amaryllis(アマリリス)を介して制御する必要があった。


 蔦の崩壊が花へ到達すると、奇声を発しながら次々と蔦を伸ばし、彼女へ殺意を向けた。


『そろそろ止めんと――死ぬぞ』


 リーレニカへ次々と突き立つ蔦。崩壊と肉体修復を激しく交わす二人に、Amaryllis(アマリリス)は警告をやめた。

 どうせ意思は伝わっている。


『わかったよ』


 リーレニカは礼を言わない。

 代わりに、高位生命体だったAmaryllis(アマリリス)に対し、傲慢にも気遣いは必要かと思案する。

 とりあえず無視はよくない。意思だけでも示そうと思った。


 ――死ぬつもりは無いわ。


     ****


 リーレニカの処置が終わる頃合いだろうと、ダウナは扉をノックし、入室した。


「驚いた」


 人間の姿を取り戻したスタクを見て、感心するように言った。


「本当に何とかしちゃったわ、この子」

「スタク――」


 スタクは朦朧とした様子で、周りの状況を見回す。真っ先にソフィアを見ると、安心したように力を抜いた。

 衣服は獣に食い破られたような有様だが、機人(きじん)の花も蔦も今は見当たらない。


「ソフィア」

「スタク……! 良かった。もうダメかと」

「この人が助けてくれたのか。医者……ではなさそうだが」


 少し面倒なことになりそうだと言い訳を考えていたが、スタクは疑問を飲み込んでくれたようだ。


「いや、助けてくれたんだ。この際誰かは些細な問題だ。なんとお礼を言ったらいいのか」

「彼女、私がいつも話してる花屋のリーレニカさんよ。マシーナに詳しくて、本当にあなたがいなかったらどうなっていたか」


 話がややこしくなりそうだった。リーレニカはソフィアの礼を遮り、医者のように語る。

 

「ソフィアさん、彼は『人でありたい』という願いを意識の表面に呼び戻しただけの状態です。マシーナウイルス欠乏症を治した訳ではありません」


 今は体調も悪くは無さそうだ。

 とはいえこのまま放っておけば、彼は再び高濃度マシーナを求めて彷徨うことになるだろう。

 だが、二度同じ過ちを犯さなければ避けられるはずだ。


「マシーナウイルスを接種させ過ぎると、奴らの思う壺だということは覚えておいてください。この寄生生物が放つ快楽物質は、麻薬よりタチが悪いんです」

『寄生生物とは人聞きが悪いな』


 彼女達にはAmaryllis(アマリリス)の声は聞こえない。リーレニカも無視を決め込む。


「医者に診せることが最善ですが、無理だと言うのであれば原因を知ることです。スタクさん。あなたの体に異変を感じたきっかけについて、なにか心当たりはありますか?」

「なにかって……」


 逡巡した後、絞り出すように答えた。


「蛇と骸骨の男……」

「蛇と骸骨?」

「あまり覚えてないが……貴族街で好条件の商売を持ちかけてきた男がいたんだ。大きな蛇と、骸骨だけは覚えてる。薬品開発の事業がどうのって言っていたような……」

「その後、体に変化を感じたのですか?」

「中で何かが蠢いてるような感じが……でも一瞬だけだ。それがきっかけかはわからない」

「まだ体調は万全じゃない。無理に思い出さなくても良いでしょう。今はソフィア嬢と一緒に居てあげてください。ストレスを軽減することが機人(きじん)化を遠ざける手段の一つです」


 あまり長居しても仕方がないと、リーレニカは疲弊を隠すように背中を向けた。


「リーレニカさん、私……何をしてでもこの御恩は返します」

「それよりも再発させない努力をしてあげてください。今度私がドクターを紹介します。気が向けば診せてあげてください。腕は保証します」


 リーレニカは覚束ない足取りで「ダウナ嬢。代金を支払いますので、またフランジェリエッタの店があった場所へ来てください」と伝え、そそくさと部屋を後にした。


「店があった場所?」


 ダウナは小首を傾げる。

 若い魔女は、フランジェリエッタの店での事をまだ知らなかった。


     ****


 マシーナ粒子で構成された大蛇が、スタクを映した巨大レンズを解く。

 円状にした尾を緩めると、ぐったりと力を抜いた。


「マシーナ反応が消えた?」

「レイヤー弐まで下がっているようですね。かなり活動的でしたが……奇妙だ」


 ベレッタとヴォルタスがレンズ越しの光景で各々感想を吐露する。

 レンズが映したのはマシーナ粒子の塊でしかない。

 ある時急に広範囲に紫陽花色のマシーナ反応が広がると、中央で極彩色の人型が灰色に塗りつぶされた。背景色と同化していることから、マシーナ濃度の低下を示していたのだろう。


「様子みてこよっか?」

「お前はなまじ傭兵だから隠密に向かないだろう。私が催眠をかけましょうか」


 勝手に喋りすぎたか。

 そう思ったのか、ヴォルタスはアルニスタの方を振り返り――ギョッとした。


「……〝生体型〟だ」


 アルニスタが狂ったように口角を上げている。虚空に手を翳すと、大蛇の首が水風船のように収縮し、爆ぜた。


「生体型? こんな街にまさか」

「とにかく、アレは私に任せろ。まずは〝ピエロ〟を動かしてくれ。そろそろ子供達の芽も摘み時だろう」

「子供?」


 要領を得ないベレッタが小首を傾げる。


「余計なことは知らなくていい」


 ヴォルタスが邪魔そうに疑問を遮った。答えを知ったところでスッキリしないだろうと思ったのか、ベレッタはこれ以上聞くのをやめる。


「まどろっこしいことすんなよ。セコイのは嫌いだぜ」

「お前の好き嫌いはどうでもいい。それより、〝剣鬼〟を止められるんだろうな?」

「ファナリス騎士団長か? ビビりやがって。どうせ噂が独り歩きしてるだけだろ。やっとうちの〈ディアブロ〉で殴り試しできるんだ。アタシに任せろよ」


 快活に笑いながら、ベレッタはドラム缶から跳ねるように降りる。そのまま闘争心を誤魔化すように、柔軟体操を始めた。

 アルニスタは二人の様子には気にもとめず、直ぐに出る準備をする。


 一国を崩すとまで言われる生体型デバイスの存在に心踊っているのか、下卑た笑みが止まらなかった。


 


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