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人生いつも中の下だった。
なぜかむかしから周りには「上」の人が多かったから、実際は下の下みたいなものだった。
世の中の人は「世界にはもっと苦しんでる人がいるんだから~」とかいうけど、私の世界に入ってこないその人たちの存在が私の「苦しい」に影響を及ぼすことはない。あるとしても、少し心が痛んで…あとは苦しい中でも頑張って生きている人がいるのに、恵まれた環境の中でも全くダメで文句ばっか言ってる自分に「苦しい」が増すだけ。
私って本当にダメなんだな…ってことを人生の節々で自覚して生きて来た。
小学生の時にはうっかり名門大学の付属校なんてものに進んでしまって、成績は常に学年の底辺を彷徨うことになった。塾には一年生の頃から毎日毎日通ったけど、結局ずっとダメだった。
同じ付属校である中学にはなんとかギリギリ進めたけれど、やっぱりずっと底辺。
高校ではついに成績がヤバすぎて名門大学の付属校からは追い出されて、今度は適当に併願推薦で受けてた別のあんまりレベルは高くない大学の付属校に通うことになった。中学生の時には周りがあまりにも「上」すぎて、なんかもうここにいることは無理だな…という感覚があったし、その頃には勉強もまともにしなくなっていたから当然の帰着ではあった。
だから、まぁ…努力できない自分が情けなくはあったけれど、納得してもいた。でもやっぱり…傷ついてはいたんだと思う。
大学受験では頑張ろうと思ったけど、やっぱり無理だった。一回はやる気がでて、親に高い金を払わせて塾にも通わせてもらったけど、色々あってさっぱりやる気を失ってしまった。結局、付属校であるあんまりレベルの高くない大学に進学した。
しかも、芸術系の学科に。どの芸術のジャンルかは秘密。ただまぁ、とにかく芸術系の学科に進んだ。勉強は無理だったけど、芸術だったらなんとかなるかな…と思ったのだ。ずっと好きで部活とかでもちょっとかじってた分野だったし。でもまぁ…結果はご想像の通り。
芸術系特有の馬鹿高い学費を払ってもらっているのに、本当に申し訳なかった。そして、こういう時に「がんばろう!見返してやる!」とはならないのが私が私たるゆえんだ。だから「やっぱり私なんかには無理だったかぁ…」と思いながら「就活がんばる!」「最初からそっちの分野を仕事にするつもりはなかったから!」なんて言い訳に逃げた。
でももちろん、私は「就活」でも躓いた。
それはもう綺麗にズッコケた。まったく無理だった。
私になにか堂々と話せるようなことなんかなにもなかったし、嘘を言えるほどの勇気もなかった。いくら練習しても本番になると頭が真っ白になった。それに、大学も微妙、学科も芸術系で就職には全く有利じゃない。そんなんじゃどこにも拾って貰えるわけもなかった。
しかもね、ちょうど同じ時期に、小学生の頃からの唯一無二の大好きな友達に彼氏ができちゃった。私は恋人とか必要なくて、その子がいれば十分幸せだった。でも、その子はそうじゃなかったみたいで。これまでは一緒に過ごしてた誕生日もクリスマスも、全部「ごめんね」って言われるようになっちゃった。そりゃそうだよね、私はただの「友達」だもん。
そうやって、どこからも「いらない」って言われて思ったんだ。
どこか別の世界にいきたい__って。
たぶん、私はどこにいこうとも「いらない」人間なのだとは思う。
でも、もしかしたら…と思っちゃったんだ。
ほら、だってさ、なろうの小説だとか読んでると、異世界に行ったらチート級の力を手に入れて…だとか色々あるでしょ?私もそうなれるんじゃないかってちょっと期待しちゃったんだ。
そうじゃなくてもさ、そんなすごい力手に入れられなくてもいいから、とにかく今のこの現状から逃げ出したかった。
そしたらね、ある朝本当に別の世界にいたんだ。
信じられないと思うでしょ。私も信じられなかった。
