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「え、おすすめのお菓子?」
全ての授業のテストがエルちゃんの献身と私の努力も虚しくありとあらゆる意味で「終わった」その日、ルイさんに零した言葉は怪訝な顔で受け止められた。
「うん。なんというか…テスト前に勉強面ですごくお世話になった人がいて。お礼のお菓子とか渡したいな~と思って…どこのお菓子がおすすめかな?」
「君の経済力だと…賄賂とかはあんまり現実的じゃないんじゃないかな」
「…賄賂じゃないよ…」
そんなことできるほど生き上手でもなければお金もない。ただ、献身の成果として見せられるものがあまりにもアレな予感しかしないので、せめてお礼ぐらいはちゃんとエルちゃんに渡したいだけだ。
…シェバさんの代わりとしてルイさんが紹介されてから、初めてまともに大学以外のことで話しかけたけど、この人に相談するのは失敗だったかもしれない。
なんというか…ルイさんは最初に思ったほど優しい感じではなさそうだし、正直どちらかと言えば…いや、やめておこう。
「それで、なにがいいかな?島の中のおすすめのお店を教えてくれると嬉しいんだけど…」
「え、君、大学の外に行くつもりなの?」
「え、うん」
「やめといた方がいいんじゃないかな。君はその…ユニークだから」
…特にこういうところとか。
優しさから「ユニーク」って言い方になってるのかもしれないけど、遠回しすぎて逆にイヤミだ。ハッキリと「間抜けで絡まれやすい性格」っていってくれた方がいい。
「でも、どうしてもお礼はしたくて」
「購買かなんかで買えばいいんじゃない?」
「それはちょっと…」
購買のお菓子は安いけど不味いで有名だから、ルイさんの回答は明らかに舐めてる。
それに、課題見せてくれた!みたいなその時々で渡すならともかく、本当にお世話になっててもはや申し訳なさを感じている人に「いつもありがとう☆」みたいな時に渡すのはたぶんああいうのじゃない。
「…ああ~、その、ありがとう。一人でちょっと街を歩いて探してくるね」
筆記用具を鞄に詰めて歩き出すと、なぜかルイさんも鞄を持ってついてくる。
授業の時(まだ数回しか一緒に受けてないけど…)とかテストの時は一応って感じで隣に座ってくれてたけど、休み時間とか空きコマを一緒に過ごしたりだとか放課後一緒に過ごしたことは一度もない。
たまたま行く方向が一緒なだけかな?まさかついてくるつもりとか?
「…えっと?」
「どうかした?」
「いや、ルイさんはこれからどこに行くのかな~~って…」
「街じゃないの?」
「なんで疑問形?」
「君はさっき街に行くと言っていたけれど、それ以外のところに行く可能性もまだあるから?」
「え、もしかしてだけど…私についてきてくれるつもりとか…?」
「そうだけど」
わぁ、やっぱり!
正直すごくイヤだ。この人となに話しながら街を歩けばいいんだろう。
「わ、悪いし、一人でも大丈夫だよ…」
「…君のその言葉を僕も信じられるようになりたいとは常々思ってるんだけど…ね?なにかあったら困るからさ」
なにが「…ね?」だ。私の「大丈夫」が信頼に値しないとはっきり言って欲しい。この短期間でも相当のやらかしをして彼に迷惑をかけて諸々の信頼を損なってる自覚はあるし、私も自分自身が全く信頼に値しないと思ってるから。
「ああ~…やっぱり、購買のクッキーで手を打とうかなぁ…街まで行くの大変だし…」
「そっか。じゃあ、購買までついていこうかな。今日の放課後は一日君に付き合うよ」
「…やっぱ街に行こうかな」
まぁ、そんなこんなで結局一緒に行くことになったし、その後もどうにか別行動できないかと色々足掻いたけど無意味だった。
そして当然のようにヤバい人たちに絡まれまくったし、小さい女の子の髪と私のカバンの金具部分が絡まってしまって泣かせたし、気が付いたらズボンは破れてた。エルちゃんに渡す用のいい感じのお菓子は一応買えたけど、気が付いたら財布がスられててルイさんにお金を借りて買うことになった。
たぶんルイさんがいなかったら私はあらゆる意味で終わってた。
「…お前、本当によく一人で行こうとしたよね。尊敬するよ、本気で」
公園でカプチーノを片手に疲れ切った顔をしたルイさんの口調は投げやりになり、もはや呼び方が「君」から「お前」になっている。
「はい…その通りです…。ご迷惑をいっぱいかけてごめんなさい…。それにこのカプチーノまで、
「カフェ・クレーム」
「…カフェ・クレームまでおごってもらっちゃって…」
店員さんもカプチーノって言ってたしカプチーノでいいでしょ!という感情が湧き上がってくることは否定できないけど、今日の諸々を考えるとなにも言えない。
「お前、これまでよく生きてこれたよね。それとも異世界はそんな平和ボケしてるの?」
「全世界が平和とは言い難いけど、私がいた国はわりかし…」
「ふーん。悪役もみんなと仲良くやってたりすんの?」
「悪役?」
ここで「悪役」という言葉が登場する意味がよくわからない。
悪人のことを比喩で「悪役」と言ってるとか?それとも「舞台の悪役も役割を果たしてないレベルで平和ボケした世界なの?」的な煽りも含めた質問?
