5
「これから学内でなにかあれば、シェバではなくルイ・クーポーに任せるように」
図書館でのことがあってだいたい二週間と少したった頃。
私はルエ学長のごちゃごちゃした色彩の学長室にいつも通り呼び出されてなにかを言われていた。なにを言われているのか、本当に理解できない。
「え?」
「だから、これからは、シェバではなく、ルイ・クーポーを、頼れと、言っている」
虫ケラを見るような瞳で私をジロリと見て舌打ちするすると、ルエ学長はわざとらしく一言一言区切りながらそう私に述べた。
「いいか?シェバは理事長の娘だぞ?そんな存在をいつまでもお前なんかのお世話係をさせられると思っているのかね?」
それは、たしかに。
「なによりだ。お前が来てからシェバは授業をしょっちゅう抜け出すようになったと、先生方から連絡をもらっている。そんなことをされては…困るのだよ。先生方もとてもとても困っていらっしゃる」
…それも、そうだよね。
「それにもうこの件についてはシェバからは承諾を貰っている。随分あっさりと承諾してくれたが…ああ、いや、なんでもない」
…そっか。そうなんだ。シェバさんが。
たしかに少し前からなんだかちょっとよそよそしい感じというか、「あれ?面倒くさがられてる?」って雰囲気を感じることがちょこちょこあった。
やっぱ…やっぱ、イヤになっちゃったのかな。私のこと。
…それとも、最初からイヤイヤだった?イヤイヤだったけど、任されてたから一応は優しくしてくれてただけ?
まぁ、そうだよね。無限の善意と優しさに溢れた人なんているわけないし、勝手に私がヒーローだとか王子だとか意味わかんない幻想押し付けてただけだし。恥ずかし。恥ずかしくて死にたいし、痛い。物理的に痛いわけじゃないけど、すごくすごく痛い。
シェバさんにさえ見放されちゃうなんて本当に終わりなんじゃないかな、私。よっぽどだよね。…本当にとっとと自立しなきゃ。家の事もいつまでたってもうまくできるようにならないけど、ちゃんと一人でできるようにならないと…。
「それで、だが。ルイ・クーポーをお前に紹介しよう」
まさか、この流れですぐに会わせるつもりだろうか。
正直、そんな気分じゃないの極みだ。すごくすごくやだ。せめて後日がいい。
しかし、そんな無言の願いが届くわけもなく。
「入りたまえ」
ルエさんの言葉の数秒後、閉じきっていた扉がゆったりと開き一人の青年が部屋に入って来た。
香水みたいな仄かに甘い香りがするけど…どうなんだろう?鼻が悪いからよくわからない。
見た目は…深い紫の髪をセンター分けにしたちょっと陰気そうでとても神経質そうな青年、それがパッと見の印象。よく見ると、すごく綺麗なのに甘さもしっかりある…みたいな顔立ちで、立ち振る舞いも舞台俳優みたいに優雅で洗練されている。
でも、その雰囲気がなんというか…暗いというか刺々しい。だからどうしても「陰気そう」と「神経質そう」が真っ先に来る。私を安心させるためなのか、口元には一応笑顔が浮かんでるけれど正直怖いだけだ。こんな空っぽな笑顔を浮かべるぐらいなら、シェバさんみたいに無表情でいてほしい。
…いや、シェバさんのことを変な風に引きずるのはやめよう。思い出せば思い出すほど傷がじくじくしてくるから。
「はじめまして。僕はルイ・クーポー。よろしく」
「よろ、あ、えっと、カヨコ・カガミです。よろしくお願いします」
私が慌てて頭を下げると、「ははは」と軽やかな笑い声が頭上で響く。
「同級生なんだから敬語なんていらないよ。もっと気軽で大丈夫」
優しそうで誠実な雰囲気に、ちょろくて単純な私は「思ったよりもいい人そう」なんて思ったのだった。
それと同時に「この人からもいつかシェバさんみたいに私から離れていっちゃうのかな」なんて思ったりもして、心がきゅっとなったのだった。