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初めてお互いの名前をしったあの日、「お互いについて知ろう」とか言ってたのに結局わたしたちはあんまり話せなかった。
それこそお互いの名前とお互いのおうちがあるとこについてちょっと話すぐらいしかできなかった。なんでってあの後すぐにお日さまが地面に近づいてきたのを見て、かよ子が「帰らないと」って言いだしたから。だからその日は、一緒に帰る時にちょっと話しただけで終わっちゃった。
でもその代わりに、わたしたちは三日に一回ぐらいのペースでおしゃべりするようになった。
約束とかしてるわけじゃないけど、わたしの…わたしたちの場所にいくと居たり居なかったりするから居た時はおしゃべりしたり一緒にぼうっとしたりする。一緒にいる時間は3時間ぐらいだったり、10分ぐらいだったり。
思い出をまじないで忘れることに関しては、三度目に会った時にかよこに「もう少し考えさせて」と言われたっきりなにも言われない。わたしも、かよ子の故郷のお話もっと聞きたいからそっちの方がいいな~って思ってあれからなんにも言ってない。たぶんないと思うけど、これから先にかよ子が「忘れたい」って言いだしても「やっぱできなかった~」ってことにしようと思ってる。だって、せっかくのつまらなくない話とお別れするのはいやだし。
かよ子と話すのは基本的にお互いの故郷の話だったけど、わたしたちの故郷はふしぎな一致がたくさんあった。たとえば、服のこととか、ごはんのこととか。
かよ子の故郷では海のものを沢山食べるらしいんだけど、それはわたしの故郷もいっしょ。生魚とか海藻とかも食べる。ちなみにその話は、かよ子に「あのさ、ワカメって食べる?」っていきなり聞かれたことからはじまった。ちなみにわたしの故郷でもわかめは食べるよ。わたしはあんまり好きじゃないから食べないけど。
そんな風にかよ子と一緒にいる時間は、別になにか特別なことがあるわけじゃないけど…その時間はつまらなくもたいくつでもなかった。
だからかよ子に、
「ごめんね、これからあんまり来られなくなるかも…」
って言われた時は、すんごくつまんない気分になった。
かよ子が最近つけるようになった気持ちの悪いハンドクリームのにおいをがまんしながら聞いてたせいで、もっとイヤな気分になった。
なんかかよ子によると、大学からもらえるお金が減っちゃったから、その分お仕事してお金を稼がなきゃいけないんだって。それを聞いて私は「お金だったらあげるからお仕事なんてしないで来てよ」って言ったんだけど、しばらく固まったあとに真っ青な顔で「やめて」「そんなことさせられない」「そんなことをするんだったら私は二度とここに来ない」って言われちゃった。わたしはどうせほとんど使わないし、別にお金ぐらいなんでもいいのにね。
でね、それから本当に一週間に一回ぐらいしか会えなくなっちゃった。
わたしたちの場所に行ってもぜんぜんいない。わたしだけぽつん、って。
たまに会えた!と思ったら、お仕事の話を楽しそうにしたりなんかする。失敗することばっかだけど、周りの人が優しいから楽しいんだって。
…わたしはかよ子に全然会えなくてすこしも楽しくないのに。ひどいよね。
それをかよ子に伝えても、困った顔で「ごめんね」って言うだけ。お仕事の話はあんまりしなくなったけど、それでもお仕事はやめてくれないし、わたしたちの場所にくる回数もふえない。
お仕事をやめられないんだったらサークル?を辞めればいいのにって思ったけど、そっちはそっちで色々勉強とかもしてるから辞めたくないって。
「…かよ子!」
一週間とちょっとぶりにようやくかよ子がわたしたちの場所にやってきた。
でも、なんかちょっとおかしかった。
「かよ子?」
かよ子はなにもしゃべらないまま、いつもの場所にすわる。そして、足を三角にして顔を膝にぎゅっと押し付け、そのまま動かなくなっちゃった。
「かよ子?どうしたの?なにかあったの?」
わたしは半分人間じゃないから、あんまり人間の心はわからない。でも、かよ子が今ぜんぜん楽しい気分じゃないっていうことはわかる。
そんなかよ子に、わたしはどうすればいいのかわからなくて、ずっと周りをうろうろとしてた。
あまりにもずっとそうしてるからこのままだと岩になっちゃうんじゃないかと思いはじめた頃に、やっとかよ子は口を開いた。
「…こっち来て」
風の音に紛れて聞こえてきたその声に従って、となりにすわる。
そしたら、かよ子が「こっち」と足を崩して腕を広げてきたからそのまま抱きつく。
しばらくそのままでいたら、かよ子は「ありがとう」って言ってゆっくりと息を吐いた。
「…あのね、私…お仕事辞めることになったの」
それからまたちょっと時間をあけてから、かよ子はささやくみたいにそういった。
「え、そうなの?やった~!」
そう言ってわたしがぱたぱたとかよ子の背中を叩くと、かよ子はちょっと笑って「うん」と頷いた。
「これからはまえみたいにいっぱい会える?」
「…それは…ごめん。難しい」
「えっ、なんで?」
「新しいバイトを探さないといけないから…」
「なんで?なんで?せっかく辞めたのにどうして?」
せっかく辞めたのにまた探すなんてよくわからない。わたしともっと遊びたいから辞めてくれたんじゃないの?
すると、かよ子はまた笑った。今回は困った感じで。
「辞めたいから辞めたんじゃなくて…辞めさせられちゃったの」
「…なんで?」
「ちょっと事情があってって店長さんには言われたけど…たぶんね、本当はミスばっかで馬鹿な…私がいらないから」
「かよ子、いらなくなんかないよ」
だってつまらなくないもん。一緒にいて楽しいし。
「…ありがとう。そう言ってくれるのは…八条ぐらいだよ」
ふわふわした腕に力がこもる。
「…どうしよう、私。お仕事だけじゃないの。大学でもみんなから嫌われてる。大好きな憧れの人にはなぜかいつの間にか距離を置かれちゃってて、友達にも迷惑かけてばっかりで…たぶん面倒くさがられてる。あの子は…どうなんだろう。あの子はたぶんすごく優しい人だから、突き放せないで一緒に色々やってくれてるけど…たぶん本当は…」
かよ子は下を向いたまま浅く息を吐いている。
よくわからないけど、たぶんすごく…つらいんだと思う。
「…かよ子」
__かわいそう。
いつかあの白い部屋でふんわりうかんだ気持ちがまたうかんでくる。でも、あの時より今はずっとかわいそうに感じる。すごく、すごくかわいそうだ。
でも、あの時と違ってどうしてあげればいいのかわからない。わからないから、わたしはできることをやるしかない。
「かよ子、みて」
かよ子と目を合わせて、冷たい手にわたしの手を重ねる。
力をさらさらと流し込んで、しあわせな気分になれるおまじないをかける。
「…え?」
そうしているうちに、ちょっとずつかよ子の手が温かくなって、真っ青だった頬っぺたにも赤みがでてくる。
「かよ子がしあわせになれるように、おまじないをかけたよ」
そういってかよ子のおいしそうな頬っぺたに口付けをする。
本当はかじりたかったけど、それはがまん。
「…ありがとう」
少し驚いた顔をした後に笑ったかよ子はすっごくかわいかったし、その後のかよ子はいつもの感じをちょっとだけ取り戻してた。
でも、それはその日だけ。
それからかよ子はどんどん「いつものかよ子」じゃなくなっていった。
遅くなりましたm(__)m