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 ルイゾンの名前の「ルイ」という音に一瞬ドキリとはしたものの、彼はあくまで「ルイゾン」であって「ルイゼ」ではなかった。当然だ。

 そして一応尋ねてみたけどやっぱり、これまで私とは人間の姿で会ったこともないと。


 私は一体、彼の姿をどこで見たのだろう…。

 それとも…気のせい?


 結局、その疑問は数週間経っても解決されなかった。

 しかし、そんなことはどうでもいい…というよりは、「そもそもずっと前から一緒にいたような気がする」と思えるぐらいにルイゾンは私の隣に馴染んだ。

 といっても四六時中一緒にいるわけではない。学校終わりに館に帰ると…毎日とは言わずともかなりの頻度でふらりと彼は獣の姿で現れる。もっと細かく言うならば、周囲から人気がなくなると現れる。本当に「目を付けられたくない」んだと思う。庇ってくれないんだなって思うとちょっと辛いし悲しいけど、今はもうただ寄り添ってくれるだけで嬉しい。大したものは出せないけど夜ごはんを一緒に食べて感想を言い合って、その日の愚痴を話しながら毛皮に包まれて寝て、また「おはよう」といって一緒にごはんを食べる。私が大学に向かう前に、ルイゾンは狼の姿で駆け抜けていってしまうけど…それでも十分だ。

 私なんかと一緒にいてくれるんだから…本当にそれだけでありがたいことだと思う。


 それに不思議と彼にだったらルイゼには話せないような話もできた。ルイゼは「離れないではいてくれる」けど、別に「望んで一緒にいてくれている」わけじゃないっていうのが薄々わかっていたから…そこの差かもしれない。あとなんというか…そもそもルイゾンは一緒にいてすごく落ち着く。これまで出会ったどんな人よりも。

 しかもルイゾンは、あの監視の「目」をどうにかしてくれる。だいたい彼が一緒にいる限り目は伏せられているし、そうじゃない時も彼が力を使って「目」が消えるようにしてくれる。最近は外に出ていても「目」の存在を感じることがあるけど、家で感じなくなっただけだいぶマシだ。


「…あの、大丈夫ですか?」


 ルイゾンの淡い海の色の瞳がレンズの向こうで波をうつように揺れている。

 彼の目はあまり狼らしくはない愛らしい丸いアーモンド形の瞳なのだが、よく見ると実は三白眼でそれが___


「かよこさん…?」


 それが__なんだ?


 ルイゾンは私を「かよこさん」なんて呼ばない。それに目の色は…こんな淡い水色なんかじゃなかったはずだ。そう、そうじゃなかったはずだ。


「えっと…」


 …そうだ、こいつはバケモノであってルイゾンなんかでは決してない。


「…ぼうっとしていますか?」


 血を飲みすぎましたかね、とバケモノは少々ばつが悪そうに目を伏せる。

 が、私はついついその海の色をした目を眼で追ってしまう。いつもだったら少しでも見たくないはずのその顔から目が離せない。


 __似ている?


 いや、似ているわけがない。ルイゾンとバケモノが似ているなんて…どんな勘違いだろう。

 少しも…似てない。似てないはずだ。


「かよ子?」


 部屋に帰って、確認するように覗き込んだレンズの向こうのルイゾンの目を見て一安心する。

 彼の目の色は緑色で、アーモンド形ではなくどちらかといえば釣り目だ。バケモノの目とは全く違う。


「…俺はエルとは似てないと思うけどな。あんなお綺麗な顔はしてない」


 そうだ。間違いない。彼はバケモノとは全く似ていない。ルイゾンも綺麗な見た目をしてはいるけど、バケモノにある魔物じみた雰囲気は全くない。


「ルイゾンはすごく綺麗でかっこいいよ。あいつよりもずっと」

「…そんなことはないと思うけど、ありがとう」

「事実だよ」

「でも、俺よりもずっとかよ子の方がキレイだと思う」


 …優しい。すごく優しい。

 ルイゾンよりも私が綺麗なんて…そんなわけがないのに。

 この人はなんで私なんかに優しくしてくれるんだろう。やっぱ優しい人だから?

 だとしたら、ああ…シェバさんと一緒だ。シェバさんも優しいから、優しくしてくれた。別に私に特別優しいわけじゃなくて、私だから優しくしてくれたわけじゃなくて、本質が正義の人だったから誰にでも優しくて、私にもその優しさが平等にわけられた。そして、最後にはキャパオーバーして離れてしまった。私はたぶん…シェバさんに対して無意識の搾取を行っていたんだろう。なんの見返りも理由もなく「優しさ」を提供させていた。奪っていた。シェバさんの優しさに甘えて。

 

 今回は?また、そうなってないか?ルイゾンにはなんの見返りも理由もないのに私と一緒にいさせてる。


「見返りももらってるし、理由もある」

「…どういうこと?」


 私はなにもルイゾンに渡してない。あるとしたら、宿泊場所と一緒に食べる食事を提供してるぐらいだ。でも、実際のところルイゾンには寮に部屋があるはずで宿泊場所なんか必要ないし、食事だっていつも「食べてきたから」「お腹すいてるよね?」とほぼ全部私にくれる。だから本当に…なにも渡してなんかいないのだ。


「俺はかよ子と一緒にいたい、っていう理由があって一緒にいる。そして見返りもこうやってもらってる」

「…」


 もはや絶句してしまった。

 彼はなにを言っているのだろう。こんなの…なんの見返りにも理由にもなっていない。


「…なぜ、私なんかと一緒にいたいの?」

「そりゃあ…ね…ほら、わかるだろ?」


 レンズの下の目を伏せるルイゾンは…いつもよりもちょっと頬が赤い?

