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 あの人じゃないヒトが教えてくれたことが指し示すことは、「私は外国どころか、おそらく<異世界>にきてしまった」ということだった。

 私の足りない頭ではよく理解できなかったけれど、なんとなくわかったことは、この世界は「おとぎの国の世界」だということ。ここは、本だとかいわゆるフィクションの作品に出てくる人が現実に存在するし、魔法も存在する世界らしい。

 もっと話を詳しく聞こうと思った時には、私は意識を失っていて、次に目が覚めた時にはあのヒトは消えていた。


そして、あのヒト以外とも普通に会話ができるようになっていた。



「いいかね?君は理事長の寛大な措置により、今日からここで生活することを許された。一か月後からは大学にも通うことになっている」


 この人はナンチャラ大学の学長のルエさん。

 どうやら私が発見されたのはどこかの島の大学で、私はその大学で保護されることが決まったらしい。

 このおじさんは、その大学のすごさと理事長の偉大さをくどくどとお話してくれた。あまりにも話が長くて途中から意識が飛びかけたけど、ざっくり言うとこの大学は世界から優秀な生徒が集まるすごい大学らしい。そんな大学に私みたいなのが入れるのは特例中の特例で、本当だったら「ありえない」ことなんだって。

 

 …たぶん、喜ぶべきことなのかなとは思う。

 異世界らしき世界に飛ばされたにも関わらず、人体実験とかにあうこともなく、生活を保障されて、それどころかその世界の人すらまともに入学することが難しいようなすごい大学に入れてもらえる。

 でも、個人的にはあの小・中学生の頃を思い出す。身の丈に合わない環境ほどつらくて、自分が情けなくなる場所はないのだ。小学校もまさに私は幸運だけで入学したけど、今の状況はそれによく似ている。

 人には「幸運だね」と言われる状況・環境でも、私みたいな出来が悪くて向上心の欠けた人間にとっては、不幸しか運ばない。だからきっと…今回も…



 そして、その予想はたぶん正解だった。

 正解だったし、私とこの世界はすごく相性が悪かった。



「お、嬢ちゃん。ちょうどいいとこに」

「え」


 それは、シェバさん__最初にお世話になった、あの身長の高い褐色の肌の綺麗な女の人に連れられて、街に出ていたときのことだった。

 シェバさんはすごく綺麗だけど、あんまり笑わないしちょっぴり無口だから、その綺麗さと身長も相まってなんとなく怖いイメージが最初はあった。

 でも、今の私は知っている。

 シェバさんは誰よりも優しい人だって。日本に居た時の友達には絶対にいないタイプだったし、そもそもこんなに高潔な人は、全世界を見渡してもなかなかいないと思う。それぐらいに、心がキレイで本当に優しい人なんだ。

 でもね、それはシェバさんが特別なだけ。この世界の人全員がそんなに優しくて高潔なわけじゃない。

 ううん、むしろ…


「ちょっと金貸してくんね?」


 「嬢ちゃん」なんて気安く話しかけてきて、さらには「金を貸して」なんて言ってくるその歯の抜けたちょっと臭いおじさんは、もちろん知り合いでもなんでもない人だった。

 そんな人にお金は貸したくないし、そもそも貸せるお金がない。


 助けを求めようと、視線を上にあげて思い出す。そこにシェバさんはいない。いるわけがない。なぜならそう、さっきはぐれたから…。

 

