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「大変申し訳ないのだが…」
長期休み中のある日、そんな言葉ではじまったルエさんの言葉は「申し訳ない」とか、そういう次元を超えた言葉だった。おかげさまで、ルエさんがどんな顔でそれを語っていたのかさえ思い出せない。
__ごくごくシンプルに言えば、死刑宣告。
退学って、私にとってはそういうことだ。
なんにもわからないこの世界で、島中の人から嫌われる私が、支援も学も言葉もなしにどうやって生きていけるのだろう。
いつかはきっと「卒業」しなきゃいけないとは思っていたけど、まさかこんなすぐにその時が来るとは思わなかった。
ルエさんを前にして泣いたり縋ったり色々した気がするけど、結局ルエさんの口から甘い言葉が出てくることはなく、「新学期がはじまるまでにはでていけ」ということが淡々と語られただけだった。
「ああう…あああああ…!!!」
学長室の前の固い大理石の上をおかしなステップで右に左に歩く。何度も何度も転びながら。
あまりにもおかしくて不格好な歩き方だから、はたから見たら斬新なダンスでも踊ってるように見えるかもしれない。
でも、でも、最近ずっと体はおかしいし、頭もおかしいし、今は目の前がどうにも曇っているし、身体に力も入らないし、地面も滑るから…どうにもならない。
「やだ…死にたくないよ…」
こんなところで、こんな世界で、こんなやつらに囲まれて死にたくない…。
せめて最後だけは、パパとママと一緒に…私を愛してくれる人たちに囲まれて死にたい。息絶える瞬間だけでもいいから…。
なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろう。
私が「世界でもっと苦しんでいる他の人」のことを思いやれない人間だから?でも、でも、そんなのみんなだってそうじゃん。そうじゃない人もいるけど、それって自分に余裕があるからじゃん。
私がそんなに悪いことしたかな?この世界に来るのは私以外じゃダメだったのかな?近所に住んでる私とは大違いのえみちゃんだったら絶対もっとうまくやれたし、もしかしたらこの世界に貢献できたと思うよ。
なんで私なの?なんで、なんで、なんで…
気が付いたら、部屋の電話の前に立っていた。
電話帳を開いていた。
キッチンに収納されているはずのナイフを手にもっていた。
「…違う」
だめだだめだだめだ。イソトマを殺すのはまだだ。まだ「どうにもならなく」はなってないはずだし、元の世界に帰れる予定もない。
私はまだ生きられる。まだ方法があるはず。せめてもっと、元の世界に帰れる方法とかを探ってからじゃないと死ねない。そうだ、せめて「ワーク」という国に行ってみたい。以前みた資料写真の限りだと昔の日本にすごく似ているし、おそらくだけど日本語…あるいは日本語に近い言語が使われている。それにどうやら色々な伝説があるようだから。
でも…そのためには…色々足りない。まずは、お金。
この大学から追い出されたら、支援金もなくなるし、住む場所もなくなる。
そして、おそらく言葉もなくなる。八条のためだけにこの島に残るのは論外として、八条が「会えない」私に対して支援し続けてくれるとは思えない。ただ、言葉に関してはおそらくそもそもの言語が日本語であろうワークに行けばどうにかなるとも考えられる。
だが、追い出されたタイミングですぐにワークに行くにしても、渡航費どころか明日の食事すら怪しいのだ。
それをどうにかするためには、どうにかして稼がなければいけないけれど…バイトは…できない。私がまともに仕事ができないというのもあるけど、島の人たちが私を毛嫌いしていてどこに行っても悪口ばかりだからそもそも雇ってすらくれないだろう。
__だが、一つだけ方法がある。
最悪の方法だ。
ただ、別に気持ち悪くはあっても、実際のところは気持ちがよくて__それが気持ち悪くてしょうがないんだけど、でも、物理的な苦痛はないわけで…それになにより手っ取り早い。
あのバケモノはなかなかに金があるらしく、毎回それなりに金を寄越す。それにどうやらあれは私の血肉がおいしくて仕方ないようだから、「食べる回数を増やして欲しい」と言えば喜んで増やしてくれるだろう。
あの行為をこっちからお願いするなんて、本当におぞましくて鳥肌が立つ。
けど、背に腹は代えられないのだ。いや、背が腹と同一存在になって代替可能にならないようにするために…やる必要がある。
ファム・ファタール編最終話まで残り2話(の予定)です。