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 __すべての運命は耐えることによって克服されねばならない

                 『アエネーイス』より





 無機質に並ぶ数字と名前。

 廊下に張り出された大学に入学して二回目の定期考査の結果は、以前と同じようなものが並んでいました。


「…またクーポーかよ」


 僕の__あるいは全ての生徒の心の声を代弁するかのように、同じ1年生の彼は吐き捨てます。


「なんでお前じゃないんだろうな」


 成績表から視線を外さずに呟く彼に浮かぶのは、僕の努力への賞賛と評価__というよりは、気に入らない人間の名前が一番上にあることへの苛立ち。


「お前が実技だけじゃなくて、筆記でもトップだったらよかったのに」


 以前の僕であれば同じことを願ったかもしれません。

 ですが、今の僕にはもはや順位などどうでもよくて__


「これって…」

「これは、この前受けた試験の結果。その前の試験は免除されてたんだっけ?」

「あ、うん。さすがにこっちの世界に来たばっかりだからなにもわからないだろうって」

「まぁ、だろうね」

「それで…えっと、コレ…この成績のヤツって毎回はりだされるの?」

「貼り出されてこうやって晒しものにされる。だから次からはもっとまともな成績をとるんだね」


 セイレーンの耳は、よく音を拾う。

 

「さ、最下位か…」

「ショック?」

「いや、なんとなくわかってたし、なんというか…こういう成績は慣れてるというか…」

「あの衝撃的な成績には慣れられるとは…随分と将来有望だね」

「ははは…」

「…まぁ、突然やってきた異世界人なんぞに成績面で期待するヤツなんかいないから、次からは1科目だけでも最下位を脱することを目指すんだね」


 かよこさんの声、と()()Louis Coupeau__ルイ・クーポーの声。


 __なぜあの二人が一緒に。


 これまでかよこさんは、学内では基本的にはシェバさんと…あるいは一人で行動していたはずです。

 僕はその背中に声をかけたいな…と思いつつも、シェバさんが居る際には恐れ多くて、居ない時は課題を見せてほしかったり実技をサポートしてほしかったりする同輩たちを振りきれずに、結局声をかけられずにいました。


 でも、少なくとも。ルイ・クーポーとの関わりなど一切なかったはず。


 それが、どうして突然…







 あまりに突然の出来事に僕は衝撃を飲みこむことができず、その後にあった僕が趣味でとっている授業を勝手ながら全てお休みさせて頂き、すぐに彼女が来るであろう秘密のサークルに向かいました。


 …ですが、そこに彼女は来ませんでした。


 これまでであればほぼ確実に部屋に来る時間帯__一年生の必修授業がない時間帯だったにも関わらず、彼女は来ませんでした。

 放課後になるとようやくやってきて、「これからは放課後だけになるかもで…あ、あと放課後も来れない日ができるかもしれなくて…ごめんね」と頭をぺこりと下げました。それだけでした。

 当然です。別に彼女に、彼女のサークル外での行動や友好関係についてを僕に報告する義務はありません。

 だから、気になるのであれば彼女に聞けばいいのです…


「ルイ・クーポーさんとは仲がよろしいんですか?」


 …が、なんて質問は僕にはできず。

 結局僕はもやもやしたものを抱えたまま、なんてこともないふりの笑顔で彼女を地上へと見送ったのでした。



 __なんで。



 なんでなのでしょうか。どうして、彼なのでしょうか。

 

 __「悪役」の息子なのに。


 彼は「悪役」の息子です。無条件に嫌悪される、哀れで、最低な「悪役」の息子。なのに、なぜ彼女はあんな風に自然と受け入れて__ごくごく親し気に話しているのでしょうか。それこそ、僕とよりも仲がよさそうに…。

 それにしたってなぜルイ・クーポーなのか。


 やはり、筆記の成績がトップだから?実技であれば僕も…いえ、魔力のない彼女に実技など意味のない話でしょう。むしろ、魔力の高さやそれを扱う適性の高さなど獣性の証と言っても過言ではありません。


 __ああ、やはり。やはりそういうことなのでしょうか。


 僕の__セイレーンの仮初の知識と理性などではなく、彼が__ルイ・クーポーという人間が持つ真の知性と理性を彼女は求めた?