 そのおじさんは…最初から今にいたるまでずっと笑ってはいるけれど、その笑顔は私に安心を与えるものじゃない。

 ドブみたいな臭いに混ざって、強烈なアルコールの臭いがするから、たぶんこの人は酔っている。いわゆる酔っ払いだ。でも、日本にいるような甘っちょろい存在じゃない。

 私もこの数日でずいぶん理解した。この世界は、日本よりも随分治安が悪いのだ。どこでも暴力が蔓延っていて、弱いものは搾取されて当然。強いが正義で弱いは悪。


「ごめんなさい…私…」


 だから、弱い私はこの世界では基本的に搾取されるだけの存在で__


「…ミスター、その少女は私の連れなのだが。なにか用か」


 早々に逃げることも諦めて、悪いこともしていないのに謝る姿勢に入っていた私の前に、銀の羽を持つ天使が降り立った。

 比喩みたいだけど…いや、そりゃ比喩だけど、私とおじさんの間に立ちはだかるシェバさんの背中でゆらゆらとゆれる長い長い銀の髪は本当に天使の羽みたいだった。


「シェバさん…」


 私がその後ろ姿に見とれているうちに、気が付いたらおじさんは消え、そこにいるのは心配そうにこちらを覗き込むシェバさんだけになっていた。


「…大丈夫か」

「…あ、はい。おかげさまで…なんにも、ないです」

「…ならいいが」

「その…本当にいつもごめんなさい」


 実はこういうことは初めてでもなんでもない。

 この世界で外出するようになってからというものの、一日に二回ぐらいはこんな感じで変な人に絡まれてるし、その度にシェバさんに助けられてる。情けないし、申し訳なくて申し訳なくて仕方ない。でも、それでも毎回必ず助けに来てくれるシェバさんを見るのはちょっと好きだった。だって、その度に確信できるから。「この人は私を見捨てないんだ」って。

 でも、シェバさんが来るまでは「さすがに今度こそは見捨てられちゃうんじゃないか」って毎回不安になる。だから、わざと迷惑をかけるようなことはしないし、なにかあったときにわざわざ言いつけにいくようなこともしない。むしろなにかされたときでもバレなそうだったら黙ってる。ただ、私を助けに来てくれるシェバさんの加護欲と正義感に満ちた横顔を見て…勝手にホッとするだけ。



 学校に入ってからも、その繰り返しはしばらく続いた。

 むしろその数はずっと増えた。たぶんだけど、学校の中の結構な割合の人が私を嫌いみたい。驚くほど敵が多くて逆にちょっと笑っちゃった。

 私、出来は悪いし友達もそこまでできたことないけど、いじめらしきものに関しては小学校の時にいくらか受けたのと、高校時代に先輩とコーチからパワハラにあったぐらい。だから、ここまで大勢の人にいっせいに悪意を向けられることはあんまりなくて…正直結構きつかった。


 異世界にいるという自分の現実を現実と受け止めきれないこの浮遊感と、シェバさんの存在がなければきっと私は立っていられなかった。


 …いや、本当は逆なのかもしれない。

 崩れ落ちたところで、逃げたところで__誰も私のことを守ってくれないし、私の状況はなにも変わらなくて悪化することが目に見えていた。だから、私はヘラヘラと笑って自分をどうにか騙しながらただそこに居ることを選んだのかもしれない。ここは「現実」じゃないから、私にはシェバさんがいるから…って。

 前の世界だったら「逃げ」をうっても、崩れおちても、生きてはいられたし守ってもらえた。でも、この世界には両親もおばあちゃんもいない。なにがあっても私を守ってくれる人は…この世界にはいないのだ。


 いつも私を助けてくれるシェバさんだって、たぶん「なにがあっても」私を守ってくれるわけじゃない。そんなのよくわかってる。あれは、彼女が高潔で、優しくて、あとは理事長から指示を受けているから守ってくれているだけ。

 わかっているけれど、あまりにも「なにもない」私には、困っていると必ず助けに来てくれるその姿が、心配そうにひそめられる白銀の眉が、遠慮がちに触れてくるその手が__どうしても必要だった。

 あの美しくて誰からも求められるような人が私を守ってくれるから、私なんかのためにその他を蹴散らしてくれるから、その優越感と安心があるから私は生きていられた。

 世界なんてものから目を逸らして、彼女だけを見つめることで私は正気を保っていた。


 彼女は__私のヒーローだった。




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