 暑い?焦っている?緊張している?まさか…照れてる?

 

「…わかんない。どういうこと?」

「…かよ子が好きだから」


 …は?


「…は?」


 心の声が思わずそのまま飛び出てしまう。何を言われてるのか全く理解できない。


「…そのまんまの意味だけど。俺はかよ子が好き、それだけ」


 それだけ?それだっけってなんだ?それ<だけ>?

 それってつまり、ルイゾンは私のことが好きだから一緒にいてくれて、私と一緒にいることが見返りになるってこと?

 …私もルイゾンと一緒にいるのは居心地がいいと思ってたけど、そんな都合のいいことあっていいの?いや、そうじゃなくって。


「私なんかのどこが…?」


 私になんの価値があるの?誰からも嫌われて、排除されて、「いらない」とされる私なんかの…どこに惹かれたの?私を騙して利用しようとしてる?それとも…誰かからなにかを指示されてる?


「全部。それと、<なんか>じゃない」


 そう言うと、ルイゾンは膝を折って地面につけると目線をしっかりと合わせた。 

 

「俺は本当にかよ子の全部が好き。かよ子と一緒にいると気持ちが楽になる。ずっと一緒にいたいってなる。俺の知らないことをいっぱい知ってて楽しい。話してみると意外とおしゃべりなのがギャップでかわいい。笑顔がかわいい。ぜんぶかわ…

「あ、ああ!!も、もういい!!!わかったから!」

「そう?まだまだ全然足りないけどな」


 そう言っていたずらっぽく笑うルイゾンがなんだか大人っぽくみえて悔しいと同時に、さっきの言葉の羅列を思い出して死ぬほど恥ずかしくなってそっぽを向く。

 さっきまであっちが照れてたのに、なぜ私が照れてあっちが大人な感じで笑ってるのだろう。


 …本当に、本当に急にあんな褒められても困る。

 嬉しくない…わけではないけど、突然すぎてもうわけがわからない。頭が爆発しそうだ。

 

「…それで、さ。もしよければなんだけど」

「うん」


 先ほどまでニコニコだったルイゾンがまた真剣な顔に戻った。

 さっきから表情も言動も全てが劇的展開を迎えてるけど、次はいったいなんなんだろう。頼むからどうかこれ以上私の感情をかき乱さないでほしい。


「俺の恋人になってほしい…なんて」


 真剣に、でも照れくさそうに告げるルイゾンにまたもや私はなんの反応もできない。

 たしかにさっきまでの言動を考えれば予想可能な内容だったかもしれない。でも、さっきからずっと混乱していて…だからこんなのさっぱり予想してなかった。


「俺が君の王子様になるから、どうか俺に君を守らせて欲しいんだ」


 「王子様」というフレーズにシェバさんの顔がよぎって胸がツキンと痛む。

 いや…でも…本当に、なにか…私にとって都合のいい夢をみている?


「…夢じゃないよ」


 そういって私の頬をつまんでいた私の手がどけられる。

 たしかに痛かったから現実なんだろうけど、どこか世界も痛みもルイゾンの手の感覚もふわふわしていて現実味がない。


「その反応ってことは期待してもいいってこと?」

「…い、いいの?逆に」


 私なんかと一緒にいるだけじゃなくて、恋人になるだなんて…。

 少なくともこの大学内ではどれだけリスキーなことか。少なくとも以前彼は「目をつけられるわけにはいかない」といってたはずだ。


「…これまでは、俺に勇気がなくて…本当にごめん。でも、これからはどんな時でも君を助けに行く。いつ、どんな時でも…君が俺の名前を呼んでくれたら絶対に」


 __だから、どうか俺のお姫様になってほしい


 気が付いたら、私はルイゾンに抱きしめられていた。

 肩と頭にしなやかな筋肉がついた力強い腕が回され、頬には柔らかくも弾力のある肉が押し付けられ、全身が優しい温もりに包まれていた。

 彼からはよく嗅ぎなれた甘い匂いがして、どこか懐かしい気分になる。

 

 …誰かにこんなに優しくも力強く抱きしめられたのはいつぶりだろう。

 本当に久しぶりなことのような気がする。なんだかすべてが懐かしくて泣きそうだ。


「ずっと、なにがあってもずっと俺が君を守るし一緒にいる。いつか必ずこの状況からも助けだしてみせる。だからどうか__」


 彼の切実で必死なその言葉に私は黙って頷いた。

 そして、その瞬間から私には人生で初めての「恋人」ができた。



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