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何がKに起ったか?


 



 誰もいない夜の学園の廊下にコツンコツンと足音だけが響く。

 大学の高い天井はその音を不気味に反響させ、この空間をより気味の悪いものにする。こんな暗闇では、ブランド物の華やかなデザインの革靴すらも悪魔の楽器にしかならない…その事実はルエをより憂鬱にさせた。

 ルエにとって、靴はスーツは時計は…武器だ。持たざる者から、血の滲むような努力で学長にまでなった自分を守る最強の武装。上から下まで全てをブランドで固めるルエを下品だという人間もいるが、自分の生まれと育ちからはどうやっても出てこない品と風格を補うためには、それぐらいしないとどうしようもない。そもそもこの私を下品だなんだというのは、ブランド品を買えない貧乏人の遠吠えだろう云々かんぬん…閑話休題。

 

 こうやって現実逃避したくなるほどにとにかくルエは憂鬱だった。

 自分をこの名門学校の学長に引っ張り上げてくれた理事長には感謝しているが、この仕事を押し付けてきたことだけはどうにも解せない。どうせ最終的な死体__ああ、まだ一応生きてはいるのだったか__は、異世界からやってきた小娘一人なのだ。最初からなかったはずのものが、永い眠りに落ちたからとなんだというのだろう。あんなのさっさと燃やすかなにかして、最初から()()()()()()にしてしまえばいいのだ。

 だが、ルエにとって理事長からの命令が絶対であることにも間違いない。なので、調査は真面目に行うつもりだ。しかし、それにしたって相手が相手だ。


 ヘタをすればルエは破滅だろう。


 脳内にちらつくその言葉に怯えているうちに、目的地は目前に迫っていた。

 ルエは古い木製の扉の前で、目を閉じ深く深く息を吸う。校舎の奥に隠されるように存在するこの部屋の周辺の空気はやけに埃っぽくて、逆に不快な気分になる。

 不快ではあったが多少平静を取り戻したルエは、扉の向こうにいる相手を睨むように扉を睨むとゆっくりと扉を押す。



 月の光がぼんやりと照らす埃っぽい部屋には暗い顔で俯く青少年たちがいた。



 ルエの思い描く彼ららしくない表情に、開きかけていた口を思わず再び閉ざす。

 彼らは、いつもの学生らしくないその余裕を失い憔悴しきっていた。ルエが入ってきたことすら認識しているのかわからない。


「だ、大丈夫かね」


 しばらく時間を空けてからルエがそんならしくない言葉をかけてしまうほどに、彼らは目に見えて弱っていた。


「…彼女はもっと大丈夫じゃないでしょう」


 窓際で外を眺めていたスラリと背の高い影…Sが窓から視線を一切そらさないまま、ルエの無意味な問いに反応する。女性にしては低い声で淡々と答えるその姿は一見落ち着いてみえるが、語尾に残るその震えがSも決して冷静ではないことを示している。

 Sはルエにとって非常に厄介なポジションにいる存在だし、可愛げの欠片もないいけ好かない小娘だ。しかし、彼女の幼い頃からのストイックな日々を知っている人間としては、なぜこんなことに巻き込まれてしまったのかと少々同情する気持ちにもなる。


「…あ…う"」


 しばしの沈黙の後に、床に座り込んでいたHが口を開いた。だが、そこから溢れるのは濁った音ばかりでとても聞き取れるものではない。Hはいくつかの無意味な音を発した後、疲れたとでもいうように目を閉じ口も閉ざす。

 ルエの記憶が正しければ、確かHは劇物により喉がやられていたはずだ。Hの力を考えればじきに治るかもしれないが、さすがに今はまだ音声での会話は難しいだろう。今回の事情聴取は筆談といった形になるかもしれない。


「…彼女の様態は」


 Eが、ルエに視線を少し寄越し尋ねる。Eは壁に背を預けつつもどうにか立ってはいるようだが、誰かが少し小突けば今にも崩れ落ちそうな様子だ。

 ルエがそれに「良い、とは言えないな」と目を伏せれば、部屋の空気がまた一段と重くなる。


「め、目は、さ…ましそう、ですか」


 今度はソファに身体を沈めて死んだように動かず目を瞑っていたIがかすれた声をあげる。本来であればハープの音色のような声を鳴らすはずの喉は、白い包帯に包まれすっかり壊れた音色を奏でている。

 Iは一時は意識不明の重体まで行ったと聞いたが短期間でここまで回復するとはさすがだ、などとルエは思いつつ「眠っている」とだけ答える。実際、ルエもそれ以上は知らなかった。


「あの…」


 シングルソファーに深く腰かけ、指先まで一切の隙間なく包帯を巻かれた腕をだらんとひじ掛けの外に垂らしていたLが顔をあげる。整った顔に大きく貼られたガーゼが痛々しい。

 ルエとしては今回の騒動においてLとあまり関わり合いになりたくない。しかし、彼の言葉を無視するわけにもいかないと、ワンテンポ遅れてルエが「なんだね」と問いかけるが、Lは瞳を揺らすばかりでなにも答えない。

 この様子だと、いくら魔術での治療があるとは言え、しばらくの間腕は使い物にならないだろうし、顔の傷も多少は残るかもしれない。彼の立場を考えると日常生活を補助するような人員を用意した方がいいだろうか、いやそもそも彼とこれ以上と関わるのは危険だ…などとルエが考えているうちに、Lは「あの…」ともう一度繰り返し再び俯いてしまった。


「…そうだな」


 がらんどうの様に静かな空間にルエの声が響く。


「…今回は辛い中集まってもらってしまい大変申し訳ない。あんな事件があった直後、さらにはその事件で深い傷を負った君たちに負担をかけることは私も本意ではない」


「しかし、今回のトラブルの解明が急務であることも間違いないのだ」


 ここで一度ルエは言葉を止め、深く息を吸いS、H、E、I、Lを順繰りに見る。

 


「だから、教えてくれないか。何が君たちに、カヨコ・カガミに起ったか」 







だいぶお久しぶりです。

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