 わからない。わかりません。でも、僕はおそらくまた彼に敗北したのです。

 定期試験で測ることができることのできる部分だけでなく、また別のなにかで。






「実は…その、アルバイトを始めることになって…放課後も今までみたいには来られないかもしれなくて…」


 ルイ・クーポーからよく漂ってくるのと同じチューベローズのきつい臭いのする中、その言葉に…僕は黙ってうなずく他ありませんでした。

 それ以外になんの選択肢があるのでしょうか。「金銭的支援はするからアルバイトなどせずサークルに来て」…一体僕は何様のつもりで、どんな立場からその言葉を発するのでしょう。

 理事長からの過度とも言えるほどの支援と、海の底に眠っていたモノをいくらか売り払ったことにより、金銭的にはかなり余裕があります。かよこさんへの支援など大した問題にはなりません。


 ですが、それを申し出ることによって彼女の矜持がどれほど傷つくことか。


 その申し出は例えば、彼女と僕が…彼女とルイ・クーポーのように極々親しい友人、あるいは恋人であればおかしくないのかもしれません。でも、僕はそのどちらでもありません。ただの小さなサークルの長とそのサークルメンバーで…せめて「友人」であることは信じたいですが、それすらも彼女にとってどうなのかもわからない。

 そんな申し出をしたところで、やっぱり彼女の矜持を傷つけるだけで終わりです。


「…無理はせず。このサークルにはお暇な時に来て下さればいいんですから」

「でも…」

「サークルよりもなによりも、まずはかよこさんの生活と身体ですから」

「…ありがとう」


 汚い本心を隠すために…人間っぽい、それらしいことを言うだけの、獣。

 

「…でも、本当に…無理に言ってるとかお世辞とかじゃなくて、心の底から…なるべくここには来たいと思ってて、」

「…大丈夫ですよ、

「本当に…本当に、ここが…ううん、エルちゃんのことが、エルちゃんと一緒に勉強しているのが…好きで」

「…」

「それに、エルちゃんのおかげで小テストとかも…たまにはちょっとマシな点数とれるようになってて。そういう意味でもやっぱりこのサークルには通わなきゃな…みたいな…?」

「…そう、なんですね」


 僕の手助けが彼女の勉学の助けになっているのであれば…それは純粋に嬉しい。


「でも、本当に無理はしないでください。勉強はここだけでなく他の場所でもできますから。ほら、


 __ルイ・クーポーさんに教えて頂くなんてのもいいと思いますよ。


 自分でもどうして飛び出したのかわからない僕のその言葉に、一瞬だけかよこさんはぽかんとした顔をしました。

 ですが、すぐに破顔して、


「ルイゼの教え方はなんというか…アレだからさ…。だから、私はやっぱりエルちゃんと一緒に勉強してるのが一番好きかな…なんて」


 …と、そんなことを照れくさそうに言うのです。

 その言葉に、僕は本当は喜ぶべきだったのかもしれません。実際、「一番好き」と言う言葉に対し嬉しいという気持ちも多少なりとも湧き上がってはきました。

 でも、なによりも、僕は…何気なく呼ばれたルイ・クーポーの愛称と、苦笑と共に吐き出された彼への強い親しみに…心が凍てついていくような感覚がしたのです。


 そのあとの僕が、どんな顔で、どんな声色で、どんな言葉を吐き出したのか…よく覚えていません。

 ですが、いつも通りおそらくそれっぽい顔で、それっぽい声色で、それっぽい言葉を吐き出したのでしょう。



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