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「悪いがね、来月から君への大学からの支援は大幅に減る。理由は…わかるだろう?」
テストの結果が発表された数日後のことだった。
酷い成績__まぁ、ある意味では予想通りの「最下位」という結果に、情けないやらエルちゃんに申し訳ないやらでまぁまぁ凹んでいた。でも、「異世界人だし仕方ないかな」って思う部分もあったし、ルイゼ(なんと学年一位の成績!)がこれからは勉強を教えてくれるってことで、次回から頑張ろうって思ってた。
「で、でも…まだ一回目じゃないですか…。次はもっと、もっとがんばるので…」
目が回るほど極彩色な学長室の中、私は真っ白な頭から必死に言葉を絞り出していた。
今だって「一応生活はできる」レベルなのだ。これ以上支援が減らされてしまったら、私はどう生活すればいいのだろう。
「もはやそういった問題ではないのだ。わかるだろう?君はこの学校の生徒達から拒絶されている」
拒絶されている…。
散々嫌がらせはされているしそれなりに自覚はある。あるけど…
「そういった生徒にはこちらとしても金は出しにくい。それでも一応はまだ出すといっているのだから、感謝して欲しいぐらいだよ」
たしかに住の部分は保障されてて、大学の勉強も無料でさせてもらえてる。それにさらにお金を貰えてるってだけで充分すぎるほどかもしれない。
でも、でもだ。私にとっては厳しい。普通の子だったらアルバイトとかできるのかもだけど、私にはすごくすごく難しい。
前の世界でのバイトだって酷いものだったのだ。ファミレスでバイトした時はワイングラスやらお皿をすごい数割って、いつまでもレジも覚えられなくてずっと叱られて最終的には逃げちゃった。スーパーの品出しも、手際が悪すぎてパートのおばさんに舌打ちされるし、何度も商品をダメにしちゃうし、いくら確認しても割引金額を間違えてず~~っと怒られて辞めた。
もともとの世界でこれなのに、異世界でバイトなんてできるわけある?私にはできるとは思えない。それにこのまま勉強ができなかったら、どんどん支援の金額が減っていったり、下手をしたら退学なんてこともありえちゃったりなんかするんじゃないの?それってつまり、勉強とアルバイトを両立しろってことだよね?
__無理だ。
絶対に無理。私にできるわけない。
「君ももっと生徒達に認められるよう努力するべきじゃないかね?…使えるものはなんでも使って」
じろりと嫌な視線が私の全身を這い、空気にねばついたものが混じるのを感じる。
わからないけど…すごくすごくキモチワルイ感情をぶつけられているのはわかる。
「まぁ、君が持つものに魅力を感じるものがどれだけいるかは知らんがね」
ルエ学長の視線が外れると同時に、粘着質な空気は霧散し、悪意のみがそこに残った。
「じゃあ、頑張ってくれたまえよ」
そういうと、ルエさんは目線で私に退出を促しすぐに書類仕事をはじめてしまった。
「頑張れ」と言われても、この減額通知をあっさりと受け入れることは私にはできない。
本当はなにかを言いたくて仕方ないし、言わなきゃと思う。でも、頭がぐちゃぐちゃでなにを言えばいいのかわからなくて、ただルエさんの机の前で呆然と立ちすくむことしかできない。
「…なにをやっているのだね?話は終わりだ。さっさと帰ってくれ」
書類から目を離すこともなくルエさんは告げる。
しかし、それでも私は口をパクパク動かすばかりでなにも言えないどころか動くこともできない。
「…」
いつまでも動かない私をちらりと見ると、露骨に嫌そうな顔をしてルエさんはため息をつく。
…どうしよう。呆れられてる。
なにか言わなきゃなのになにもできない。何も言えないぐらいだったらさっさと帰って、好感度を下げない努力をするべきなのにそれもできない。
どうしよう、どうしよう。これ以上嫌われて支援金をさらに減らされたりしたら…。
「…無言の抗議か?無意味だぞ。これ以上ここに居座るようだったら、この部屋からどころか大学からも追い出すことを検討するが…構わないかね?」
泣いてもどうにもならないとわかっていても、目がどんどん潤んでいく。
はやく出て行かなきゃ、出て行かなきゃ、出て行かなきゃ…。
「…ごめんなさい…」
結局私はその後学長室に5分ぐらい無言で居座って、その謝罪の言葉をのこしてどうにか出て行った。
「むりだ…」
学長室から出ると身体から力が抜けて、ぺたんと冷たい床に座り込む。
最初は素敵だと思った学長室前に敷き詰められた大理石の床も、今となっては私の心を追い詰める要因にしかならない。
白くて、ピカピカで、冷たい床…。
こんな…ルエさんと学長室に呼ばれた人だけに踏まれるための床に金をかける余裕はあるのに、私にかけるお金はないんだ…。
でも、そりゃそうか…。ルエさんは優秀でお金もたくさん稼いでるんだろうし、そのお金をどこに使おうが自由だよね…。
「どうしよう…」
本当に考えるべきは床のことじゃなくて私のことだ。
…これから、これからどうしよう。
具体的な金額は教えてくれなかったけど、「大幅に」って言ってた。ってことは、確実に今の半分以下の額にはなるよね?
そんな金額じゃ…やっぱり生活はできない。ということは、どこかでお金を稼がなきゃいけないけど…。私に労働が向いていないという前提はとりあえずおいておくとして、そもそもここらへんにバイトとか募集してるところなんてあったかな…。
ここは小さな島でそもそも小規模なお店ばかり&そもそも客もあまりいないから、バイトを募集しているイメージはない。
__そういえば。
ルイゼと一緒にいったあの文房具屋さんにアルバイト募集中の張り紙があった気がする。
私なんかにできるとは思えないけど…でも、とにかく一度応募だけはしてみよう。
* * * *
「カヨコちゃん~、とんがり鉛筆の配置ミスってるよ~!次から気を付けて~」
ラッキー先輩が鉛筆を持って私の横を移動しながら、かる~い調子でさらっと教えてくれる。
「あ、すみません!」
「いいのよ~、誰だって間違いはあるもんだからさ」
「すみません、次から気を付けます」
「は~い」
文房具屋さんでのバイトは想像通りミスの連続だけど、それでも思ったよりは苦痛じゃなかった。
先輩店員さんたちもみんな優しいし、店長も気弱そうだけど優しい。ミスは多いけど、そのたびに怒るでもなく、呆れるでもなく、諦めるでもなく、ちゃんと注意してくれるから安心して働ける。わからないことがあっても安心して聞ける。同僚のみなさんやお客様にも「ありがとう」っていってもらえる。それに、店長も含めてみんな女の人なのですごく落ち着く。あの大学はあまりにも男ばかりで、ずっと女子比率高めの学校やら環境で育ってきた私にはちょっときつい。このお店は、私にとってすごくいい職場だと思う。
こんな風にちゃんと(?)働けて、時々「ありがとう」っていって貰えると、「こんな私でも必要としてくれるところがあるんだ」と思えてすごく安心する。「いらない」って言われてばかりで、元の世界からも追い出されちゃった私にも居ていい場所があるんだと思える。
支給してもらえるお金が大幅に減ってしまってからは、やっぱり生活も厳しい。
八条とかエルちゃんとも以前のペースでは会えなくなっちゃって、それはちょっと寂しい。勉強も…なかなか思ったようにすすまない。
でもこうして、こういう場所に出会えたことは…すごくよかったと思うし、なるべく長くここにいたいなと思う。