寝て、誰かに揺すられて目が覚めたら、全然知らないところにいた。いつも寝間着につかっているジャージのまま。いつの間にか知らない靴下と靴を履いてたけど、神様からの贈り物っぽいものはそれだけ。
目の前には、褐色の肌をした長い長い銀髪の大きくてキレイな外国の女の人がいた。女の人に使うのは間違っているかもしれないけれど、「精悍」という言葉が相応しい、凛々しくて本当にキレイな女の人だった。
そんな素敵な人が、私なんかになにかを話しかけてくれていたけれど、話している言葉は全く理解できなかった。どうにか聞き取れないかと頑張っていたら、頭がすごく痛くなってきて一度強く目をつぶってしまった。
そしたら、次の瞬間にはベッドにいた。
目の前にはさっきの綺麗な女の人と、白衣を着た焦げ茶の髪のとても厳しそうな30代ぐらいの男性がいた。なんとなくだけど、この男の人はお医者さんなのかなという感じがした。
私が目を覚ましたことに気づくと、二人ともハッとした顔をして色々話しかけてくれたけど、やっぱりなにもわからない。「ごめんなさい、ソーリー」と日本語とカタコト英語で謝罪してみたけれど、二人とも怪訝な顔をしていて、たぶんどっちにも伝わっていない様子だった。
二人はしばらく私のことをみながらなにかをブツブツ呟いたり、話し合ったりしていた。
色々やって「う~ん」という顔をしたあと、お医者さんらしき男の人はスマホ…をちょっとお洒落にしたみたいなものを取り出して、たぶんどこかに電話をかけ始めた。
この時点で私は、まだあんまりこの現実を「現実」と受け止められていなかった。というより、私の身になにかおかしなことが起きていることはわかってたけど、まさか別の世界に飛ばされてるなんて思わなかった。
しばらくすると、なんとなく親しみのあるアジア系の顔をした人がやってきて私に話しかけてくれたけれど、何を言っているのかはよくわからなかった。
その次にやってきたアジア系の顔をした人の言葉は、「中国語…っぽい…?」とは思ったけどやっぱりわからない。
その次の人は…東アジア系の顔をしていたけれど、その人が口を開いた瞬間、口が裂けた。比喩表現じゃない。ガチで裂けたのだ。そこからなにか言っていた気もするけど、なんの記憶もない。
気が付いたら、布団の中に引きこもって震えていた。
そのあたりから能天気な私もいい加減「ここはヤバいんじゃないか」という気がしてきていた。明らかに「人」じゃない人の存在と、その存在に怯えている様子のないあの綺麗な女の人とお医者さんの様子に、「異世界」の可能性もちらつき始めていた。
怯えた様子の私に綺麗な女の人とお医者さんは、大慌てでおそらく私と相手の人に謝罪をしていた。でも私は「こいつらも口か鼻かどこかが裂けるのでは?」という疑いを振り払うことができず、なかなか布団から出られなかった。
かなりの時間ずっと優しく布団を撫でられて、ようやく布団からちょっとだけ顔を出すことができたその時。
扉を開けて部屋に入って来る無表情のつまらなそうな顔をした真っ白なヒトと目が合った。髪も肌も真っ白。真っ白の睫毛に囲まれ鮮やかに輝く金、その瞳の周りと唇に引かれた艶やかな朱色、それだけがそのヒトの色だった。思わず息を飲むくらい神秘的で、美しかったけれど、明らかに「人間」じゃなかった。
でもそれは、綺麗な女の人に促されて確かに発したんだ。
「こんにちは」
って。
たしかに、間違いなく日本語だった。
関西っぽいなまりはあったけれど、たしかに日本語。
呆然としつつも、大慌ててで「こんにちは」って__本当は「こ、こ、こんにちはぁ」みたいなもっとキモイ感じで返した。そしたら、そのヒトはしなやかな動作で私の隣に腰かけてきて、たおやかに私に笑いかけたのだった。
だから、それにちょっとだけ安心した私は、そのヒトに思わず最大の疑問を口にした。
「こ、ここはどこですか…?」
異世界にしろ、同じ世界の外国にしろ、とにかくこれを知りたかった。
この明らかに日本じゃない国がどこなのか。