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「突然呼び出して申し訳ない。理事長から連絡があってだね…」
図書館での事があってから二週間ほどたった頃、ルエに学長室に呼び出された。
部屋の相変わらずの毒々しい色彩に目を痛めつつ、一体父から何の連絡がと眉を顰める。
なるべく早く要件を済ませてカヨコのところに戻りたいと思っていたが、父からとなればそうもいかないだろう。
「最近、君がやたらと授業を抜け出す件についてなんだが…どうやらそれが理事長のお耳にも入ったようでな」
「ああ…」
それが何だと言うのだろう。
たしかに授業の遅刻早退欠席回数が増えたことは先生方に申し訳ないと感じている。しかし、授業内容の理解は十分にできているという自負があるし、次回の__来月の試験でも、全く問題ない結果を得られる自信がある。この大学は出欠席はあまり重視しない方針だったはずだが記憶違いだろうか。
「それはまぁ、どうせ、ほら…あの異世界人…」
「Ms.カヨコのことですか?」
「ああ、そうだ。大方カヨコ…カヨコ・カガミの世話が忙しいからではないかと伝えたら、学内には学内でまた別に彼女を手伝う人間を作ろうと言い出されてな。理事長もお気を使われたのだろうな」
「は?」
頭が真っ白になった。
気を?使う?誰に?私に?
「ここは第一学年主席のルイ・クーポーに任せてみるかと。彼は強大な魔力も持っていないし、素行も良いしちょうどいいかもしれんとなってな」
「待ってください。色々言いたいことはありますが、彼は確か…」
「ああ、悪役の息子だ」
そうだ。彼は「悪役」の息子なのだ。
存在自体が悪意に塗れた、この世界の汚濁の根源たる「悪役」の息子だ。確かに彼は表面上は品行方正かもしれない。しかし、「悪役」というのは生まれつきどうしようもない「悪」を抱えているのだ。いかに「悪役」ではなくその息子と言えど、裏でなにを行っているのかわかったものではない。
それになにより、「悪役」は極一部の例外を除き無条件で恐怖され嫌悪される。そして、その呪いは「子」にも、運が悪ければ「孫」にも、さらに運が悪ければ「子々孫々」受け継がれる。彼__L.クーポーは強くその性質を受け継いでいたはずだ。
「しかし、彼にはなんの問題行動もない。学年の模範生と言っても過言ではないだろう。ボーディングスクールでも学校一の優等生だったと聞く。それに、先日彼とカヨコ・カガミで顔合わせを済ませたのだが意外と反応もよくてだな」
「え…」
カヨコがL.クーポーと?そんな話聞いていない。
それだけではない。最近彼女の「不安」や「恐怖」を感知して彼女のもとに向かった際、L.クーポーが彼女の周辺にいた記憶はない。つまり、彼女は彼に対して「不安」も「恐怖」も…なんのストレス反応を示さなかったということか?そこまで彼のことを気に入ったのか?
「お互いにそういうことで構わないかと確認を取ったら、いいということだったので来月からは校内では基本カヨコ・カガミのことはルイ・クーポーに任せることとなった」
「…」
「…もしかして、なにも聞いていなかったのか?どれも二週間ほど前のことだから、彼女からなにかしらは聞いていると思っていたのだが…」
視界が揺れていた。
私の中にたしかにあった、あたたかでしあわせな世界が崩れていくような感覚。
「…まぁ、とにかくそういうことなので…わかってくれるかね?」
わからない。この、あたたかななにかは私の中だけにある幻想だったのか。
せめて、彼女の口からこの話を聞けていれば…違うだろう。彼女に責任を押し付けてはいけない。これは全て、私の、私の中での問題だ。私は、私が、私だけが、彼女のヒーローでいられると…勝手に思い込んでいただけだ。これが、私と彼女の間だけに生まれる関係だと…勘違いしていた。
彼女にとっては特別でもなんでもなくて、こんなにも簡単に手放すことができるものだったというだけ…こんな恨みがましい言い方をしてはいけない。彼女はきっとそんなつもりもない。もしかしたら、私の負担を軽くしようという善意で頷いた可能性すらある。
お互いに「私だけ」と約束したこともない。そんな誓いなど…私の中にしかなかったのだから、これは当然起き得たことなのだ。彼女はなにも悪くない。悪いのは私だ。
私は、そんな風に私を納得させながら、ルエの言葉__父からの言伝に対して大した反意を見せることもなく無言で首を縦に振った。