「だから僕の母上とか、そういう…
「ルイさんのお母様が悪役?どういうこと?ルイさんのお母様は役者なの?」
「…確かに母上は役者でもあるけど、そうじゃなくて__まさかお前、悪役がなにかなにも知らないのか?」
聞かれてもよくわからない。というか、ルイさんはそもそも聞いてるようで聞いてなさそう。一人で「そもそもその制度が存在しないということもありえる?」だとかなんだとかブツブツ言ってる
「悪役」ってなに?もしかして、この世界には「悪役」に別の意味が含まれている?…いや、それよりももっと気になることがある。
「ねぇ、」
「…いや、いい。気にしないで。ただ__」
「あの…そうじゃなくて。ルイさんのお母様は役者でもあるって言ってたけど…」
「は?…まぁ、そうだけど…」
「すご!いいなぁ!本当にすごい!」
「…役者が稼ぎのメインかって言われたらちょっとわからないけど…」
「それでもすごいよ。続けてるってことがすごい」
心の底からそう思う。諦めてしまった自分からすると。
先生たちはみんな「続ければなんやかんや花開く」とか言ってたけど、私にはそんな待てる根気ないし、そんな長い間自分を信じられるほどの自信も実力もない。
だから、稼げてようが稼げていまいが…ずっと続けているというのがなによりもすごい。
「…まぁ、母上はすごいよ。多くの人から愛されてる。愛される才能があるんだ」
「いいなぁ!私、その才能全然ないからすごく羨ましい」
「だろうね」
「酷いなぁ…。でも本当にそうだからなぁ」
「でも、母上が愛されているのはその才能のおかげだけじゃない。努力してる。才能があるだけじゃなくて、努力もできる母上は本当にすごいんだ」
私が持ってない全てをもっているルイさんのお母様の話は若干耳が痛い。痛いけど「ああ、でもこういう人だからきっと俳優を続けられたんだろうなぁ。やっぱ自分にはどの道無理だったんだろうなぁ」と自分が諦めた理由が補強されることで、自分の選択が肯定されているような感じもして…なんとも言えない気分になる。
そんな複雑な気分で相槌を打っていると、ルイさんのお母様はすごいんだぞ話はどんどん白熱していく。全く話が止まらない。
1時間ぐらい話し続けても全然止まらなくてどうしようかと思ったけど、時計を指さしながら「そろそろ…」と言ったら「ああ。いつの間にこんなに」とようやくお母様トークをやめてくれた。
「ルイさん、本当にお母様のことが好きなんだね」
「まぁね。母上はそれだけの価値がある人だから」
価値、価値か。
たしかに聞く限り、ルイさんのお母様は才能もあって性格も良くて努力家で…間違いなく価値がある人だ。私とは__正反対の。
「それで、悪いんだけどさ。最後にあそこに寄っても良い?」
ルイゼさんが指さした先には落ち着いた雰囲気の文房具屋さん。
「もちろん。なにか欲しいものあるの?」
「ああ、ちょうどノートを切らしてたことを思い出して」
へぇ。ノート。
ノートだったらそれこそクッキーと違って学校の購買で買えばいい気がするけど…。そういえばルイゼの持ち物は全部洒落たものが多いし、なにかしらこだわりがあるのかもしれない。
* * * *
「…かわいい」
その文房具屋さんはそこまで商品が揃っているわけじゃないけど、穏やかで落ち着いた雰囲気の流れる場所だった。
沢山素敵な文房具が並んでいるのがあるけど、私の目に留まったのはちょっと違うものだった。
「なに見てるの?…ああ、アルバイト募集?」
ノートを数冊とペンを手にとったルイゼさんが隣に並び、ふんと鼻で笑う。
「お前には絶対無理だから辞めといた方が…」
「いや、あっち」
そのポスターが気になったのは確かだけど、そもそも生きるので精一杯なのにバイトなんてできるわけがないことは私だってわかってる。
なので、今見てるのはそのポスターじゃない。そもそもバイト募集のポスターにかわいいとは言わない。
