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「よぉ」
図書館の奥の奥__エルちゃんとのサークル活動場所に繋がる本棚近くで、ニヤニヤと嫌な笑顔で笑う男子学生4人に声を掛けられた時点で、直感的に「あ、まずいな」とは感じていた。
「ちっとこっち来てくんねぇかな」
そして、強すぎる力で腕を引っ張られて本棚の影に引きずり込まれてその予感が正しかったことを察する。
こんなところに来るのはそれこそエルちゃんか私か、よっぽどマニアックな趣味を持った人か、あとは…私目当ての人。もちろん悪い意味の「私目当て」だ。
これまでそういう人が実際に来たことはなかったけれど、いつか来てもおかしくはなかった。だって、ここに来るのは「シェバさんと別行動をしている時」だ。シェバさんが私から離れるタイミングを虎視眈々と狙っている人たちには、絶好のタイミングと映るだろう。
「な、なんですか…」
どうにかこうにか声を絞り出して尋ねると、腕を掴んでいた男の後ろから、明るい茶髪を緩く結んだチャラそうな男が顔を出す。
「ちょっとさ、服脱いでくれない?」
「…は?」
今、この男はなんと言っただろうか。
「だから服脱げって言ってんの」
今度は赤髪の男。
下卑た笑みを浮かべながら、スマホっぽいなにかごしにこちらを見ている。
「や、やです…」
弱々しすぎる声で拒絶すると、一番後ろで腕を組んでいた青髪の男が「ちっ」と舌打ちして「生意気だな」と呟いた。
生意気もなにも「服を脱げ」と言われて喜んで脱ぐ奴がどれぐらいいるのか。春になるとよく発生するトレンチコートの不審者とかであれば嬉しそうに全開にするのかもだけど、私はそうじゃない。明らかに自分に悪意を持っているヤツらに…そうじゃなくてもイヤだけど、そんなヤツらの前で服なんか脱ぎたくない。
「く、く、靴下だけ脱ぐとかだけだったらいいですけど…そ、そういう話じゃないんですよね…?」
「馬鹿にしてんのかよ」
ずっと私の腕を掴んでいる男の力が強まる。たぶん、本当は痛いんだと思うけれど「こわい」ばかりが頭をしめていてもはやなにも感じない。
「もういい。…やれ」
青髪の男が顎をちょっと上げて合図すると、腕を掴んでいた男が黙って両腕を拘束し私の後ろに周り「おっけ~」と間延びした声で茶髪が私の前に立った。
明らかにやばい構図に私も少し暴れてみるけれど、予想通り拘束が外れる様子はない。
「あんまり女の子に手をあげるのは好きじゃないけど…キミが悪いんだから許してね?」
いっくよ~なんて軽い声と、こちらの反応を楽しむようにゆっくりと振り上げられる拳。
女に手をあげるのが好きじゃないなんて絶対嘘だ。だって、普通の人は好きじゃない行為をするときにこんな風に楽しそうに笑わない。
こわい、こわい、こわい、こわい…!!
最近、なにもなくともよく勝手に震えている身体がそれとは比較にならない程強く震え始める。
これまで色々されてきたけど、ここまで露骨な暴力は初めてだ。
きっとくるであろう痛みも怖いけれど、その後も怖い。なにもかも怖い。
シェバさんはまだかな。お願いだから、はやく来てほしい。お願いします。お願いします…
逃げる術の明らかにない殴打の痛みと恐怖を少しでも和らげようと、ゆっくり目を閉じる。
その直後、肉が潰れるような鈍く激しい打撃音が響き、少し遅れて脳天にまで響く痛みが…
「え?」
…こない。
痛みが、こない。おかしい。確かに、音はしたのに。痛みは来ない。
__もしかして。
おそるおそる目を開くと、そこにはちょっと前の私にとっては予想外で、今の私にとっては期待した通りの光景が広がっていた。
「あ…」
シェバさんがそこには立っていて、チャラそうな男が地面で伸びていた。
「失礼。よろしくない虫が顔に止まっているように見えたので、咄嗟に足が出てしまった」
恐ろしいぐらいの無表情でそこに立つシェバさんは、本当にかっこよくて綺麗だった。
男共を追い出す姿も、私のことを心配してくれる姿もとてもとても綺麗。
こんな綺麗で真面目な人が私を守るために、授業さえすっ飛ばして助けに来てくれるのが嬉しくないわけがない。でも、配慮のないヤツだと思われるのもイヤだし、申し訳ないともちょっとは思うから「授業…ちゃんと受けられてますか…?」なんて心配する素振りを見せはする。
それに対して、「問題ない」って、シェバさんはそういうけど、問題ないわけがない。
私に心配をかけまいと嘘をつくシェバさんは綺麗で、高貴で、美しい__本当に。なによりも。
シェバさんの嘘は嘘ともいえない清らかな嘘かもだけど、やっぱり嘘は嘘だから、私も嘘をつくことをどうか許してくださいね。ううん、私のこれは「嘘」じゃなくてあえて伏せておくだけだし、シェバさんより罪は軽いのかな。
__勉強サークルのこと。
だって勉強サークルのことを話したら、エルちゃんのことも話さなきゃいけないし、場合によってはエルちゃんと会うことになるかもでしょ。
シェバさんと同じく綺麗で、春の海水のようにピュアで、私よりずっとずっとか弱そうで優しいあの子に会ったら、シェバさんはそっちに目がいっちゃうかもしれない。そんなのはイヤじゃん?
シェバさんが将来私以外の誰かの王子様だかお姫様になっちゃうことはよくわかっているけれど、その時期は少しでも遅らせたい。そのために「言わない」を選択することは…悪いことかもしれないけど、そこまで悪いことじゃないでしょ?
だから__ほら。
お願い。お願いです。
もうしばらくは、私のヒーローでいてください。それで、こうして動けなくなった時、抱きしめて。
立ち上がれなかったのなんて本当は一瞬だったけど、でもこの世界で立っていることが辛くて苦しくてしょうがないことは間違いなく本当だから。
いつか、ちゃんと私も自立するから。だからお願い、しばらくはこうして私を抱きしめて。