「…ああ、バレッタ?」
小ぶりな花の飾りがついた華奢な髪飾り…そんな「文房具屋?」という商品に私の目は惹かれていた。
「そんなもの買う前に、髪の手入れをどうにかした方がいい気もするけどね」
事実かつムカつくことを言ってるけどスルーだ。そもそも私用に欲しいわけじゃないし。
「あの花ってなんの花かな?髪飾りについてるあの紫色の花」
「さぁ?あまり花には詳しくないから…。でも、なんか見たことあるな…」
なんだろう。よくわからないけどとても惹かれる。
それと、あの髪飾りは間違いなくエルちゃんに似合うと思う。エルちゃんの誕生日はいつだろう?ぜひ誕生日プレゼントとかであげたい。そこまでお高めって感じの金額ではないからそこはちょっと申し訳ないけど、もともとお金がないのでどうか許して欲しい。そもそも今日お財布盗まれちゃって…
あ。
「思い出した。イソトマだ。イソトマがその花を紋章に使ってる」
買えない…。
この髪飾りかわいいから絶対にすぐ売れちゃうと思うし、できれば今日のうちに買っておきたい。
でも、お金がない。つまり、買えない。
「おい、お前?聞いてるの?」
今度来る時まで残ってるかなぁ…。
「…そんなにあれが欲しいわけ?」
「まぁ、うん」
このお店、あんまり人が来てる感じもしないし、近日中だったら大丈夫そうな気もする。
「…僕が買ってやろうか?」
「え?」
え?
「…別に、あれぐらいだったら大した額じゃないし」
…いや、いやいやいやいや!さすがにまずいでしょ!
一瞬だけ「ちょっといいかも」とか思っちゃったけど!いくらお金がないからってそれはさすがにナイナイ。この言い方だと私にプレゼントしてくれる感じっぽいし。さすがにプレゼントの横流しはできないよ!
「あ~今回は大丈夫…うん。今度自分で買いに来るから…」
「…どうせそん時も付き合うことになるだろうし、それだったら今買っちゃいたいんだけど」
「いや~~でも、うん。今度は一人で頑張れるから。うん。今回付き合ってもらって色々勉強になったし」
「一人で?本気で言ってる?」
「…うん…」
「無理に決まってる」
…まぁ、今日の感じ見てたら…そう思いますよネ…。
「…別に、どうしてもって言うんだったらまた付き合ってあげてもいいけど」
…何これ?ツンデレ?
ありがたいけど…まぁいっか。色々小うるさくて小姑みたいだけど、そこまで悪い人ではなさそうだし。
「…じゃあ、また私がお金ある時に…一緒に来てくれる?」
「その時に気分が変わってなければいいよ」
そういってルイさんは明るい紫の目をぷいと私からそらす。
…なんだこいつ。
「…ありがとう。ルイさん」
ちょいムカつくけど一応お礼はいっておく。
ああは言ってるけど、たぶんこの人は次回もなんやかんやついてくれる気がするから。
「…どうでもいいんだけどさ」
「あ、うん」
「ルイさんルイさんってうざいから辞めてくれない?」
「えっ」
じゃあ、なんて呼べばいいんだろう。
クーポーさんとか?
「…ルイゼでいいよ。面倒だから」
「…え?あ、うん。わかった」
面倒だから「ルイゼでいい」ってどういうことだろう?
ほぼ文字数変わらない気がするけど…。というか、突然出現した「ルイゼ」の「ゼ」ってなに?実は本名はこっちとか?
まぁ、お世話になったし…別に大した手間ではないから、ルイさんがルイゼって呼んで欲しいんだったらそう呼ぶか…。
「…ルイゼ、今日はありがとうね」
大学について別れ際にそういうと、「ふん」とルイゼは鼻で笑う。そして、「こちらこそ刺激的な一日をどうも」と返してくる。
…すごくイヤミっぽいけどたぶんこれが彼なのだ。イヤミっぽいけど世話焼き。よくわからないけど、そういう人。正直、腹が立つことも多いけど、好青年の皮をかぶってた時のなにを考えているのかよくわからないルイゼに比べたらだいぶマシな気がする。
…できることなら、ルイゼとは長く仲良くできるといいな。